地元トーク「浅草」/春休みの課題1/θn

銀座線浅草駅のホームにはホームドアがない。

足を滑らせたら怖いなぁとか思いながら何年も通学してたけど、ついにそんな都会の田舎の駅にホームドアができるらしい。ついこの前帰省したとき、設置用のテープとかシートとかが貼られていた。

ホームドアだけじゃない。駅そのものがまるきり姿を変えるらしい。最近浅草やら上野やらその辺の建物がすごい勢いで改装されていて「はいはいTOKYO2020」みたいな感じ。駅のトイレが綺麗になるのはとっても嬉しいけど現状すごい不便だし、完成図も想像つかないから、わくわくするというよりはなんだかげんなりした気持ちだ。

前に何かのテーマの文章で触れたかもしれないけれど、私は人生の大半を浅草で過ごしている。地元の学校に通っていたのは小学生のときだけだったから、成人式は結構しんどい心持ちではあったけど、住んでた歴は随分と派手で騒がしくなっていた彼らとおんなじである。我が物顔で浅草公会堂を闊歩する彼らを見るとなんだか嫌な気分にもなる。

っていう話はまあいい。いずれぐええっていう文章を書くことになるんだろうから。

両親が浅草付近に移り住んでから私が生まれるまでには、たしか3年の間があった。私が生まれてからちゃんと浅草という場所に対して何らかの印象を持つまでに6年ほどあったとして、少なくとも10年近くは浅草という街は終わった場所だったらしい。まあ両親の言ったことが正しければ、の話だけれども。

今でこそ絶対そんなことできないけど、ちょっと前までは地元のおじさんたちは自転車で仲見世も新仲見世も、なんなら浅草寺の中まで(さすがに建物内じゃない。言わなくてもわかるだろうけど)駆け抜けていた。

それが今や一大観光地である。誰も彼もがいたるところで写真を撮っている。暇そうにしていた人力車のお兄さんたちが流暢な英語を話しながら、渋滞を縫って走っていくという光景はいまとなっては当たり前のものだ。

もちろん外国のひとだけじゃない。日本人でもみんなスーツケースをがらがら引いて、何でこんなとこまで……みたいなところに人が来ている。別に悪かない。悪かないけど、観光地に住む地元民ってやっぱり複雑だ。ましてこれからどんどん整備されていくことが目に見えているなら尚更。

駅前の百貨店は外観から内観までまるっと工事して随分レトロ調になった。レトロ調。銀座線も外装は綺麗に、内装は昭和風になった新車両が解禁されている。昭和風。なんだなんだパチもんばっかり。こうじゃなかっただろ。ってなんだか必死な有様に笑えてくる。銀座線は旧塗装のが可愛かったし、小さい頃遊んだおもちゃ屋さんは改装のタイミングで閉店した。

こんな感じでじわじわと、でも確実に街は変わっていくんだろうなぁって、そんな雑感。まあ東京でしか暮らしたことないから、わかんないんだけどさ。

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