鏡のような/自分大好き/奴川

私はシスコンだ。最近、妹とばかり会話している。塾講のアルバイトを除くとほとんど他人と会話しない生活を送っているので、一日の会話量の半分は妹に占拠されている。

 

妹がかわいくて仕方がない、そんなことを母親に漏らしたら、「それってナルシストってことなんじゃないの」と言われた。母の理屈はこうだ。私と妹はあまりにもそっくりだ。従って、「妹が好き」というのは「自分が好き」というのと同義。イコールお前はナルシスト。もう少し遠回しに言われた気もするけれど、つまりはそういうニュアンスの言葉だった。かなり暴論な気がするが、反論できなかった。心当たりがあり過ぎたのだ。

 

妹は17歳、こんな冬でも生足を出して横浜駅を闊歩する現役女子高生である。シナモン風味の食べ物が嫌いで、匂いを嗅ぐだけで顔を歪める。嫌いなものをはっきりと拒否する姿勢が好きだ。すぐに顔に出てしまうあたり、本当に私によく似ている。

 

声も容姿もほとんど一緒だ。そこらの姉妹の比ではない。昔はお互いそれを否定しあっていたのだけど、最近は認めてネタにしている。認めざるを得ないレベルで似てきてしまったのだ。お互い同じような変顔をしてドッペルゲンガーだ、と言って笑ったりするのが日課となっている。

 

ドッペルゲンガーっぷりは何も外面だけの話ではない。何気なく生活しているだけで、1日に1回は同時に同じ言葉が出てしまう。いわゆる「ハモった」というやつだ。たまにかなりの量の言葉を同時に発生させてしまうことがあって、そんな時は流石にお互い驚いた顔をする。「正直自分が楽しければそれでいいんだよね」、姉妹揃って母親に怒られている時に同時に出た言葉だ。あの時の母親の絶望しきった顔は本当に面白かった。嫌な姉妹だ。

 

昔はお互い同族嫌悪のようなものがあって、こいつにだけは絶対になりたくないと考えてきたものだった。お互いけなしあっていたし、親に告げ口をしあっていた(当時から似ていたんだなと思う)。そういう小賢しい強かさも今となっては愛おしい。そんな険悪な関係も、ここ数年で一転した。こうなった理由は自分でもよく分かっていないのだけど、世界で一番自分に似ている存在のことが世界で一番好きだなんて、母親の言う通り、これは自己愛の延長なのかもしれない。

 

妹とはよく趣味、具体的には漫画やゲームの話をする。会話というよりは、お互い喋りたいことを喋り倒しているだけだ。でも、楽しければそれでいい。楽しくなくなったら会話は止んで、お互いの部屋に戻ることになる。結局自分本位なのだ。それでいいと思っている。私と妹の、そんな適当さが好きだ。

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