儚いプリン/遺書/なべしま

ポムポムプリン…サンリオの有名なキャラクター


遺書というものについて書けというので一考、そういえばと思いついたのはポムポムプリンであった。遺すものとしてこれはどうかと思わないでもないが、最後である、与太話も許されたい。要は誰か賛同する者がいるかどうかなのだ。
私はポムポムプリンを見ると苦しくなってくる。


古典には諸行無常という言葉があるが、強いていうならばポムポムプリンはこれに似ている。だがポムポムプリンはそのような快い広大な世界ではない。
諸行無常というのは、季節の移り変わりのようなものであろう。花が萌え、雪が降り、そして呆気なくそれらが移り変わるのは淋しいものだ。だがそうした過程は過ぎ去るのみでなく、巨大な輪廻の輪の中にある。それは人のものでなく、世界の理だ。


だがポムポムプリンは違う。
奴は人の身において、人の領分で、そうした滅びゆくものをまざまざと見せつけてくるのだ。ただ今ある一瞬のみを切り取るために、この一瞬が意味するものは滅びしかない。後世に残るものではなく、ただ単に過ぎ去るのみである今の時間を残酷にも突きつける。その滅びとは、私の若さであり、財産であり、毎日を重ねる中で当たり前にように存在し、失くなるということを意識しないものだ。意識昏睡に陥り、50年後に目が覚める感覚が近いだろうか。心臓が締め付けられるようだ。この感覚は、相手を愛するあまり壊してしまいそうな感覚とはまるで違う。こっちが死にそうなのである。


勘違いしないでほしいのだが、私はポムポムプリンのことが好きなのだ。愛らしいむちむちと太ったフォルムに、実は犬であるという驚き。抱きしめたい。離れた、つぶらな瞳は無垢な印象を受ける。
愛おしい。だがその可愛らしさは虚しさと表裏一体なのである。


なぜこのような感情を抱くのか、その理由としては、失われた子供時代、黄金時代を思い起こさせるためかもしれない。喪失感がポムポムプリンの根底にあるのだろう。
余りに単純すぎる答えかもしれない。だがオッカムの剃刀よろしく、意外と答えはそんなものかもしれない。


こんな考えを一人で抱え込んでいたが、心当たりのあれば是非ともお聞かせ願いたい。身近にいる無邪気なキャラクター、奴らは何かを訴えかけてはこないだろうか。

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「儚いプリン/遺書/なべしま」への1件のフィードバック

  1. すみませんわかりません。着ぐるみが無表情ですこし怖い(くまモンとか)のとはちょっと違うか。
    2年半読んできましたが、こうして固まってきた文体は最初と比べて安心感があります。無駄に凝った言葉を使うより、平易な言葉とその用い方、語尾などで雰囲気をつくる手法はいつもながら惚れ惚れします。模倣文の回に上がった企画、やりたかったですね。
    長い間同じ方向を向き続けながら突っ走った作者に拍手。おつかれさまでした。

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