残し、されど遺せず/遺書/Gioru

直前までアーカイブがどうたらというレポートを書いていたせいか、遺書もアーカイブだよね? と考えています。Gioruです。

そうやって思えば清田スタジオで書かれ、ここに載っている文章は全てアーカイブでありこれから載るかもしれない文章や何かもアーカイブなわけで、書こうとして書かれなかった何かもアーカイブなわけですよね。

 

 

遺書ってものが、イメージだけでぼんやりしていたのでググってみたわけですが、そこから思った結論。僕の中で、遺書とは読むものだ、ということでしょうか。なんじゃそりゃ。

 

自殺者の遺言、飛行機墜落事故での被害者たちの遺書、死に際に残された言葉など、どれも読んでいて胸が重くなっていきました。自分の周りだけ照明が当たってないんじゃないかな、と錯覚しそうなくらいには目を凝らして読んでいましたね。中には、本当に死ぬ直前に言ったのか? カッケー! なんてものもあるわけで、そのときは(・∀・)←こんな顔していましたけど。

 

そんな中でふと思うわけです。この文章を書いた人たちが伝えたかったことを私は少しでも感じ取れたのかって。もしかしたら自分以外の誰かを励ますように書かれた言葉も、本当は呪詛が込められているのではないか。そんなことわかりようがないから、結局は僕が思ったようにしか解釈がされないのであって、そこに書かれた言葉は僕のものにしかならないのではないか。まぁ、どんな文章でもそんなことは当てはまるよね、と言われればまさにそうですとしか言えないですけど。

 

それでも遺書というレッテルを貼り付けることによってある程度のフィルターを付けることができるなら、残された言葉として読むのなら。それこそ特別に思えそうな気がするんです。自分を変える言い訳にはぴったりです。変えない言い訳にもぴったりです。

だから遺書は読むものなんですよ。

ちなみに、僕の祖母は遺書、または遺言書を残しませんでした。最後に何か聞きたかったな、とは思うのですが、何もないというのも想像が膨らむもので、どうだったんだろうなと、たまに考えるのです。

 

さて、自分の遺書を書くくらいならほかの人の遺書を読みたい僕ですが、それでも何か書くとしたら、色んな解釈ができるものがいいですよね。どんなのがいいかな。厨二臭くなるのは今の僕だから仕方がない。

 

 

感じさせてくれてありがとう

色々な体験をさせてくれてありがとう

生まれてこれてよかった

 

PS:まだ死にたくない。死にたくないし死にたくない。

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