冷静さ/自分大好き/猫背脱却物語

 他人を観察するのが好きだ。どんなことを言いがちなのか、どんな身振りが出るのか、そんんなことを見ていると自然とそれを通してその人がどういう考えで何を言いそうかまでわかる。気がする。ものまね芸人が御本人の入ったことのない言葉までそれらしく真似できるのに近いのかもしれない。

 あと、人より自分との距離が遠い気がする。自分のことが好きなんだけれど、どこか別の立場から、それこそ他人を見るかのようにしか自分の立場やふるまい言葉を理解できなかったりする。それは言っちゃダメだろうと思ったら黙ったり、逆に言わなきゃダメだと思ったから言ってやったり。

 こんな性分をまとめ上げると、つまり私はすごく自分のことを冷静に見ることができるのである。感情的になっているように見えても、ここがおさえどころだってところをわきまえているから、おそらく客観的に見て収まりがいい。大人っぽいとか冷静とか、しっかりしてるって言われがちである。えっへん。

 ただその分、とにかく自分を見ていることが多い。自意識が強い。今の自分はどう見られてんだ、こういう時にはどこまで振舞って大丈夫かと、監視カメラのように私が私を見ている。それってつまり自分が大好きなんだけど、それだからこそ、例えば悩んでる時とかに自分を甘やかすことができない。悩む私は素敵じゃないことが何となくわかる。でもって、そこから抜け出せない自分もわかる。その両者の中、甘やかしたい自分より、こうあった方がもっと素敵だよと言って、頑張らせてしまう自分が強かったりする。今までそうやって、飄々と切り抜けてきたつもりだ。

 でもなんか、最近はその頑張りに限界がきたらどうしようと気になったりする。老後の心配みたいである。遠い先かも分からなければ、明日なのかもしれない。いっそ鬼よ笑ってくれ。

 誰より自分が自分に甘くなければ。自分を大切にしているとは言えない。自分で勝手に叱咤激励して、自分がそれで苦しんで、寿命が縮んでたらどうする。長期的で計画的な殺人になりかねない。犯人は俺。

 自分が大好きだ。だからこそ、色々な自分を愛さないといけない。弱い時に寄り添ってくれるのも、時に叱咤激励してくれるのも自分。人のことを一面的に見ちゃいけないように、自分だって色んな視点から見てなんなきゃダメだと思う。だから、長所である冷静さゆえに悩む自分に厳しくできるけど、あえて甘くもしてみたい。よくよく考えたら、運動部に入ってないから、忍耐とか精神力みたいなものは備わっていない。

 それでもここまでブワーッとやってのけてきたけど、まあ一つギアを落とす事も覚えなきゃならぬかもしれない。お腹がへったら外食をして、歩き疲れたらタクシーに乗る。行きたくなければブッチでもする。そんな緩さを持とうかしら。このWSを、インターンで休んでしまうあたり、皮肉なもんなのだけれど。
 

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