春休み課題について(暫定)

*課題について詰まってない部分も多いので、後々書き加えます。また、何か質問があったらお願いします

春休み課題「共同制作~グループ編~」

・年末年始やった共同制作のグループ版だと思ってください。時間も人数も多い分できることも多いと思うので、その利点を前面に生かして作品を作るといいのではないでしょうか

・現時点の構想では、2回制で、1回目は今回決めたグループごとで何か作品を作ります。
2回目は自由にグループを組んで(僕みたいに孤立する人はそれ同士で)、作品を作る感じです。2回目についてはその時にまた連絡します。

・テーマ・字数・形式は自由です

・せっかくなのでフィードバックの場や次学期のボーナス(orペナルティ)もあったほうがいいので、検討しておきます。

・「帰省がある」とか「芝居の稽古が」とか用事がある人もいるかと思いますが、班ごとに調整してください

・春休みで集まる機会も少ないと思いますが、そこは互いにうまく連絡を取ってやってください

・投稿する際は、「春休みの課題」タグで投稿お願いします。グループについてはグループ内で複数投稿する場合、タグをつけてくれるとありがたいです。

・締め切りは未定です。決定次第連絡します

・締め切りは1回目が3/14(火)、2回目が4/11(火)です。期間はちょうど4週間ずつですが、各自都合のつくときにやってください

ととのえ

まだいいかな/遺書/みくじ

昔何度も繰り返し読んだ小説の中で、「血液を探せ!」というタイトルの短編があった。
痛覚神経が無かったために身体にナイフが刺さったことに気付くのが遅れた富豪の老人の遺産をめぐり、その子どもたちが輸血用の血液パックを探すというコミカルな物語だ。
そのイメージがあるからか、遺書を何か自分の残したものの後始末についての指示書のように思っている。

遺書なんて無くても、溜め込んで使いきれなかった大金とか価値の高そうな財産が無ければ誰も困らない。

祖父は田舎の出だが造船で一攫千金して県の中心部にビルを買い、さらに株でもう一山と思ったところで大ハズレしてプラマイゼロになり、県庁のすぐそばだが車の出し入れがしにくい場所にあるボロ屋以外何も残さなかった。

祖父の死後に問題となったことなんて、本当にびっくりするくらい何も無かった事だけで、何も無かったんだから問題も無かったと考えることも出来る。
叔母づてに聞いた話では、祖父は二度結婚していたのだが、離婚した方の娘と孫がやってきた時に本当に何も無いのかと念を押されたらしいが、非常に残念ながら本当の本当に何も無かったのだ。

何年か前に一度倒れて以降は、よく笑いよく泣きよく忘れる祖父だったから、もし財産があってもちゃんと配分を考えたりはしなさそうだがまあ何はともあれ何も無かった。

私は当面死ぬ予定は無いのだが、常盤台周辺に彗星が割れて落ちてこないとも限らないし、右を見て左を見てもう一度右を見ている所に落下してきた鉄柱が私を貫かないとも限らない。

もし万が一死んでしまった場合、何が残るかというとレポート課題が残り単位が回収されないので死なずに期末を終えたいと思う。

オタクの屍を越えてゆけ/遺書/なご

オタクは死んだ。

オタクであることを自虐的に語りながらもアイデンティティとして誇りに感じているところのあった私であるが、そんなオタクの私は死んでしまった。
昔は一週間で10本ほど見ていたアニメも見なくなってしまったし、週に9回は行っていたゲーセン・アニメイト・ゲーマーズにも行かなくなり、その他、マンガ・ゲームも積極的に読まないしやらない。バトスピもしない。ニコ動も見ない。コスプレもしなくなった。一番驚いたのは、5年ほど追っかけていた声優さんのCDもいつの間にか買わなくなったことだ。一時期はその声優さんのためなら死ねるとさえ思っていたのに。

以前の私は「2次元しか興味ないでござるデュフフフwwww」と公言していたし、心の底からそう思っていたし、「2次元に勝る3次元なし」が座右の銘だった。青春時代に女性と関わることが皆無であったため、会話することはおろか、挨拶さえ難しいような状況だった。それが今となっては普通に女の子誘って飲みに行ったり遊びに行ったりするようになり、後輩相手にセクハラ同然の発言ばかりするクソ老害と化してしまった。そんなんだからいつまでたっても彼女ができないのだろう。まぁそれはさておき。

私からオタクである部分がそっくりそのまま消え去った。だからと言って私が消えたわけじゃあない。そのまま消えてしまえたらどれだけ楽だっただろうか。オタクという病の副作用でオタクじゃなくなると消えてしまうなんて素敵じゃないか。という夢を語ったところで抜けがらの私は生き続けなければいけない。きっとこのまま順調に卒業、就職して、なんとなく良い人と出会って、結婚して子供ができて、子供がアニメとか見始めたら「お父さんも子供の頃はアニメが好きでなー」とか言ったりして、ゲームをねだられたら自分が買ってもらえなかった反動で、嫁(リアル)に怒られながらもいっぱい買い与えちゃったりなんかして、最終的に子供よりハマっちゃうみたいな無邪気なお父さんになるのだろう。

 

オタクは死んだが、そうやって自らの屍を越えて過去のオタクたちも幸せをつかんでいったのだろう。

 

 

今回の話のオチ。結局人はそう簡単には変われない。

え?オタク?辞めてないっすよ。ハイ。ちょっと次元が変わって2次元から3次元に移ったというか、まぁいわゆるアニオタ・声豚からドルオタへのジョブチェンみたいな。いやぁまさか自分がアイドルはまるなんて思ってみなかったですわ。それもこれも元凶は西野七瀬とかいう超絶可愛い生き物が目の前に現れてしまったという。とりあえずつべとかにまとめられてるなぁちゃんの可愛い動画を見て欲しいですわ。ハイ。んでそっから乃木坂46に興味が出ていろんなもの見たり聞いたらスゲーいいのねアイドルって。今じゃメンバーの名前フルで全部言えるまでになってしまいましたわ。一推しがまなったん、二推しがなぁちゃん、三推しであーちゃんかなって感じですね。乃木坂沼にハマった流れで欅坂46にも手をだしたらここにも平手友梨奈とかいう天使がおわすってもうヤビャいのね。最近はてちのことしか頭にないという。これはもう恋だね。てちガチ恋勢ですわ。中学生に恋する22歳ってオイwwww欅はてち神推しかなー。

 

 

……ハイ。

「オタク」という業は死ぬまで背負わなければいけないものなのだろう。

最初で最後の/遺書/ねおき

拝啓  親友の君へ

 
やっほ、ねおきだよ。
手紙なんて送ったことなかったから、不思議そうな顔して読んでるんだろうな~。LINEでだって大して話さないしね。久しぶりに便箋とか買っちゃってさ、謎にウキウキした。あ、ちゃんと好きそうな可愛いキャラクターのやつを選んでおいたよ。好み分かってるでしょ?
前置きが長くなっちゃった。で、本題。突然でほんとごめんだけど、わたし明日には死ぬね。
死ぬ。この世から、居なくなります。うーびっくりさせちゃったかな、だけどもう決めたことだから。この手紙が届くころには私は・・・ってやつだよ。そう、それ。
 
 
今「ハァ?」って言おうとしたでしょ、いつものあんな感じで。というかもう言ったね。そうだよね、何故?って思うね。うーん特にこれといった理由はないんだけど、自分の人生には自分で終わりをつくりたいじゃない、て言ったら理由ぽいね。まあなんか君なら「ああなるほどね」って、あんま分かってないくせに分かったように言って、いつもみたいに抽象的なこと語り始めるんでしょ。それ面白くてすきだからさ、ねおき死亡のお知らせを送ってみた!そんな感じ。

ま、そもそも人間はいずれ死んでしまうんだから、その行為には深い意味はないよきっと。でも、いずれ死ぬけど、いつどこで死ぬのか分からないまま突っ走るのって怖いと思って。だから自分で終わりを少し早めた、それだけのことだよ。って、言っておく。やり残したことはあげようと思えば割とあるけど、例えば「行こうね」って言ってたハンバーグ屋に行けてないとか、東京タワーに上ってみたかった、盗んだバイクで走り出してみたかった、とか。だけどね、それ以上に今までに満足っちゃ満足してるから。こんなふざけた意味不明遺書を最後に残せる君に会えたし。
 
前に私が「めっちゃしにたい」ってぽつりと言ったとき、「めっちゃいきて」って返してくれたときがあった。覚えてない?そっちはきっと冗談のノリだったけど、心が緩んで、いいなって思ったんだ。ありがとう。大袈裟だけどあれで、あ、出会えてよかった、私の人生もういい素敵って思っちゃった。あは、どれが一番伝えたかったんだろうね、まあ君が決めていいよ。じゃそんなとこで、びっくりさせたし言いたいこと言えたし、未練ないうちにさらっと死んでくるね。あっ人を煽るのはほどほどにね。自称親友、ねおきでした。
 
 

かしこ

グットラスト、グットナイト/遺書/温帯魚

拝啓、十年後の私へ

アナタがこの手紙を読んでいるとき、私は既にこの世にはいないでしょう。

そしてそれが、私はとてもうれしいです。

 

私は今中学校でこの手紙を書いています。十年後にまた私たちのところに届くそうです。

でも、知っての通り私は二十歳まで生きることは難しいと言われています。だから十年後の私なんて存在しないでしょう。

この手紙は、だから、誰にも言えないことを言える、私のためだけの宛名のない遺書です。

 

最近私は生きる意味ばかり考えます。死ぬ意義ばかり考えています。

パパやママに迷惑だけかけて生きていることが辛いです。休みの日にだって私の病院でゆっくりすることもままなりません。薬代だって馬鹿にならないでしょう。どんなにパパとママが大丈夫と言ったって、友達のパパとママに比べると何歳も齢を取っているように見えます。申し訳なさに、夜になると涙が出てきます。

でも、なによりも辛いのが、自分から死ぬことができないことです。

死ぬ勇気がありません。パパとママがもっと悲しみます。学校や病院の先生にも迷惑が掛かります。

そんな風に言い訳をする自分が、すごく嫌いです。もっと私が強かったら、死ぬことができるのでしょうか。最後に皆を幸せにすることができるのでしょうか。

 

そんなことばかり夢見ています。十年後の私へ。アナタはどんなふうに死んだのですか。できるだけ人に迷惑をかけずに死んでいたら幸いです。

敬具

 

 

 

 

 

 

 

「ところがどっこい生きていた」

 

自分のベットの上で手紙を読み終わるとそんな言葉が口に出た。失敬失敬。

そのまま手紙をびりびりに破ろうとする。が、肉のない細腕では繊維は一ミリも離れようとしなかった。しょうがないから歯を使って切れ込みを入れ、そこからゆっくりと裂いていく。ごみ箱に紙片を入れると、重労働が終わった後のすがすがしい気分だ。弱っちさに笑えてくる。

興奮もそのままに放り出した足をゆっくりと冷たい床に下ろす。夜の冷気は家の中を覆っている。自分の体を動かそうとするときの脳と肉の間がバグっているような、そんな不自由さももう慣れた。ゆっくりと手すりに沿って流しまで移動する。今日の幸福になれるお薬を消費しなくては。

流しの電気をつけ、コップに水を入れる。こんなこともパパとママはやろうとする。だから薬を飲むときはこっそりと、一人で。ぬるい水を重くないところまで(つまりほんのちょっと)注ぐと、薬の入った缶に目を向ける。

あの頃より薬の数は増えている。効き目も強くなっていて、それはつまり決められた量より多く飲めばもうアタシはこの世からオサラバ出来て、缶の中には明日も明後日の薬もあって――――。

心の端を掠めた考えを、力任せに無理やり破いた薬の封と共にごみ箱に捨てる。いつもは鋏を使っていたけれど、まだ案外イケるじゃないか私の両腕。ジンジンと痺れた左の手のひらに薬を移そうとする。一粒四千円なのだから、どんなに疲れていようが落っことしてはいけない。慎重に慎重に。

 

薬を飲み終えると再び寝室に向かう。ほんのちょっとの動作でももう泥のように眠りたくなる。生きる意味なんて私にはないけれど、そんなもんは必要なしにアタシの体は生きようとする。

 

また辛い明日がやってくる。誰かが死んで、誰かに悲しみと、ほんのちょっとの何かを残していく。

 

「おやすみなさい」

 

この世に残っている弱っちい奴らに向かって、あたしはそう言った。いい夢を。

0202WS グループ分け

Aグループ: mdegonth、T、きりん、ちきん、ほのほ、生野菜
Bグループ: ネズミ、オレオ、三水、ふとん、あおいろ、ねおき
Cグループ: 猫背脱却物語、ばたこ、フチ子、リョウコ、ピエロ、竹
Dグループ: ととのえ、ヒロ、エーオー、峠野颯太、味噌の、奴川
Eグループ: Gioru、縦槍ごめんね、仄塵、どみの、いせ、杏仁
Fグループ: 温帯魚、JBoy、みくじ、YDK、印度、rascal
Gグループ: なご、さくら、五目いなり、θn、露子
Hグループ: ノルニル、やきさば、なべしま、みかん、waku

3年生のみなさん、ここまでお疲れ様でした。
というわけで、来期以降の運営を手伝ってくれる方を募集してます。

さくら

/遺書/T

夜中、急にお腹の底が冷えていく感じで不安になって、カーテンを全部占めた部屋の中で、地団駄を踏んで、手足をバタバタさせてわーって言って、俺ひとりで何やってるんだろう不安定かよって言って、また空しくなったりする。無能感で何もできなくなる。

 

不安は毎回過去最高を更新しているよーと思っているけど、振り返って考えてみればそんなに変わっていないし、苦しむ内容もそんなに変わっていなかったりする。たいしたことがない。

だから、その状態から抜け出す引き出しはすでに蓄積がある。絶対ある。どうでもよくなってしまうのは、怖い。だから次の朝も普通に起きて、シャワー浴びてどこか行く。

 

 

 

 

 

 

その引き出しの一つ(二つ?)の、よく聴く音楽。両方とも、曲作って歌ってる人がなんか変な人で、最初聞いた時は本当よく分からなかった、変な声で変な曲で、で、なんか二人とも若くして突然死んでいる。(片方の人は、僕が赤ちゃんの時にもう死んでいて、もう一人は、高校の時のある日、その人が死にましたっていう雑誌の記事を読んで、その人とバンドの事を知った。)

好きで聴いてるんだけど、この人たちもう死んでるだよなあ…とか思うと、なんて世の中だーーみたいなカッコつけた虚無感に浸ったりもする。(くだらない。)でも、それでも、生き急いで生きて、「なんで死んだのかよくわかりません。急性心不全です。」みたいな死に方をした人の作った音楽に、救われたり、それで生きたりする人が多いなんて、なんか変なのって思う。

 

曲とか作って歌ったりしてたら、憧れでなんか生き急いでみたりするのかなとも思うけど。でも、生き急ごうとして生き急いでいた訳ではないと思うし。どうしようもないものは、ある。私はとくに何もせずぼんやりしているので、これからもゆっくり生きます。

あとチューしたことないまま死ぬのは嫌だー(結局それかよ)。そんな感じです。

 

散骨宣言~願望~/遺書(曲)/ととのえ

俺があの世に飛び立つ前に 話しておきたい事がある

かなりきびしい話もするが  俺の想いを聞いておけ

俺を忘れて楽しむはだめ 俺を憶えて悲しむもだめ

墓は物で満たせ いつも笑顔で会え  出来る範囲で 構わないから

忘れてくれるな もう仕事もできない俺だが 死ぬ気で頑張ったんだよ その恩に 報いろよ

お前だけお前にだけ できる事しかないけど 俺のこと忘れずに 常々俺を見守れよ

 

男と結び 子が生まれても 俺より愛を 注ぎはするな

どれだけ他人を 好きになったとしても 俺をより愛せ 少しだけでも

何もいらない 俺の墓を撫で 思いに耽り 愛を注いでくれ

お前のお陰で いい人生だったと 俺には言える 何時でも言えるさ

忘れてくれるな 俺の愛せる女は 愛せる女は 生涯お前ひとり

忘れてくれるな 俺の愛せる女は 愛せる女は 生涯お前ただひとり

 

元ネタ