さめれどもさめれども/あったかい/縦槍ごめんね

突然だが僕に、彼女ができた。優しくて、とても気配りのできる素敵な女性だ。20年以上彼女のいなかった非モテ男の僕にはもったいなさすぎる。おそらく生涯、僕に彼女以上の女性なんて現れないだろう。何故彼女が僕と付き合っているのか、ちゃんと僕のことを見てくれているのかもわからない。とにかく色々自信がないのだ。

だけど、いやだからこそ僕は彼女のことを失いたくない。世の中に僕より優れている男性なんていくらでもいる。そんな素敵な方々に彼女が心を奪われてしまうことだってあり得る。いや、きっと僕のことが少しでも嫌になったら奪われてしまうに違いない。だから、僕は出来るだけ、彼女に自分の弱点を隠すことにした。

その僕の弱点とは、極度の猫舌であることだ。

そんなこと? と思われるかもしれないが、僕の猫舌はパンピーたちが考えているそれより遥かに重症だ。ホットコーヒーが飲めないのはもちろんのこと、ラーメンは熱すぎるので、セルフサービスのお水のなかに入っている氷を口に含んだ状態でないと食べられない。レトルトのカレーは湯煎したところで、冷めるまで待たなければたいけない。最近はもう湯煎せずにそのまま食べている。

とにかく、僕は食べ物に関して、温かいと感じたことがない。熱いか、冷たいかの二択だ。秒速5センチメートルで明里ちゃんが渡してくれたほうじ茶もきっと、口に含んだ瞬間に吐き出してしまって、そのまま第3話までたどり着くことはないだろう。

こんな弱点を彼女に知られてしまえば、きっと、気持ち悪がられて、別れを切り出されるにきまっている。彼女と別れるなんて絶対に嫌だ。

しかし、この冬という季節は猫舌にとって一番厄介な季節なのだ。猫舌の大敵とも言える、鍋の野郎がやってくるからだ。今までの外食では、辛うじてごまかしてきたのだが、今日の彼女の自宅で、鍋をやることになった。逃げ場がどこにもないというこの状況は非常にまずい。・・・我慢して食べるしかない。

そんなこんなで、はっきりとした打開策が見つからないうちに彼女の家にやって来た。すでに鍋が用意してあり、直ぐに食べることになった。目の前には美味しそうな鳥鍋。

僕にとっては地獄絵図だ。しかし、ここで変な小細工をすれば間違いなく、ばれてしまう。覚悟を決める。鶏肉を口に運ぶ。脳が暑いと感じる前に飲み込むんだ、俺。しかし、先程までグツグツと煮えたぎっていたそれは、容赦なく僕を苦しめた。そして、その苦しみは涙へと形を変え、僕の頬を流れ落ちた。その姿を見ていた彼女が不安そうな面持ちで僕を心配してくれた。

「あんまり、美味しくなかった?」

「い、いや、すごくほいひいよ!」

無理だ、熱すぎて、まともな反応ができない、しかしここで、水を飲むとあまり美味しくなかったから、水で流し込んだと思われる。どうしたら!

「熱かった?ごめんね、猫舌なのに食べるの急かすみたいになって。」

彼女が優しい声でかけたきた言葉に、僕は驚いた。え、え、ばれてたの?

「え、え、ばれてたの?」

考えていたことがそのまま言葉として口から飛び出た。

「うん。だって、外でごはん行くと色々挙動不審だったし、特に食べるときに。というよりも隠してたんだ。」

「・・・だって、気持ち悪いかなと思って。」

「なんで、気持ち悪いのよ。そんなことカッコつけて隠そうとしてるほうがよっぽど、気持ち悪いわよ。」

あ、そっか、僕が、不安に思う必要ないくらい、彼女は、僕のことを見ていてくれたんだ。

「・・・ごめん。」

「謝ることなんて、何もないでしょ。ほら、冷める前に食べよ。あ、猫舌だから、冷ました方がよかったかな?」

彼女は少し笑って、鍋を取り分けだした。この時以降、猫舌の話しはあまりしなくなった。というよりも、僕が気にしなくなったのだろう。

「・・・いただきます。」

鍋ってあったかいんだな。

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「さめれどもさめれども/あったかい/縦槍ごめんね」への1件のフィードバック

  1. 彼女に猫舌を隠そうとする可愛さや、ばれたときの彼女の反応とばれたあとの僕の心の変化にほっこりしました。心情が丁寧に描かれていて良いなと思いました。

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