いきものと死の間/あったかい/フチ子

冬、手が冷たいまま、静かに寝ている母をさすって熱を作る。いびきが治らないわたしと違って、ひっそりと母は寝る。目はしっかりと閉じられていて、まつ毛が長い。

あと2年で60歳になる。わたしはこの人のおなかで育って、この人に育てられて、愛された。それなのに、彼女の人生の中で、わたしはせいぜい3分の1しか占めていないことに気づいて、少し悔しい思いになる。

寝ているとき、母が息しているか不安に思い始めたのはいつだろうか。もっと大きな寝息を立ててわかりやすく寝てくれと思ったのは、いつが最初だったのか。母がいつまでもわたしと一緒にいれるわけではなく、母が死んでからもわたしはその後も生きていかなければならないと知ったのは、わたしの人生、母と一緒に生きられるのは半分くらいだと気づいたのは。

母が祖父の遺体をタオルで拭いたとき、何を思ったのだろう。プラスチックの棒みたいだった、と後でわたしに教えてくれたけれど、どんな表情をしてたか覚えていない。わたしはそのとき定期テストがあって遅れて行ったのだけど、母が祖父に触れているところを見なくてよかった。冷たくなった祖父に触れた母の顔を、なんとなく、見たくない。

「彼氏に、パパの役もママの役も友達の役も押し付けちゃだめよ、彼氏さんは彼氏なんだから、彼氏として大切にするのよ」

「ママほど、無償の愛を捧げる人はいないの、愛されたいなら愛さなきゃ、普通は返してもらえないの。愛したとしても、愛されるかどうかわからないけれど」

わかってる。母の代わりなどいないと、そんなの、幼稚園で先生に抱っこされたときに気づいてた。しつこくしつこく、抱きついたり、好きだと伝えたり、甘えても許されるのは、母しかいないのだ。他の人とは距離感や、頻度や、タイミングなどを考えて、振舞わなければならないけれど、母にはいつだって会いたいと言えるし、泣きながらでも笑いながらでもぎゅーして、と言えるのだ。

「セックスしたあとは、ぎゅーってずっと抱きしめて」

「いってきますのときは、ハグして」

わがままだけど、ぬくもりが欲しい。

母のような、は無理だとしても。好きだと好きに言っても許されて、抱きついてもよくて、抱きしめてくれるあなたがいれば、たとえいつか母と離れてしまっても、乗り越えられるような気がする。わたしよりもひどいいびきと、ピクピク目を動かす彼の寝ている姿に安心して、彼のフリースに顔をうずくめる。

0 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 5 (0 投票, 平均点: 0.00,  総合点:0  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

「いきものと死の間/あったかい/フチ子」への2件のフィードバック

  1. 良い感じに分量もまとまってて内容もしっかりしてていいですねー。彼氏に甘えるのを母親に甘えることに重ねる辺り何かを感じさせる文章でした。
    私は母親の代わりになる人を探し続けているのですが、未だに現れてくれませんね。ハイ。

  2. 彼氏のぬくもりとは具体的にどのようなものなのかをもっと知りたいです。よろしくお願いします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。