“共作”がお題とはつゆ知らず/共作(添削)/きりん

カフェ

珈琲はお好きだろうか。それともお茶派か。
先日、大学のスタディツアーでオーストリアの首都ウィーンを訪れ、異国文化としてのカフェを体験した。このツアー、もちろん事前からの研究と事後の公開発表付きなのだが、同級生がテーマにしていた“カフェ”がなかなか面白そうであったので少し便乗させてもらう。

多くのガイドブックで、ウィーンはおしゃれなカフェの街として推されている。ザッハトルテやフルーツタルト、コーヒーの数々。目の保養とばかりに写真の多い特集ページ。

カフェといえばヨーロッパなイメージが強いが、コーヒーを出す店舗としては1554 年、現在のトルコ、オスマン帝国の首都イスタンブールが最初である。
オスマン帝国がウィーンを包囲し、神聖ローマ帝国が絶対絶命の危機に陥ったのが1529年と1683年。宗教的にも対立するなか、当時のローマ法皇が「悪魔的な飲み物にしては美味し過ぎる。異教徒に独占させておくのはもったいない」と言い、洗礼したとかしないとか。
そうしてウィーンで最初にカフェができるのは、果たして1683年のことである。

余談が長くなってしまった。
実際のところ、日本と違うと思ったところは3点あり、まず1つ目としては店の多くが個人経営である点だ。スターバックスのようなチェーン店もあることだし、また裏で巨大ファンドによって繋がっている可能性も否定はできないが、店内の照明やケーキの選び方、コーヒーの種類など、店ごとの個性は非常に豊かである。
次に、一人客が少ない点。おしゃべりに興じる客が割に多い。まだ保育園にも入っていないような幼子を連れた家族も訪れる。ともかく、店内でノートを広げて勉学に勤しむ、あるいはパソコンを叩く人は少ない。
そして、一部のカフェが観光地化している点だ。ザッハトルテの有名なホテル・ザッハーのカフェなど、まず観光客しかいない。あんなに外国人の多い店を日本では見たことがなかった。

結論として、日本とウィーンではカフェの用途が異なることがわかった。日本におけるカフェの用途はウィーンと同じように人が集い、団欒を楽しむ場と、個人が自宅以外でくつろげる場という二極化しているのだ。
ということは、いっそコーヒーの飲める自習室のような、静音カフェを設置し、客層をわけるというのはいかがだろうか?おしゃべりを楽しむ人も、静かに没頭したい人も意識が集中できて良いと思う。

午前11時のカフェでつらつらと考えている。

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「“共作”がお題とはつゆ知らず/共作(添削)/きりん」への2件のフィードバック

  1. フチ子さんのものにも書きましたが、共同制作感が薄いのが残念です。もっとも、そこはタイトルで触れられてますが。
    どこまで添削するか、という問題はシビアですね。相手にはその人なりのスタイルがあるので、一概に自分がこうすべきだ!と思うようには変えられないし。編集者と作家とか、上下で役割が決まっていないと、他人の文章を校正するのは難しそうです。

  2. ノルニルさんに続いてですが、文章を批評するときには読者や文章の形態を設定してから始めるといいと思います。雑誌に乗せるとか、ツアーガイドとか、小説の中の一節とか、最初にそういうものを編集さん(今回はフチ子さん)と話し合ったらもう少し共作っぽいものになるのではないでしょうか。

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