希望は前に進むんだ!/遺書/五目いなり

『死体が発見されました!一定の準備時間を経て、学級裁判を開始します!』
聞き慣れたアナウンスにうんざりと、僕はケータイを取り出した。今回は一体誰だろう、とスタジオのランキングブログを開くと、トップ画面に赤い大きなバツ印が書いてあって、その下には大量の炎上コメントが書かれている。
『暗いこと考えてる自分が好きって感じがする』
『大学生にもなって厨二病とかイタすぎ』
『大学でこんな授業やってんなよ』
……エトセトラ、エトセトラ。
いつも通り炎上したブログを辿ってみると、どうやら先週のワークショップで皆が書いた文章が、ネット上で批判の対象になっているようだった。二年半の間このスタジオに在籍している僕から言わせてみればこのスタジオは確かに刺激的だけれども、無関係の人からこんなことも言われる覚えもないし、何より誰を傷つけるために書いている訳でもないのだから、放っておいてほしいというのが本音である。けれども僕らはまともに生きるためにこの大学に通っているから、社会の意見は聞かなくてはいけない。それはとても、肩身の狭いことだった。
第一研究棟のエレベーターに乗り込んで、五階を目指す。扉が開いた先には既に同期のスタジオのメンバー全員が揃っていて、みんな暗い顔をしつつも僕を迎えてくれた。就活の最中なのか、スーツを着た友人が僕の顔を見て困ったように笑う。
「また出たね、死体」
「死体って……炎上って言おうよ」
「どっちにしろ気分悪いよ」
入ったばかりの頃は新鮮だったこのシステムも、今じゃただのお決まりの行事だった。誰かの記事が炎上したら、その誰かを弾圧して事なきを得る。一見刺激的なワークショップに見えるけれども、僕らは別に嫌いでもない文章を、言われたとおりに批判することに、ほとほと疲れ果てていた。
「よーし、それじゃあ今回の事件を復習して、スタジオブログを炎上させたクロにオシオキ、とっとと済ませちゃおー!」
教室に入った瞬間、つんざくのはハイテンションな濁声だ。超特権的な力のせいで僕らは何も言うことが出来ず、その声の主―――ヨノクマの言うままにいつも通りの席に着く。言われたとおりにケータイの画面を見ながら、炎上の元になったと思われる記事を探して、その文章に批判のコトダマを打ち込むのが、僕らのワークショップの形式だった。
「これはなんか、暗い自分に酔いしれてるって感じが気持ち悪いみたい」
「筋肉をつければいいんだよ!」
「こっちの文章は、社会に出たらこんな文章役に立たないってさ」
「こっちも伝えたいことが薄っぺらいから面白くないだって」
「……」
こんなもん、言われた方はたまったもんじゃないだろう。言う方もたまったもんじゃないから、皆がケータイの画面に視線を落として、炎上コメントを読み上げている。ヨノクマはなにが面白いのか、溜息と見まがうような僕らの批判を聞いて上機嫌だ。一体何が楽しいのやら。
ワークショップはいつも通り、滞りなく進んでいく。つけられた炎上コメントを読み上げて、作者を委縮させるだけの実りの無い会議。
「ほらほらもっと言ってみよう、まだまだあるでしょ、否定しようよ!」
煽りに煽られ、僕らは仲間を批判する。あれも違う、これも違う、言いまくって、言われまくって、最後は一体何になるって言うんだろう。僕はもう面倒になってしまって、もういいよ、といっていた。
「ヨノクマ、これ以上の議論は必要ないよ。早く、投票にしよう」
「えーっ、せっかく盛り上がってきたのにつまんないなあ。まあ、どうせ結果は同じだし、やっちゃってもいいよ」
ヨノクマの言葉を合図に、僕らはネット上でやり玉に挙がったと思われる作者をブロックする。投票はそれで終了。結果は、少し意見が割れたのか、五票を貰ったエッセイがクロになった。クロは、スーツを着た、友人だった。
「それでは今回のクロになったエッセイの作者には、スペシャルなオシオキを受けてもらうよ!」
針のむしろ。否定の山。クロに選ばれた友人は悔しそうに唇を噛み締めて、ヨノクマと、僕ら仲間を睨んでいた。当然だろう、だって彼は言いたいことを言っただけなのに、それで社会から、いや、何より同じ志を持った仲間に、見殺しにされるのだから。
僕らはこんなことがしたかったんだろうか。ヨノクマを睨みつけると、ヨノクマは舐めまわす様に僕らを眺めて、楽しそうに「うぷぷ」と笑った。
「結局、社会には迎合しないといけないってことだよねえ。こんな風に尖った文章を書いたってさ、結局読んでくれる人が良い反応を返してくれないと仕事になんかならないし。何度書いても誰にも受け入れてもらえないし、所詮は青春を過ごしそびれたオマエラのチラシの裏の独り言、誰かの心を動かすこともできなければ何にもならない、全部無駄だってことだよねえ!」
「……」
「今回でオマエラの学級裁判も最後だって言うのにさ、結局なーんにも仕事にだって繋がらず、社会の役にも立ちやしない。それはね、オマエラがまだまだ世の中を分かってなんかないからだ。夢や理想ばかり追いかけて、否定なんかしたくないって逃げ回っているからなんだよ!もっとどろどろ、グチャグチャしたものを世の中は求めてるんだ!中途半端に尖ってるか、角が無いかのモノなんてつまらないしね。オマエラは煮えたぎる内臓をさ、全部ぶちまけるしかないんだよ、ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!」
違う。今日までにそう口に出せていたら、何かが変わっていただろうか。僕は手の中の言葉を強く握る。さっきまで他人の文章に打ち込んでいた僕らの言葉を、あのぬいぐるみにぶち込んでやれたなら、どれだけいいか。勝手に決め付けられ、勝手に批判されるのは、表現をするうえで避けられないから、それはいい。だけど、僕らの書いてきた2年半を、意味が無かった、なんて決めつけられるのは……いやだった。
「まあ、こんな社会の縮図みたいなところで勉強できたのは運が良かったね!社会には嫉妬と批判が溢れているんだ、自意識過剰で自尊心が人一倍強いオマエラなんて、ひとたまりもないでしょ?うぷぷぷぷ、オマエラも一年すれば立派な社畜、人の幸福を羨んで、妬んで、傷ついて人生を浪費していくんだ。この二年半はその予行練習で、幸福なんか見つかりもしない、間違いだったんだよ!」
「そっ、それは違うよ!」
唐突な叫び。
ヨノクマの言葉を、誰かの声が遮った。いやに弱々しくて、頼りなさそうな声だった。教室中がざわついて、僕は誰がそう言ったのか分からないまま、きょろきょろと視線を泳がす。けれども、その誰かとは目が合わずに、僕は気付いた。
僕の声だ。僕の、言葉だ。
確信を以て辺りを見回すと、皆が僕を見ていた。それぞれが拳を握って、その手の中にある大事なものを解き放つ瞬間を待っていた。僕も、悔しくて強く握ったその拳を、開いてみる。金色の弾丸には、確かに「希望」と書かれていた。
「ヨノクマ……それは、違うぞ!」
今度は確信を以て。僕は二年半、秘め続けていた言葉を撃ち込んだ。
「今までの二年半、僕は自分の言葉を紡ぐことが、楽しかった。仲間たちの文章を読むのも、時には受け入れ難かったけれど、それでもいろんな考えを知れて、楽しかった。お前が薄っぺらい、青臭いと言った言葉だって、誰かの心の奥底から、飛び出たいって、湧きでてきた言葉だったんだ。僕らはそれ否定しない。僕らの二年半は間違いじゃない。意味なくなんかない。僕が見つけた、僕自身の大事なものを、ヨノクマ、お前なんかに汚させやしない!」
畳みかける様に、僕らは言葉を紡ぎ出す。そうだ、そうだよ、という賛同の声に、それぞれの意見が加わっていく。
「楽しかっただけでなにが悪い!」
「単位が来れば何でもいいけど……悪くなかった、って思うのを、否定されたくはないね」
「筋肉!」
仲間たちの声に後押しされる様に、僕らは言葉を撃ち込んでいく。ヨノクマは驚いた様に黒いボタンみたいな目玉をぎょろぎょろと動かして、明らかに動揺していた。
「僕らは確かに、世の中の役に立たないことをしてきたかもしれない。でも……僕らは僕らを否定する言葉と戦う言葉を、いくらでも、創り出せる。それだけで意味があったと、僕はこの二年半に感謝するよ!」
BREAK!
何かが壊れる音がした。ガラスの割れるような音が、息苦しかった520の部屋に響く。気が付けば、光を締め出していたブラインドは開け放たれ、閉め切られた窓が開いていた。地上から離れた爽やかな風が吹き抜けて、二年半燻り続けた僕らの言葉が、今やっと、解き放たれたのを感じる。
「だからヨノクマ……間違いだなんて、言わないでよ。僕らがしてきたこと、これからすること、きっと愚かで馬鹿なことがいっぱいあるのは分かってるんだ。でも、僕らは……もう、何があっても歩いて行ける。希望は前に、進むんだ!」
言った瞬間、目の上あたりで星が瞬き、視界がぱあっと明るくなった。永遠だと思っていた闇が開けた様に、心が軽い。何も気負わなくていいんだと、戦うため、傷つけるために言葉を費やす必要が無いと、そんな気がした。
眩いほどの灯りが収まる。卓の中心には薄汚れたぬいぐるみが置いてあって、それは喋りもしなければ、僕らを否定もしてこなかった。なんだったかな、と思って抱きかかえると、ふわふわとしているのに、何故かとても脆いような気がして、僕はそれを丁寧に抱え直す。少し冷たい五階の風が身体の横をさっと抜けていく。窓が閉め切られていたのは、きっとこの風が冷たかったからなんだな、とふと思った。
振り返ると、仲間たちは皆、呆けた顔でぬいぐるみを抱えている僕を見ていた。スーツ姿の友人は、不思議そうに僕の腕の中のぬいぐるみを覗きこむ。
「あれ、何そのぬいぐるみ。て言うか何で俺達520にいるんだ?」
「最後のスタジオ授業だったでしょ」
ああ、そっか。気が抜けるほどに間抜けな友人の返答に、僕は思わず吹き出してしまう。案外二年半の継続の終わりはあっさりとしていて、それで居て、気分はとても清々しい。きっとこれからも何かが始まって、終わるたびに、こんな気分を味わって行くんだろう。
「二年半、楽しかったな」と笑う友人に、僕も返事を返す。「最高の二年半だったよ」

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