似非絵/あったかい/ほのほ

年を食うとどうも忘れっぽくていけない。出会いは日々に数えきれぬ。そのひとつひとつは得てしてとりとめもないけれど、千に一つくらいは宝があるものだ。そんなことすら忘れてしまう。だから書く。ほんの覚書でもないよりは幾分ましだろう。何、他に誰が読むわけでもないのだから。徒然に書きつけられれば十全だ。

時に心がじん、とするものに出会う。痛みとは似て非なる、心地よい緊張を与えるもの。心がもしもあるとすれば、そこへ素手のまま触れてくるような。失礼な奴め、とは思う。けれども不思議だ。終いには何故か、もともと私の方が奴らを求めていたかのように、感謝さえ強いられている。

・鍋

これは良い物を買った。鍋はよい。まずもって、暖かい。空の鍋に潜るのでも外よりは暖かいし、湯などを沸かして浸かるにもうってつけだ。最近はさらにひとつ。鍋に鳥の骨などと野菜を煮込んで、塩を振るのだ。これほど美味い料理は、ない。あまりにありがたいので神棚に飾っておいたら、鍋もろともに見る間に腐った。蝿がわいた。鍋は腐る。覚えておこう。

・蜜柑の卵

これは私が勝手に名付けたものだ。正しい名かどうかは判らない。

常のように甘藍、馬鈴薯などを買い終え坂を登っていた時のこと。途上にある蜜柑の樹の実がもぞ、と動いた。ふるりと一房落ちたので、反射的に受け止めて、ストウブの上に置いていたらばつい先日、孵ったのである。正確には、はち切れるように外皮がぺりりと剥けたのが、孵ったように見えただけなのだが。

それから蜜柑は時折私に口をきいた。やれここのところ寒いが養生しているか、やれ鍋はそろそろ腐るから捨ててしまえ、やれ汁粉の一杯でも喰ったらどうか、ついでに一口くれまいか、等々。小言じみた説教が多いので癇に障ることもあった。とはいえ、話し相手がいるというのは、只だ独りで暮らしていくのよりは遥かに晴れた心地がする。

・はあとふる

滅多に他人と話をしない性分で、最早誰とも話さないことこそ日常となっている。とはいえ何かの拍子に口をきくことはあって、そういうときは、何かとても大きなものに包まれる心地がする。先日、先生がこの大きなものの正体を教えてくださった。流暢な異国の言葉で曰く、それを「はあとふる」と云うそうだ。

はあとふるは独りでは得られない。時々欲しくなったときは、布団にくるまったりしてみるけれど、どうも異なる。やはり人と話すしかないのか。億劫なことだ。

 

他にも、雨降りの前の匂い、熊なども宝の例にある。それにしてもこのじんとした心は、ぜんたいどう表したらよいものか。先生ならやはり、ご存知なのだろうか。

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「似非絵/あったかい/ほのほ」への4件のフィードバック

  1. 学生、書生などの身分の人間……かは判りませんが、そんな人種と奇譚は不思議と合いますよね。久しく忘れていた感覚なので、懐古の情と共にほっこりと読みました。
    書体も温かみのあって、内容としっくりきます。
    年を食うといった割に若そうでもあり、なんだか老成した若人ですが、果たして文壇の新顔なのか、それともいつかの時代の大学生なのか、気になるところです。
    梨木香歩の『家守奇譚』という大好きな本があるのですが、雰囲気づくりの仕方が似ている気がしますので、興味があれば是非。

  2. 言葉の言い回し、世界観が統一されていて、馬鹿らしい内容も真面目に語られていたことで(褒めてます)、ほっこりするような暖かさがあって良かったです。

  3. 相変わらず独特な書き口調で面白いけど、わりと難解。独特な世界観を短い文章で理解するのが結構難しいから結局独り善がりな文章になりがちになってしまうのかなと感じた。もう少し世界観に慣れるくらいの長さだと凄く面白いんだろうけども。

  4. 「独特な文体」と本の背表紙の解説とかに書かれる人って、その物言いはどこから来るものなのだろうと思います。それ憧れて他人が真似しようとしても、筆者の独りよがりで偽者になってしまうし。
    自分の物として確立するのは、なんども真似したりしながら書くしかないのかなと思います。皆必ず誰かの文体や物言いに影響されているはずです。

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