私とランドセル/自分大好き/どみの

優しいよね
真面目だよね
いい子だよね

いろんな言葉を今までに言われ、家族や先生はエピソードを交えて私を褒めてくれる。

みんなに親切で、物を大事にして、人に感謝を忘れないそんないい子のレッテルは私は嫌いではないし、そう見られるようになんとか取り繕っている。
もっと言うと、実際にはそんなに真面目じゃないし、賢いわけでもない。結局楽したいというのがいつも常に心の中にあって、自分に非常に甘く生きているのが現状だ。

今までにそれなりに生きてきた中で、私の人柄を表すと言っても過言ではない、親が時々話題にあげるエピソードがある。それは、他人にとっては私を最大限に褒めてくれようとしている、そんなエピソード。

みんなが平等に1つは持っている、持っていたランドセル。赤黒だけではなく、カーラーバリエーションも増え、天使だとかキラキラチャームだとか様々な種類も発売されている今、ハリウッドのファッションでも注目され始めているという。そんな日本特有の小学生の象徴であるランドセルを15年ほど前、小学校には入る時、私はお姉ちゃんのお下がりを使い始めた。これ本当の話。もちろん、ランドセルが買えないぐらい貧乏だったとかではなく、その当時の私は新しいのではなくお姉ちゃんのがいいと言い張ったそうだ。そして6年間それを使い続けた。ここでつけ足したいのが姉が10歳ほど離れているということ、ランドセルの保存状態が悪く、綺麗なドーム型ではなく潰れた形だったということ。そんな不恰好なランドセルを6年間大切に使い続けた。この話は素敵な美談となる、私が姉を大切にし、物を大切にする話である。

しかしこれが私が私として誇らしい話と言いたいところだがそれは正しくない。その話が上がるたびに苦い思い出が駆け巡り、自分から決して話をしたくないものとなっているのが現状である。今も息苦しい。新しいものに変えたいと思ったこともあるし、でも中途半端な時期にピカピカのランドセルを使い始める方が違和感があると毎回思いとどまった。変な意地とプライドと、それを守るためだけに6年間使い続けた思い出は決していい思い出なんかではない。
なぜあの時新しいものを買ってもらわなかったのか、いろいろ、「たられば」だけが駆け巡り、今も思い出すと原因不明の涙が出るときもある。

このエピソードが自分の中でうまく消化され、自己アピールポイントにつながればいいが、当分は難しそうである。

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「私とランドセル/自分大好き/どみの」への1件のフィードバック

  1. ランドセルって一見同じように見えるけど、背負ってる当人たちからしたら結構個性が出るんですよね。これ誰のランドセルだって見たらすぐわかるし。こういう懐かしい感情とともに自分語りをするっていうのが他と違ってよかったです。

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