転がる岩の正反対/共作/ほのほ

「なごさんの書いた文を僕が書くとこうなる」です。リメイクかコンバージョン。初めに原文(コメント参照)をお読みになることをおすすめします。以下本文です↓

 

足は回れど、首はとっくに回らない。

側から見れば疾風怒濤、猪突猛進、砂煙すら巻き上げて、男は坂を駆け下りていた。右足を前へ、左足を前へ、目にも留まらぬスピードで。両足は今や車輪のように、とうの昔に感覚を失った。

もういくら走り続けたかわからない。あるいは生まれついてからずっと、走り続けているような気もする。

特に理由があるわけではなかった。踏み出さなければ転んでしまう。ひたすらそれが怖かった。ひとたび転んでしまえばきっと、二度と起き上がれないだろうから。

駆け続けながらも一年に一度、祝祭だけは訪れた。坂の前方、賑やかしく群衆が湧き、やれめでたい、やれ今年も頑張れと、駆けてゆく男を囃し立てる。男は折々酒を酌み交わし、肩を抱き合い、息も絶え絶えに感謝を述べた。あくまで足は止めないで、群衆の隙間を縫いながら、である。

18、いや19度目の祝祭の後だったろうか、忽然、下り続ける男の前に、ちょうど逆向き、空へ向かって昇ってゆくような坂が前方に反り立った。立て札も看板もなかったけれど、男は直感的に確信した。これを登れば救われる。

けれども結局、男は坂を登らなかった。反り立つ上り坂の横をするりと駆け抜け、またそれまでと同じように、あくせく両足を回した。理由は単純。上れなかった時の方が、上らないのより怖いから。坂はみるみる遠のいた。つられて男の後悔も、しかし静かに膨らんだ。

果たして翌年の祝祭ののちも、上りの坂は現れた。あるいは男の後悔が、坂を呼び寄せたのかもしれない。男は今度こそと坂を上った。けれども足を回せど回せど、体はいっこうに進まない。それどころか何度もつまずいて、危うく転げそうになった。男はぱったり恐ろしくなって、坂を上るのを諦めた。

そうしてまた元どおり、下りの坂を駆け下りるうち、男の恐怖は次第に癒えた。いやはや、時間というものは実に偉大だ。翌々年の上り坂も、彼は登ろうとした。今度は心なしか傾斜が緩くなっていたから、あるいはと期待を燃やしたけれど、矢張り男には上れなかったのだった。

次の年も、坂はもはや当たり前のように現れ、男の前に立った。けれども初めの坂と比べたらどうか、なんとも情けなく、まるで小丘、申し訳程度の坂である。

けれど果たして、男は坂を上らなかった。とっくに疲れ果てていた。変わるかもしれない現状に期待を抱き、それを自分で裏切ることの繰り返し。それはあまりにも残酷だった。

逃避と引き換えに得られたのは、逃げ続ける自分への際限ない嫌悪。そして、過ぎてゆく時間への恐怖。ただ駆けに駆け、変哲のない日常の中で年だけを取っていく恐怖が、ひたすら男を襲った。

男にはもはや期待も熱意もなかった。「いつかきっと」の建前の裏で、「どうせ」と心でつぶやいて、井戸の底から漫然と大空を眺めるように、ただ無心に足だけを回している。あるいは初めから、何も変えられるはずはなかったのだろうか。そんな言葉すら悔しさではなく、前向きな諦めへと変わろうとしている。

足は回れど、首はとっくに回らない。

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「転がる岩の正反対/共作/ほのほ」への2件のフィードバック

  1. (原文)

    坂道を転がり続けている、というよりは転がり落ちてしまった。

    3年前、大学に入る前の私は確実に希望に満ち溢れていた。理想の大学生活なんかを妄想して、いわゆるクズ大学生みたいにはなるまいと思っていた。それがこの有様である。結局受験勉強すら一切頑張ることができなかった私は変わることができないままなのだろう。

    変わるといえば、最近年が変わった。ただの時間の経過をこんな仰々しく言うと変な感じがするが、人は年が変わると何かを変えようと思う。私自身、生まれが年始直後にあるので、年が変わるとともに年を取る。毎年サークルの人に祝ってもらっているのだが、その祝いの席ではその年の目標を発表するのが恒例となっている。時期的にまさに新年の抱負といったところだろうか。

    初年、「彼女を作る」……失敗。

    2年目、「遠くに行った人を想い続けて待つ」……失敗。

    そして今年の目標であるが、いい加減恋愛系を設定したところで無駄だと思い、目標を「体重を7kg減らす」ことにしてみた。現在体重が72kgあるのだが、目指せ65kgである。それもこれも大学に入学するまではどれだけ食べても65kgをキープしていたのだ。今年は就活や留年回避など人生に
    おいて痩せることよりも大切なことがいっぱいあるはずなのだが、そう考えるとなんともしょうもない目標なのだろうか。結局これも「恋愛系」から逃げているということの表れなんだろうと思う。こうやって、自分のことを自分で分かっているんだぞというアピールをする私を私は好きじゃない。

    前の失恋は完全に忘れることができた。失恋直後は一生立ち直れないなんて思っていたけれど、3か月もあれば何とも思わなくなるんだから時間という解決方法は確実かつ偉大であると再々々確認することができた。時間は私を救ってくれることもあるが責めてくる場合もある。むしろそのほうが多いくらいだろう。事実、時間は何もしなくても去っていき、それはどうしようもない。大学生活が3年経とうとしていることがまさにそうであり、このまま何もしないままでは今後の人生が詰んでしまいそうな予感がひしひしと迫ってきている。

    そうは言っても今年も私は何も変わらないまま過ごし、きっとまた恋をして失恋して、体重だって痩せるどころか失恋のやけ食いで太ってしまうのだろう。底にいることに慣れてしまったのだ。

    坂道を登り始めるのはいつのなるのだろうか。

  2. 原文を読んでからこれを読むと、へえ〜っという感じです。とてもおもしろかったです。自分の書きたい文章の形をしっかり分かっていて、それをうまく表現できるからこそできるやり方なんだなと思いました。

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