[新編]叛逆の物語/遺書/みかん

片翼を失ったのは、これで三度目だった。初めて失ったのは、私がまだ小学生だった頃のことだ。その頃は今とは違って、まだ新人類に対しての差別や排斥が極めて盛んな時期だった。それ故、四歳のころから両の肩に翼が生えてきた私のことを、同じ小学校の同級生やその両親、先生や私の家族でさえも、ひどく忌み嫌い、大きな壁を隔てていた。忌み嫌う、という表現を多少誇張に思うかもしれないが、それは私たち新人類の苦しみを全く理解していないからだろう。私たちは旧人類と比べて、ただ翼が生えていて、ただ高い知能と身体能力を持ち、ただ端麗な容姿をしている、ただそれだけの陳腐な違いで、私たちは嫌われ、疎まれるのだ。新人類という呼び名が気に食わないのであれば、違う名で呼べばいい。私たちだって、好きでこの名で呼ばれている訳ではないし、「新」だと思っている訳でもない。名前はただのラベルに過ぎず、本質とは程遠いのである。しかし、みすぼらしいプライドを持った人たちは、そこに劣等感を覚えるのか、とにかく私たちを排斥しようとしていたのだ。

このような風潮の中、雪が降っていたある日、私はある男子生徒に片翼をもがれた。その日は体育でサッカーを行う筈だったのだが、雪の影響で急遽体育館でバスケットボールをやることになった。試合中、背後から急に私は蹴り飛ばされ、うつ伏せに倒れた。そして痛がる暇もなく、私は片翼をもがれたのだ。もがれた後のことは正直あまり覚えていない。ただ、背中を走り回る激痛と、クラスメイトの甲高い笑い声だけは、はっきりと覚えている。何故こんなことが起きたのか。当時の私は、沢山点を決めたことが周りを苛立たせてしまったからだと考えていた。しかし、今になってみると、ある程度計画的なものだったのかもしれない。客観的な証拠があるわけではないが、準備運動の段階でクラスメイトたちは妙にニヤニヤしながら私のことを見ていたのだ。

この事件については、一度は学校で問題になったが、被害者が新人類ということで無理矢理もみ消されてしまった。両親もあまり大事にしたくないのか、警察には届は出さなかった。その頃から、私は手放しに人間を信用しなくなった。人間というものは余りにも下劣な憎悪で汚れいている生き物だと私は悟ったのだ。

二度目は大学生の時だ。丁度新人類基本法が制定された頃で、新人類は世間に認められ始めた頃だった。当初は私も、この素早い掌返しに嫌悪を感じたが、生活しやすくなったという面においては確かだったので、すぐにその嫌悪は消え去った。

片翼を引きちぎったのは私の恋人だった。同じ研究室に所属していた彼女は、人当たりが良く、とても優しい女性だった。そして、何より彼女は私と同じ新人類だったのだ。新人類として痛みを共有できる彼女に、私は一瞬で恋に落ちた。その頃の私の幸福といったら途轍もないものだった。ずっと孤独に生きてきた私にやっと寄る辺ができたのだ。私は彼女以外の他に何もいらなかった。彼女さえいてくれればいいと本当にそう思っていた。

しかし、ある冬の日に、その祈りはいとも簡単に崩れ落ちた。本当はその日、私は彼女と旅行に行く予定だったのだが、生憎外は雪が降っていて、仕方なく私の家でゆっくり映画を見ることになった。あの時、途中で寝てしまったのがいけなかった。彼女は私が寝ている中、あっさりと翼を引きちぎり、どこかへ去ってしまったのだ。

痛みで私は気絶してしまい、目覚めると病院のベッドにいた。彼女が翼を引きちぎった理由を探すのは容易だった。新人類の翼は高値で売買されていて、翼目当ての新人類への暴行事件はよくある話だったのだ。

私は悲しみに暮れた。やっと孤独でなくなったと思ったら、それはただの幻だったのだ。なら、最初からずっと孤独でいたかった。何も失いたくないから、何も求めなかったのに、気が付けば全てを喪失していた。悲哀は雪のように積り、私の身体を冷やしていく。もう、私には限界だった。

そして、大人になった私は今しがた片翼をもがれた。もいだのは、私自身だった。これは、世界に対するささやかな叛逆である。片翼を失った私は、規則が支配するこの世界で異質な存在になる。シンメトリーは崩壊した。私は、私自身を不条理として、この世界における身振りの断面に差し込んだのだ。私にはもう怖い物などない。世界の法則は既に壊れている。私は、身体から分離して段々と壊死していく片翼に血の涙をやって、赤黒い彼岸花を咲かした。そして、空中に落とした。花は世界を嘲笑うように空を昇っていく。これでいい。これこそが私だけの癒しだ。もう充分だ。そろそろ死のう。この遺書を見つけた人は、どうかお願いだから、誰にも見せずに、ひっそりと燃やしてほしい。私の最後の言葉を、灰にしてほしい。このくらい、許しておくれよ。

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