雪の宿/せんぶ雪のせいだ/仄塵

去年の12月、雪のせいで転んちゃったけど、基本的にわたしは雪が大好きなんだ。生れも過去に住んでいた場所も冬は常に雪が積もるような地方ではなかったから、雪が降ると街が非日常的な感じに溢れる。

わたしは非日常的なことが狂気になるほど大好きなんだ。それこそ出演アーティストと関係なくイベントになると高まるからライブ会場でバイトしているとこもある。雪か人身事故で電車が止まって巻き込まれたとしても、迷惑だなと微かに思ってはいるが、SNSを開き路線の名前で検索をかけ、見知らぬ人の愚痴を見てニヤニヤする。最後に非常に不謹慎だと承知ですか、一時期地震や津波の映像や、発生当日のNHK緊急報道を動画サイトで釣り一日中布団にこもって見ていた。もしこのような災害がわたしに襲った時、心の中「うぉぉぉぉぉーー」になりながら死んでいくのに違いない。

死に興味を持っているのも、死ぬ瞬間も死んだ後の体験は非日常的すぎて、その上にこの世に生きている人間誰も経験したことがないからだ。飛行機に乗っている時に、もし今墜落して爆発したら、わたしは痛みを感じる余裕があるのか?絶望するのも、もがく暇もなく一瞬でわたしの死亡が決まるもんなら、そこまで怖くないかも。

ここまで来て「死」の文字が一行に3つもある文章を書いてしまったのは、リアルに雪のせいかも知れない。以上の内容を決して誰かに向かって話すこともないだろう。何よりわたしのぶっ飛んだ脳に不快を感じた震災地の人々に深くお詫び申し上げたい。

誰にも迷惑をかけない程度でもう少し考えると、世の中はどうせネガティヴをポジティヴに転換しないと生きていられないから、わたしの脳は今の人類から進化を遂げたものかもしれない。そう、事件や事故が発生した時、状況と危険性をきちんと認識した上で、ある意味それを楽しめるという新種だ。自己分析では「臨機応変な対応力」と言えるだろう。この新種はハプニングが命で、生きていればそれが尽きることはない。

最後に、キチガイっぷりを首尾一貫にするべく、今回のテーマで書こうと思っていたせんべいの雪の宿で締めたいと思う。子供のころ大好きで食べていた雪の宿、つい最近表面に散りばめているのは砂糖ではなくクリームだと知り少し驚いた。そこそこ大きい地震が起こると次の日に慌ててスーパーに非常食を買いに行くが、高い確率で雪の宿を買ってしまう。理由は甘みと塩み両方持っているから、それしか食べるものがなくなったときも、一週間くらいは飽きずに食べられる、といったところだ。その雪の宿だが、多くの場合災害時に活躍することもなく、わたしのさりげない日常の中で食べられる運命を辿ることになる。

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