まさに/遺書/仄塵

私はもうこの世にはいないということでいいでしょうか。どのような死に方をしたのか、最期にはどんな顔をしていたのか、あなたがそれを知っているのなら教えて欲しい。いや、多分魂が抜けていった時は、上空からその様子をじーと見ていたと思うから、きっともう知っている、死んだ自分が。

霊感がないからか、幽霊やおばけの存在は信じない。けれど人に魂があることと、死ぬ時にそれが肉体から抜けていくことと、来世があることは、無信仰だけど信じている。そのいつか肉体から離脱する意識の塊は私の死を見届けてくれることを期待している。まあその時が来たらもう「私」は「私」じゃなくなるけど。

ここまで読んだあなたは、突拍子もない話に困惑しているのかもしれない。言いたいのは、私は死そのものに恐怖を感じないこと。しかし人間として生きることは、ただ呼吸と脈拍を維持すれば良いのではなく、価値の創出が期待されるわけである。私はそれが出来ないまま死んでしまった。だから本当に両親に対して申し訳ないとは思っている。稼ぐようになったら最低でも月1万は家に入れると決めていたのに、それが出来なくてごめんなさい。

そう、死ぬ前の私は、財産も何も、「価値」と言えるものを残すことができなかった。だから遺書を書く立場ではないと思うが、唯一残るのは、私の体だ。唯一自分のものは、自分の思う形で始末してほしい。

まず臓器提供については、移植出来るものはすべて提供したい。私の角膜で誰かが見えるようになるとか、私の腎臓で誰かの命が救われるとか、そんな偉そうな理由ではなく、ただただそのまま焼かれてしまうのは勿体無いから、まだ30年は問題なく使えるのに。だからもし移植が成功したとしても、その患者からの感謝状とか、両方の精神的負担になるようなことはしないで頂きたい。人道的な考えで提供したわけでもないから。

それでも私の体はやがて焼却炉の中で焼かれて、焼骨になるのは知っている。そして実際に親族が貰えるのはほんの少しだけで、骨壺に入りきれなかった分は廃棄されてしまうことも知っている。その遺骨だが、是非樹木葬でお願いしたい。墓石が冷たくてその下にずっといるのは嫌いのと、自分が木の養分になれるのが不思議でやってみたいから。できれば果実が実る木がいい。養分としての私の成果がちゃんと出る。でもできれば食べて欲しくないな、その果実。

というわけで、これでもうこの世に思い残すことはない。今は空中に浮いてこの俗世を淡々と見渡しているのか。それともすでに別の世界に行ってしまったのか。もしくは今までの記憶が消されて転生させたのか。いずれにせよ、もう私はあなたに会うことはないだろう。
さようなら。

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