コーンポタージュも右側も/あったかい/味噌の

帰り道。ぽすっという効果音とともに彼女が抱きついてくる。

「あのさ。歩きにくいんだけど。」

「ええいいじゃん。寒いんだもん。揃ってあったかくなれるんだし許してよぉ。」

彼女はいつも寒そうだ。

ダッフルコートまで着てマフラーをぐるぐるに巻いた私と、セーラー服の上にカーディガンだけを羽織り少し細いマフラーを巻いた彼女。マフラーは中学の入学祝いとして両親に買ってもらったのだという。

「早く春にならないかなー。冬は寒いから嫌い。」

彼女は冬が嫌いらしい。私も嫌いだ。春の暖かさが恋しい。ぴゅーっと小さな音を立てて吹く北風に彼女の手の力が強くなる。確かに彼女がいる右側は温かい。

 

彼女にひっつかれながら歩く帰り道には一台の自動販売機がある。彼女はいつもこの前で立ち止まり、そしてこう言うのだ。

「コーンポタージュ!」

ほら。

だけど今日の彼女は違った。いつも金欠を理由にコーンポタージュを買わずに帰る彼女が自販機に小銭を投入し始めたのだ。

「どうしたの。いつも買わないのに。」

「今日は特別。臨時ボーナスが入ったからね。一緒に飲もうよ。」

彼女は嬉しそうにきゃらきゃらと笑って熱い缶を手の中で転がす。

彼女と仲良くなってしばらく経つが、こんな風に外で一緒に何かを飲むのは初めてだった。新鮮さを感じながら、あったかいわー身体に染みるわーなんて言って2人で飲み干す。しばらく進んだ二股の道が別れ場所だ。彼女がするりと私の腕から手を離す。少し右が寒くなった。

「じゃあね。付き合ってくれてありがとう。」

「ううん、じゃあね。」

コーンポタージュの温かさがまだ体内に残っている。

 

いつもならすぐに別れるのだが、やはり今日の彼女はいつもと少し違った。

「あのさ。」

突然彼女が切り出す。

「どうしたの?」

「……やっぱり何でもないや。気にしないで。」

気になるじゃん、なんでもないよじゃあね、と軽く言葉を交わして、微妙に腑に落ちないまま別れる。後ろで何かを呟く声が聞こえた気がしたが、振り返ると彼女は既に歩き出していた。

気にはなったが、諦めて明日話を聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

次の日彼女は学校を休んだ。

あんな寒々しい格好をしているからだ。

1人で帰る帰り道は、いつもより少し寒かった。

 

 

 

次の日も彼女は学校に来なかった。

重い風邪ならお見舞いくらいは行きたいけど、家を知らない。今度聞いてみよう。

 

 

次の日も彼女は来なかった。

一昨日彼女は何を言いかけていたのだろう。

 

 

 

次の日も、その次の日も、彼女が来ることはなかった。

退屈な帰り道には少しずつ慣れてきた。右の寒さは、まだ少し気になるけれど。

 

 

 

 

 

 

彼女が学校に来なくなり2週間が経った。

私はもう彼女が消えた訳を知っている。いつも、近所のおばさんたちが彼女の家の脱け殻を指差している。彼女が消えて、私は彼女の家を初めて知った。

何も知らなかった。彼女がいつも薄着の理由も、毎日の金欠の理由も、彼女と彼女の家族の苦しみも、あの日のコーンポタージュの意味も。彼女が最後に言いかけた言葉を、私は諦めずに聞くべきだったのだろうか。

……逃げた先で、彼女と彼女の家族が笑っている未来は来るのだろうか。

 

どちらにせよ、私はもう彼女に会うことはできない。ひとりの寒い帰り道、それを毎日実感する。

寒くてコーンポタージュを買う。熱い液体は一瞬の温かさを残し、頭に浮かんだきゃらきゃらと笑う彼女の姿とともに消えていった。

ぴゅーっと、あの日と同じ北風が吹いた。

 

 

この日、私は右側の温かさを待つことを完全に諦めた。

手に落ちた涙は冷たかった。

 

 

2ヶ月が経った。

コートを脱いで、彼女のようにカーディガンだけを羽織って歩く。冬が終わる。何かを遺したいと、悪あがきのように降って積もった雪が溶けていく。そうしてコーンポタージュも必要なくなり、うだるような暑さがやってくる頃には忘れられているのだろう。

 

 

「見てよ。」

無機質な自販機の前で、右側にはいない彼女へ呼びかける。

寒さがなくなるのを待っていたんでしょう。

ほら、この場所に暖かいだけの季節がくるよ。

0 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 5 (0 投票, 平均点: 0.00,  総合点:0  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

「コーンポタージュも右側も/あったかい/味噌の」への4件のフィードバック

  1. スマホから見ましたが、時間経過の時の空白の使い方がうまいですね。たまたまかもしれませんが、くどくなりすぎないところで次の文章が来て、続きが気になるように書かれているように感じました。
    諦めたけど、諦めれてない感じが最後から伝わるのは私だけ? それも良い味に見えて、いいです。心は荒みそうになりますが。。

  2. 自販機のあたたかい、が 目だたくなると気温は暖かくなるのに、心はまだ寒いままだ。いつかそれが冷たくも熱くもない温く冷めた思い出になってしまう間際の若い感じが、少し羨ましい気がする。
    文章に関しては、全体的に少し語りすぎかな、という印象。時間軸をいくつも作った割に語ることは多くないので、端折れるところは端折って良いだろう。語らないことで察させるという方法もあるので、どの場面は描くことで映えて、どの場面は描かないことで活きるのか、意識すると少し表現が変わってくると思う。
    あと、柔らかい女子らしい文章だなと思うので、どうせなら熟語や漢字を少し減らして文章を書いてみると良いのではないか。登場人物に依って、あるいは描きたい内容によって文章の構築をするのは当然だが、それをもっと自分のものにしてみて欲しい。

  3. あーコンポタ飲みたいなあってそんなバカみたいな感想を抱きました。
    空白の使い方が上手だと思います。ぴゅーとか、きゃらきゃらとか、擬音を使っているわりに、文章全体が硬いというか、なんというか、バランスが若干悪い気がします。もう少しどちらかに寄せたほうがいいかもしれません。

  4. ちょっとどうでもいい話なんですけど、
    やっぱコンポタってあったかいですよね、オニオンスープとか、ほうれん草スープとか、ミネストローネとか、いろんな種類あると思うんですけど、なんか一番あったかみ感じるのってコンポタな気がしません?
    わたしもそう思って今回文章にしたので勝手にシンパシー感じちゃいました。
    途中で時間も加速して、無心にスクロールしてました。読みやすかったです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。