薄氷/ぜんぶ雪のせいだ/リョウコ

寒そうですね、と12階のオフィスから、エントランスを出て行く黒い影たちを見送りながら呟いた。
窓枠に腰掛け、冷たいガラスに額をつけて、結露をなぞる。
「行儀が悪いよ」
就業中の長谷川さんの声がオフィスに放られた。ここには私と、年上の同僚である長谷川さんしかいない。ので、私が拾ってやるしかない。
「仕事とプライベートは分けるたちなんです」
「ここは会社だよ」
「仕事終わったんで」
レスポンスが異様に早い。話している暇があったら、パソコンとの睨めっこを早いとこ終わらせてくれればいいのに。
オフィスに沈黙が帰ってくる。
カチャカチャとキーボードを叩く音が聞こえてきた。やっと振り返ることができる。
冷たいガラスに今度は背中をつけて、長谷川さんのやつれた横顔を見つめる。
年末の頃より少し痩せたようで、顔の輪郭がいつもよりスッキリしている。
仕事納めから年始にかけて、何かあったのだろうか。母親の体調が思わしくないとこぼしていたのを聞いたけど、その後はどうだろう。
私はどの程度この人に許されるのだろうか。
「あ」
唐突に長谷川さんがこちらをみた。
重たい二重とバチッと正面から目が合って、狼狽える。
「なんですか」
ほら、と促されて窓の外を見る。
「うわ」
藍色の夜空を吹き抜ける風に乗って、ちいさな氷の粒たちが舞っていた。
「降っちゃったね」
ぶぅん、と小さく唸って、パソコンのエンジンが止まった気配がした。
長谷川さんは、このまま真っ直ぐ帰るつもりなのだろうか。
定時に仕事を終えてから、自分一人しかいないオフィスに二時間弱も居座っていた年下の同僚を金曜のオフィスに置いて、まっすぐ帰ってしまうのだろうか。
「春日さん、傘、持ってる?」
背後から、年上の同僚が歩いてくる。
長谷川さんの言葉を、私はどう打ち返したらいいのだろう。

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