ありがち/自分大好き/YDK

あるところに、1人の女の子がいました。周りの人からとても好かれていて、将来を期待されていました。ただ彼女には1つ問題がありました、

それは、自分のことを好きではないということです。

周りからどれだけ好かれても期待されても、自分が自分を認められないせいで、自分を認める他人のことを認めることができないでいました。しかし本人は他人のことを好きだと言います。それは他人のことが好きなのではなくて、自分のことよりは好き、というだけなのに。そのせいかはわかりませんが、彼女は自分のことを大切にすることができません。イライラしても心を病んでもその矛先は自分へと向かいます。物を壊したり大声を出したりするのではなく、腕を切ったり髪を毟ったりしてしまうのでした。

そんな彼女は不思議な授業を履修しています。毎週決まったテーマに沿ってある程度の文字数の文章を書き、みんなに批評してもらう、という授業です。テーマは様々だけど、彼女は基本的に自分のことしか書けないので、事実をぱたぱたと織り交ぜながら文を綴るのでした。嘘をつけない彼女のことですから、やっぱり病みがちな文章になります。周りの評価にはあんまり興味がないので、なにを言われても気にしません。書きたいことを書いているだけみたいです。

暇なとき、ふいに自分が過去に書いた文章を読み返すことがありました。本当になんとなく。高校生の頃も、自分が毎年書いていた遺書やちょっとした愚痴を書いたメモとかを見直していたらしいです。どうしてなのでしょう。自分のことを嫌いな人間が、他人のことを好きな人間が、どうして過去の自分の行いを振り返ることをするのでしょうか。

それはきっと、自分のことを嫌いな自分を誰よりも愛しているからでした。

自分のことを嫌いでいれば、何かあった時も冷めた顔でやり過ごすことができる。失敗しても、こんなものか、と。自分への期待値も欲望もないから、他人からの要求には過剰に答えてしまう。他人の評価が、自分の評価に直結してしまう。自分を評価できるのは自分だけだというのに。自分のやりたいことと他人が自分に求めることが同じになってしまう。他人のために働くことが自分のやりたいことだと勘違いしてしまう。

いや、ちがう。

勘違いなんかしていない。とうの昔に、他人に応えることが自分のしたいことなわけではないなんて気づいていた。でも自分が嫌いだから自分のしたいこともするべきこともわからない。それにわからないと言っていれば、人生のぬるま湯に浸っていられる。わからないんじゃなくてわかろうとしないだけのくせに。

自分を嫌いな自分を好きな自分を嫌いで好きで嫌いで大好き。物分かりの悪い人間になりたかった。

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「ありがち/自分大好き/YDK」への2件のフィードバック

  1. 3段落目「書きたいことを書いているだけ『みたいです』」が文体から浮いているのが気になりました。これだと「ようです」の方がいいかな。
    先日、伊勢佐木町のニューテアトルで『聲の形』を再上映していたので、2回目を観に行きました。自分が嫌い、という考えに対してひとつ答えをもらった気がしました。アニメーション映画で言えば今年随一なので、ぜひ改めて観て欲しい。おすすめです。

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