低温やけどもしない温度で/あったかい/ヒロ

「それでは今日の講義は終わりです」
 この授業で初めて顔を合わせた教授がパソコンの電源を落としながらそう告げた。
 荷物をまとめ、上着を着ると、提出物を出して教室を出る。すぐに耳にイヤホンを挿し、外の音をシャットアウトする。他の講義も終わったようで、周りの教室から学生が出てくる。顔を合わせないように地面を見つつ、すれ違う人を避けて大学を出る。僕は人が苦手だった。
人込みから抜け出て吐く安堵の息が真っ白で、それが僕から失われた生気みたいで少し可笑しかった。
 
三十分ほど歩き、下宿先に着く。”ただいま”という言葉もなく扉を開ける。家の中からは出る前に点けた換気扇の音だけが聞こえてくる。
スマホの電源を点けたが何の通知も来ていなかった。いや、スパムがいくつかは来ていた。ここ最近、僕のスマホに連絡を入れてくれたのはどこの誰とも知れない、僕を隙あらば食い荒らしてしまおうと考えているような人だけだ。ため息が口から漏れた。

部屋の中にある少し大きめのベッドに入る。最初は冷たかったが、しばらく入っていると温かくなってきた。
部屋の空気は冷たいままだったけれど、布団の中だけは温かかった。
寒くなると人肌が恋しくなるというものだけど、僕には求めるような恋人も、代わりに傍に居てくれるような友人もいなかった。
居てくれるのはいつも僕を優しく包んでくれている布団だけ。布団は僕を裏切ることも求めることもなく、包むことしかしてくれなかった。その温かさが僕にはとても心地よかったのだ。

テレビを点けると明日はお出かけ日和だと天気予報士が言っていた。僕には家を出る予定なんてないけど、布団を干そうとそう思った。

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「低温やけどもしない温度で/あったかい/ヒロ」への4件のフィードバック

  1. 冬のおふとんとこたつは恋人になれそうな気がして、もう最高ですよね。放したくないけどでなきゃいけない平日が辛い。
    とても淡々とした文章で、既に諦めてる感が半端なくでてますね。淡々としすぎて事実っぽいものをつらつら書いているようにも見えますが。

  2. こればっかりは感情がどうとか関係なしにあったかいので大変分かりやすい。誰に取っても布団とはあったかいものだ。
    行動ばかりが書かれていて主人公の心情がほとんどわからない、というか何事にも興味を持たずして生きている感じがしているのだが、最後に布団を干そうと思っているのが良い。文章は行動の羅列で若干の物足りなさ、あるいは読みにくさがあるが、最後の一文で布団に対するあたたかみという与えるものと与えられるものの逆転が面白いと思った。主人公が人間に興味を持たずに、でも無機物には心を分け与える様な描写があるとより主人公の孤独と選択された生き方が際立って良いかもしれない。

  3. これでもかというほどに無色の生活で、読んでて少し辛くなっちゃいました。でも布団があたたかくて心地いいのは同感です。

  4. 切ないなあ。
    でも、布団は裏切らないし、というか人間は裏切るけど物は大抵裏切りませんもんね。主人公も布団にだけは優しい。やっぱり人間は人間とじゃなくて、物と付き合っていくべきだと思います。
    短くてシンプルでいい。無駄にここに他の文章をつけるべきではなさそうです。

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