遠回り/自分大好き/Gioru

物覚えがついたころには、身近にパソコンとスーパーファミコンがあってわけもわからずにいじくっていたような気がする。どちらもゲームをするためにしか使っていなかったような気がするし、そのゲームにしたって難しいところに直面したら兄や父に丸投げする始末である。まぁ、5歳児が、今の私でも面倒だと感じるような謎解きギミックに挑んでいた時点で察するところではあるのですが。

親の影響で和太鼓をやり始めたのが小学生に入ってから。それまでも歌のレッスンに通っていた時期もあったらしいが、余りにも私が嫌そうな顔をしていたらしく行かせるのをやめたそうな。今となってはなんてもったいない、と思うのは不思議なもので。和太鼓も嫌々ではあったものの、小学5年生までは続けていた。

小学校高学年に入ってからはバスケットボールを。その少し前からホッケーをやり始める。いきなりスポーツ少年に早変わり。ぽっちゃりしていた頬っぺたも引き締まっていったのだ。当時はそんなこと考えられないくらい苦痛であったが。疲れるわ辛いわ怒鳴られるわ。

ホッケーは中学に入ってからも続ける。高校ではホッケーがなかったために音楽を始める(なんで始めたのかはよくわかっていない)。今でもお世話になっているヴィオラとの出会いはここから。そういえば中学3年生の時に友達にラノベを勧められてそこから本格的にラノベとか深夜アニメとかの世界に入り込んだ気がする。結果、文字を読むようになった。親戚からもらったきり放置していた小説が思いのほか面白かったことに気づいたのもこの時期。

 

運動は体格に恵まれたおかげで並み以上。学力も中学までは学年の五本の指には入っていた。やってはいけないことであるとわかっていてもイタズラをするような少年で、そのくせ悪いことをして怒られたりすると泣いてしまうような我儘なやつ。思い付きで行動はするものの、計画性はどぶに捨ててしまったかのようにどこにも見当たらない。自分に責任が来ないように立ち回ろうとするずる賢さもどこからか仕入れていた。

 

一通りの現状確認を済ませた。今度はとにかく自分を褒めてみることにしよう。

一つのことが長続きしていないように見えるが、良いところだってある。どんな話題でもとりあえず興味を持つことはできるし、面白いと感じることだってたくさんある。なんだかんだいってスポーツも嫌いになることはなかった。多趣味というのは違う気がするが、どんな話題でも深いところに入らなければついていく、もしくはついていこうとすることができる自信がある。

小説を読むようになったからか想像力が豊かになった気がする。こんなことをしたら相手はどんな反応をしてくれるだろうかとか、色々。妄想力ともいう。

 

過去に戻れたら直したいと思うことはいくらでもあるし、やっておきたいことはそれこそもっとある。そんな無駄なことしていないで、とは今でもよく考える。

まぁ、無駄なことをやり続けた結果今の私がいるのだとすれば、変な愛着も湧いてくる。キラキラした場所に妙な憧れを感じて、でもそこに入っていくのは怖いから、その空間を作ることに憧れを感じて、目指そうとしている私がいる。そんなどうしようもなく遠回りなことをしている自分を私は好ましく思う。

 

だって、そうでもなければこんなにジタバタしないでしょう? 些細なことで一喜一憂して何とかより良くしようともがくなんて、自分が好きじゃなきゃできない。自分が嫌いだったら過去のことをうじうじと蒸し返さないで今をどうにかするか、諦めるかでしょ。何度も振り返ってあーだこーだ言い合ってる時点で歪かもしれないけど愛着あるのだろうからさ。

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「遠回り/自分大好き/Gioru」への4件のフィードバック

  1. 文章全体はさらっと読めた気がします。
    また、使われている言葉の節々がマイルドに感じられ、何かがひっかかって読み進められないということも私はありませんでした。

    個人的には、どんな話題でもとりあえず興味を持つことはできるし、面白いと感じることだってたくさんある。…って箇所に新鮮な驚きと感動をおぼえました。自分は人に素直な関心を持つということに対して修行が足りないと思うので。なにはともあれすごい才能だと思います。

  2. 過去に戻りたいポイントなんてない。楽しかった思いでもいくつかの後悔もあるが、常に今が最強だ。常に最強の今の先の未来はもっと最強だ。

  3. 「自分大好き」以上の意味、というか、最大限の「自分大好き」が見たくてこのテーマに賛成した自分としては、もっともっと明るい自分大好きの色が見たかったなと思ってしまう。でもその少し鬱屈したところや、過去に対する歪んでいても確かな愛着が筆者の自分への愛だとしたら、それはそれで良いのだと思うし、そこに私が口を挟む権利は一切ないのだろう。
    今回のテーマではみんながみんないつも秘めてる自分大好きを発してくるのかと思ったら実際どうでもなくで結構困惑しているのだけど、みんなにとって自分って、いったい何なんでしょうね。

  4. 現状確認のところは、ちょっとだけ退屈でした。スポーツとか楽器とかゲームとか、自分じゃなくて周辺機器の話は、他にもいっぱい共通点がある人がいそうで、その人そのものが見えてこないからだと思います。
    過去の事はわたしもよくうじうじします。でも、だからこそ自分が好きなのだということに繋がるとは考えたことがなかったです。

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