6年目の遺書/遺書/YDK

中二の頃(厨二ではなく)に書いた遺書はこんな感じだった。

この文章をわたし以外が読んでいるということはわたしはもういないということかな。少し残念な気はするけど、一つだけ言わせてください。わたしはいつ死んでもいい準備はしていました。だからあんまり悲しまないでください。悲しむよりもして欲しいことがあります。それは「わたしのことを覚えていて欲しい」ということです。悲しむのもその一つかもしれないけど、きっと悲しみは風化してしまうから、笑い話でもなんでもいい。あぁ、あんな奴いたな、くらいでいいから覚えていて欲しい。わたしという人間がこの世に存在していたことを認識していて欲しい。
わたしは人の死は二回あると思っています。一つは身体が死んだとき。次は他人の記憶から消えたとき。二回死ななければそれでいい。誰かの心で生かしておいてもらえればそれで。あんまり長く書くのもアレなのでこの辺で終わろうかな。今まで本当にありがとう。ばいばーい。

……厨二だな(確信) でもこの時言っていることを未だに否定はできないし、拗れてんなぁとしみじみ思う。この歳から毎年遺書は書いていたのだけれど、中3も似たような内容で高1高2もないように変化はあれど、伝えたい核心は変わっていなかった。高3になって心が弱ったのか毎週遺書を書いていた気がする。ここまで来ると遺書というよりは、愚痴の掃き溜め、に近かったかなぁ。大学に入って遺書というものを書くことはあんまりなくなった。時間がないからなのか常に無気力大学生だからなのか、わからないけど。

そう。いまでも何にも変わらない。いつ死んでもいいように遺書を書いていたあの頃も、今も。6年間何も変わらないまんまここまで来てしまった。それでもやっぱり後悔はしていないし、それが妥協の末と言われても構わないと開き直っている。

リスカも辞められない過食嘔吐も狂った貞操感覚も無理して明るく振る舞うくせにそれ以外の立ち方をしらない、こんなじぶんの人生を。生きていることと死んでいることの差もわからない。死ねないから生きているだけだと本気で思っている。そしてそんな人生にしたかもしれない親のことを憎むこともない。親への感謝は常にある。愛している。何かにエネルギーを向かわせることのできる人を尊敬している。感情が欠けている、と思っている。何もかも、くだらない。

普通の人間になりたい、と常々思っているじぶんが一番普通で、ありふれている。

誰かの特別になりたいくせに、特別扱いしてくれる人を信用できないから、誰の特別にもなれない。

妥協の上に幸せがあるのなら、私は幸せなんていらない、なれない。だから私は、自分で自分の死の形を選ぶことにだけ幸せを見出そうと思う。さよなら。ずっとずっと、覚えていて。それが一番の望みです。私を殺さないで。

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「6年目の遺書/遺書/YDK」への1件のフィードバック

  1. 段落や空きがないため若干読みにくいです。
    内容的に人に向かってないためコメントが書きづらいのですが、覚えていてほしいという欲求をもっと整理した方が良いとも思います。

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