溶けど消えない/ぜんぶ雪のせいだ。/温帯魚

僕が受験生だったとき、一番通った喫茶店でよく流れていた曲は「懐かしのストックホルム」だった。主題の格好良さと歯切れのよい演奏が好きだったのだ。

あの頃の僕はその曲をえらく気に入っていて、つまりセンスがサイアクだった。いやまあ今も良いわけではないんだけど。それにしたってひどい。

だってそうだろう。18歳が”dear old”なんて、ナンセンス以外の何物でもない。

 

成人式がもう10日前なんて信じられない。つまり、それだけ僕はその日から何もしてこなかったってことだ。この課題だって締め切りが終わってから思い出したようなものだ。

もちろんそれは「ぜんぶ雪のせいだ」、なんてわけではなく。正確には三分の一。成人式と、読んだ本と、そしてこの課題のせいで、えらく感傷に浸ってしまったせいである。簡単に言うと1718歳の、あのベッタベタに輝いていた頃を思い出し、あろうことか今の自分と比べ、それはもう何もやる気が出なくなった。こうなるとサボり慣れた僕はマジで何もしない。

だからせめて心の整理のために(このままだとゼミが決まらない。そもそも冊子の配布を知ったのが終わってからだったのが笑えない。誰か見せてくれ)。誰の役にも立たない思い出話ではあるが、少し語ってみようと思う。笑ってくれれば幸いだ。

 

雪と聞いたときに思い出すのは、17歳の冬の日だ。

その日は太平洋側には珍しく(というと日本海側から鼻で笑われるかもしれないが)腐るほどの雪が降っていた。休日で授業はなかったが、当時吹奏楽部だった僕には当然のように練習があった。

恐らく部長陣と顧問との談合の結果だとは思うが、結局その日は自由登校になった。危ないと思ったら来なくていい。来ても自主練。午前中のみ。欠席メール多数。

皆さんならどうだろうか。フツウに考えて、行かないだろう。さらに言うと僕は高校からすでにサボり癖があったから、絶対に行かなかったはずだ。こんなんで行くのなら普段から行けよ、というほど雪は降っていて寒い日だった。

行ったのである、よりによって自転車で。普段片道20分の道を。馬鹿みたいだが、完全に馬鹿だった。

皆さん知っているだろうか。雪の中を自転車で進むと、そのうちタイヤに雪がへばりついて動かなくなるのである。回転の運動がなくなり、重さ数キロの物体を雪道に滑らせる苦行が始まる。途中で捨てていこうかと何度も思った。

学校に部員は本当に数えるほどしかいなかった。今となってはむしろ数人いたことが驚きである。そこそこ頭のいい進学校だったはずなのだが。なお自転車で登校した奴は僕を含め二人だった。後にチャリンコスターという敬称がもう一人につけられたが、彼女は元気だろうか。

練習はひどかった。ロシアの音楽はチューニングが作曲の段階で数度低く設定されているということを聞いたのは大学に入ってからだったが、まあそんな感じだ。惜しむらくば発表場所は日本だった。

そうして練習を終えた僕たちは、一通り雪を投げて、積んで、壊して、滑って、はしゃいだのだった。なんと美しい記憶!なお帰り道はもっとひどかった。具体的に言うと向かい風で進めず、自宅まであと五分でまじで死ぬかと思った。

 

大人になることは楽しい。成人式で食べたローストビーフは美味しかったし、欲しい本もゲームもたくさん買えるし、こうしてお酒を飲みながら課題だってできる。

それでもじゃあ昔とどっちが幸せだったと聞かれたら、今の僕は昔と答えてしまうだろう。毎日を暗澹たる気持ちで過ごした、いつも誰かと喧嘩をしていたような、的外れなことばかり偉そうにほざいていたあの頃が、きっとこれからの人生と比べたって一番輝いていた。あの頃のように振る舞えない自分が、ひどくくだらないものに思えてくるくらいには。

20歳が何をと言われるかもしれない。それでもこれからどれだけ雪が降ろうと、もうあの青い春が訪れることはないのだ。久しぶりに聞いた”Dear Old Stockholm”はあの頃より湿っていて、もの悲しかった。

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