星をむすぶ/アッタカイ/エーオー

11月の木枯らしが、乾燥してひび割れそうな頬に切れ込んでいく。墓参りも終わり、親戚一同の正面ではお坊さんがなにやら話を始めるようだ。
「蓮、もう小学生でしょう。ちゃんと立ちなさい」
遠くに出かけるときは持ち歩いている星の図鑑を開き、座りこもうとすれば母にたしなめられた。この調子では父が本を取り上げてきそうだし、大人しくあきらめることにする。

「みなさん、しらすは分かりますか。君も、分かるかな。ご存知の通り、日本人はあの白い小さな魚たちをご飯に掛けたり、しょうゆにつけたりして食べますよね。なんてことない、当たり前の食べ物です。

「ところで先日、外国人の方に『日本にはこういう食べ物がある』と話すと、彼は言ったんです。それは残酷だと。驚いて、よくよく聞いてみるとこういうことでした。彼の故郷の村では山羊を食べるんだそうです。その山羊をたくさんの人に分けながら、四、五日かけてひとつの命を頂く。なのに、日本人はこの無数の命を一度に食べつくしてしまう。それが、残酷だということでした」

風があかぎれをなぞって初めて、本を握る手の力が強すぎることに気付いた。でも生きることにはしかたのないことですよね、とお坊さんは朗らかな笑顔で言う。いただきますは、命をいただいているということなんですよ。そこで話は終わり、みなぞろぞろと予約した料亭に向かうべく、駐車場の方へと歩き出した。

蓮は黙って、図鑑の表紙の星座を見つめていた。歩きながら、どうしてか分からないのだけど目に水がたまって、白い星たちはそこに溶けてほそながく尾びれを伸ばして、泳いだ。

給食係がいただきますの号令をかけた。蓮はこの時間がいっとう嫌いだった。
「おまえ、今週のスイハンジャーみた?」
「見てねーよ。おまえまだそんなもん見てんのかよ。だっさ」
「は? ださくねーし。新山さんも見てるのにそんなこと言うなよ」
「わたし見てないよ」
一年二組では給食の時、近くの席の生徒と机をくっつけて食べる。班のメンバーによって自然に会話が生まれたり、生まれなかったりするのだが、今回は男子が随分にぎやかな班になった。
蓮は喋るのが苦手だった。聞き役に回ることが多い。話に耳を傾けながら、やさしげなうぐいす色をしたお盆の上のメニューたちと一対一の孤独な戦いを強いられる。ぼそぼそとしたコッペパンは一向にかさが減らない。白いんげん豆は相変わらず噛んではいけない味がする。
「うそつけ。見てんだろ」
「見てないってば」
新山は髪の毛を耳に掛けながらスープを吸った。先の割れたスプーンがぴかっと光る。班で唯一の女子の新山は男子のからかいをもろともしなかった。
周りの生徒がどんどん皿を空にしていくなかで、蓮はコンソメの海にただよう玉ねぎを彗星に見立てていた。どうせ今日の昼休みも、担任が丸点けをしている横で給食を片付けるのに使われる。図書室には行けそうもない。
おえっ、と喉がたわんだ。
「レン、また残すのかよ」
「あれだよ。世の中には食べたくても食べれない人がいるんだよ」
席から立ち上がりながら寺尾が言った。新山は遥か遥か遠くの給食台の列に並んで器を片付けている。

さて、こんな調子におのこしでお残りさせられ続けているため、母はある作戦を決行することにしたらしい。
「それじゃあ、エプロンと三角巾をつけ終わった人から手を洗って来てください」
ほがらかな男性の声がかかった。それが、蓮のいる班の担当のユスラウメ先生だった。共働きが増えているとはいうものの、親子料理教室で男性の先生はやはり目立っている。
つまり、母は蓮の食への関心を高めるために自分で作ってみてはどうかと考えたらしい。成果がどうなるかは分からないが、ともかく食べることに対峙するよりは気が紛れてよかったと蓮は思った。
「お、蓮くん。包丁を使うのが上手いね」
合いの手の入れ方が心地よく、母親たちに囲まれがちなユスラウメ先生は、しかし器用にそれをくぐり抜け子どもたちに話しかけてくる。蓮はお、とか、あうとか不明瞭な返事しか返せなかったが、先生は涼しい顔で待ってくれている。父が少し乱暴な性質なのでこの先生は新鮮だし、好きだと思った。
「蓮くんは、何が好きなの」
めげずに先生は話しかけてくれる。今度は朔にも答えられる質問だった。
「星とか、宇宙」
「へえ、すごいな。ロケットとか、宇宙ステーションとか?」
「ううん。星座が好き」
「あ、そうなんだ。いいねえ、浪漫があるね。オリオン座とか先生もやったなあ」
みじん切りにされた玉葱がきらきらと潤んでいる。次に手に取った合挽き肉はひんやりとしていた。

***

だから大丈夫だと思ったのだ。なのに、蓮の手は動いてくれなかった。
調理も盛り付けも終わり、自分で作った料理はいつもより輝いて見えた。実際、半分くらいまではいいペースで食べることができた。
でも、ハンバーグの残り半分に差し掛かるともうお腹がいっぱいだった。いつもの学校の教室のほこりの臭いが蘇ってくる。母が別の親子と話していてこちらを見ていないのが幸いだった。気付かれたら食べなさいと言われる。そうこうしているうちに、一番気づかれたくない人が来てしまった。
「蓮くん、もうお腹いっぱい?」
蓮は顔を上げられなくて、ユスラウメ先生のエプロンの名札をじっと見つめるしかなかった。この人にだけはばれたくなかったけれど、人をよく見ている人だから見つからないはずもない。
「無理に食べても辛いだけだからさ、食べれる分だけ食べればいいよ。どうしよっか、もうごちそうさまにする?」
先生はユスラウメという、へなへなとした名前が良く似合う細い身体をしていた。布巾をたたみながら、先生はそっと待ってくれている。その白くなったジーンズの膝を見つめたまま蓮は口をほどいた。
「ごちそうさまって、なんですか」
「え?」
「いただきますは命をもらうって意味だっていうから」
「学校でならったの?」
「ううん、お坊さん。日本人はしらすをいっぱい、食べるから残酷なんだって。でも、世界には食べられない人もいるから、食べなきゃいけないからって、だからね、どっちがいいのかなって」
ユスラウメ先生の顔から、静かに静かに温度が滑り落ちていった。脚の感覚がなくなっていったけれど、先生の手が手首を握った。その暖かさに励まされるように、蓮はじっと待つことにした。
「食べることを幸せだと思うことと、食べることを幸せだと思おうとすることは、違うよ」
さっきまでのなめらかな口調ではなかった。ひとつひとつ言葉を辿るように、ゆっくりと先生は言った。
「そのいただきますの意味はね、変な大人が勝手につくった嘘なんだ。大人はずるいから、自分で言っておいていちいちそんなこと考えてないんだよ。先生もね、そんなこと考えてない。心はだませないからね、蓮くんが幸せだと思ったことだけ、覚えていればいいんだよ」
重かったね。命なんて重いよねと、背中をさする先生の方が苦しそうだった。蓮は、胸のあたりに絡まっていた重りがじわじわとほどけていくように思った。

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「星をむすぶ/アッタカイ/エーオー」への3件のフィードバック

  1. 小学校低学年の時に、色々あって拒食症になった辛い経験を思い出しました。最初は単純に胃のキャパの問題だったのだけれど、人から言われるにしたがって飯を目の前にしただけでもお腹が膨れてくる。きっと蓮くんも同じ状態なのだろうな、と勝手に想像してしまいました。

  2. 繊細で丁寧な描写が、小学生のまっすぐな感性に合っていると思いました。その感性に寄り添うユスラウメ先生の背景について、想像力が駆り立てられます。

  3. 主観に近い三人称を取り入れたことで内容把握がしやすい。子どもの文体は以前よりこの方が自然かなと思います。
    法話から始まり学校でのお話に閉じるかと思えば、それらは単にきっかけとして消化されている。読者側としてはいや学校の話どうなんねんという話にはなるんだけど、一方でそんな物語っていっぱいあって、全てにすっきりとオチがつかないほうがリアリティを生むのかも。

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