雪女/全部雪のせいだ。/なべしま

不意に夜中に散歩に出かけるときは山上百貨店を十字に通る、大通りを利用します。洗い上がった髪を夜風に当てながら夜なのに不思議と清々しい凍ったような空気を浴びる夜の散歩は、一ヶ月前、出し忘れた郵便をポストに届けようと外に飛び出した水曜日の夜からの私のちょっとした楽しみでした。それも月が替わるに従って少しづつ寒くなり、今は夜の散歩は分厚いコートを羽織りきちっと襟巻を巻いてからの、散歩にしては少し仰々しいものとなってしまいましたが一度出来た習慣というのは自分を縛るもので、もっと言えば少しばかり癖になっており、湯上りの身体を夜風にさらして孤独と静寂を味わいたくもありました。

山上百貨店には大きな展示棚を備えた大きな窓が六つ、ぐるりと巡り、今は婦人物の手袋やら、パラソルやらがお目出度い鯛や破魔矢とともに飾られていました。いつも世の行事には置いてけ堀を食らうので、忘備録であり、暦でもあります。どれもこれもお目の高いご婦人たちの眼から離れ、昼間の喧騒とは程遠く、見るものは私だけの贅沢な時間です。中には入ったことはありませんが、きっとこの窓に劣らぬ品々を、華々しい少女たちが手にレース、腰にモスリンを纏い、襟巻を広げて見せ、物腰、足づかい洗練され軽く、舞踏会の様相を呈しているのでしょう。ところがそんな飾り窓を眺める人物は、今日は私だけではありませんでした。

それは真っ白い哀れな女で、折檻の隙を見て逃げ出してきたような雰囲気であります。帽子を取り、ほんの少し頭を下げますと女はじいっとこちらを見たようで、ただ何も言い返してはきません。胸からそっと時計を取り出してみますと日付を超えた時間。人畜無害な住民であります私でさえ警邏に声を掛けられてもおかしくありません。あの女は薄絹一枚の凍死しそうな姿で、それでも指先を赤く染めることもなく、指やつま先が壊死しているのか、可哀想な女であります。嫌な女であります。ひとひら、雪が舞い散ってまいりました。寒い夜です。気が削がれ今日は早々に帰路につくことにいたしました。

家の前でコートを軽く払い、ふと薄く張った雪の上に足跡が二重についていることに気が付きました。それは道の途中で途切れてはいましたが、たしかに私の眼にも止まるほどの近さまでしっかりと踏みしめられており、小さな指の五本まで見て取ることもできます。慌てて布団に潜り込み、まんじりともしないまま夜明けの光を瞼に受けて七時を回ったことにほっと安堵しました。
翌日になっても雪の上の足跡は消えることがなく、しかし雪の溶けてしまうと決して跡を残すことはありません。土の上には私のものだけが刻まれます。ひとたび雪の降ると忘れずに足跡は、持ち主の繊細さを見せるのでした。恐ろしかった。しかし一年経ち二年経ちしても相変わらず、次第にまったく気にならなくなりました。私は夢想します。静かに、音もせず、浅い足跡しか残さぬ、綿のような女。雪の降る晩、肌襦袢一枚で立つ女。哀れで厭らしい姿を、足跡をのみで執着しなければならない悔しさ、総て雪のせいであります。

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「雪女/全部雪のせいだ。/なべしま」への3件のフィードバック

  1. 相変わらずとても素敵な文章でした。山上百貨店とか、単語だけで世界が広がります。オチがちゃんとぴったりテーマに合っていたので感服です。

    やはり句点がない、読点がないということで文章としては読みづらい印象を受けます。でもリズム感はあるので見た目の問題が大きいと思います。「好きな人は好き」の極みかもしれません。私は大好きです。

  2. 素敵な言葉選びだなと感じました。

    もう少し、改行した方がblogで読むには読みやすかったかもです。

  3. なべしまさんの世界観はいつも薄暗い感じで統一されてて素敵です。文章も文学!って感じで書けるのがすごいです。
    なのですが、私は最近ドラマとか映画とか小説とか、全部フィクションじゃん、、と思ってしまって、見ててもすぐ飽きてしまいます。今の私にはファンタジー的な文は面白いと思えません。なべしまさんは悪くないです。

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