フェチズムと言われても/フェチ/温帯魚

フェチズムという言葉でまず思い出したのは某室井教授である。これは僕がおじさんフェチという訳ではなく(ちょっとやめていただきたい)、うろ覚えだが講義内でフェチズムの定義について発言していたからだ。曰く、「フェチズムとは性器以外のモノに性的興奮を覚えることである」。従って性器以外、つまりおっぱいやお尻に性的興奮を覚えるような輩は全てフェチズムだということだ。

すなわち、地球人全員変態。というとあまりに頭が悪い結論に異論があるだろうか。

 

 さて、僕のフェチズムについて。正直なことを話すと、僕はこの手の話題が少し苦手である。自分の性癖があまりにもあまりにも過ぎるから、という訳ではない。むしろ逆だ。話すべき面白い性癖がないのである。

 僕の数多い悪癖の一つとして、笑いごとにすべきところで変にこだわってしまうというものがある。フェチの話題などは最たるもので、友人が手首だうなじだと盛り上がっている中で一人深々と考え込んでしまった。などという失敗談が思い浮かんでしまうのだ。恐らくここにリア充になれるものとなれないものの深く昏い溝があるのだろう。すなわち、人のことを思いやれるかどうか。冒頭の話など実際に人にしてもしらけられるだけである。でもしちゃう。そういう性癖。

 ついでいうと僕はフェチズムというより異性それ自体が好きなのだ。全ての女性は太陽だ、なんてイタリア人気質なのである。正念場の凛とした表情とか、柔っこい肌と肉の感触とか、自己主張してる時の雰囲気とか。まあ嫌いな奴なんていないだろうけど、基本的に全部肯定。いいね、ナイス!って感じだ。安い。

 

とまあそんな感じだが、やはり現代人たるものフェチの一つや二つ持っているべきなのだろう。人と共に暮らしていく人生のたしなみである。デティールにこだわることをせずに何が文明人だ、という主張も分からなくはない。美と快楽の基本は自らを縛ることにある、なんて言えるほどの経験はないのだが。

僕のフェチズム。なんだろう、足首?あの凹凸と女性の洗練された滑らかさの両立というものは目を引くものがある。靴下は形が重くなるのであまり好きではないが、靴は割と何でもいい。スニーカーも可愛らしくて好きだし、もちろんハイヒールも主張があって悪くない。パッションがある。サンダルはあれ自体が一つ肌を彩るものとして最高だ。文明と自然の共存という点で女性のサンダルは一つの文化の最高峰と言っても過言ではないだろう。

同じ末端でも指先と違う点はそこに盗み見る悦楽があるかどうかだろう。指先の美しさは鋭い針への恐怖感と似ていてそれはそれで好きだが、やはり隠された部分を見るということは下品ながら興奮する。しかし足首はパンツなどという低次元なものとは違うのだ。無防備でありかつ造形美の存在こそが云々。長くなるので割愛。

 

とはいえ僕のはフェチズムというよりふぇちずむといった感じである。こんなものは文章の中にしか納まっていない。

再三いうが僕は女性それ自体が好きなのである。結論の頭が悪いが、地球人だからしょうがない。

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