万乳引力/Gioru/おっぱい

おっぱいは大きければ大きいだけ、私たちの目を惹きつけるのか。

おっぱいが強調されていれば、他とは異質な部分であるそこに目線が行くのは何ら不思議なことではない。男たちには存在しないおっぱいは、その存在を示すことによって必然的に興味をそそられる存在になる。男たちにとって、それはまさに過剰なのである。

他の人とは違う行動をしている人がいれば目を向けるのと同じように、何か自分にとって「違うもの」と認識されるものには目がいくはずなのだ。

となれば、おっぱいが大きい女性に、他の人たち、特に男性たちの目線がおっぱいに向かうのはどうしようもない。むしろ当然である。セクハラ呼ばわりされたらたまったものではない(限度はあるけれども)。

一度おっぱいに目線が向かえば、そこからは好みの問題である。大きさを見るのか、服の上からでは確認できない形を想像(妄想)するのか、その弾力を知りたいと思うのかは人それぞれだ。

 

ここでもう一度最初の問いに戻る。おっぱいは大きければ大きいだけ、目を引き寄せるのかだ。たとえ存在を強調していないおっぱいであれども、女性にはおっぱいが、何らかの理由がない限りは、ついているはずである(少なくとも男たちはそう思っているはずだ)。大きいか小さいかは、強調しているか否かで大体把握できてしまうが、それ以外は実際に見るなり触るなりする以外には確かめようがない。つまり、それができない者たちには想像(もう妄想でいいんじゃね?)するしかない。

 

つまり、そこにある、という妄想ができる限りは、おっぱいは大きくても小さくても私たちの目を惹きつけるのではないか。

 

何が言いたいのかって、どんなおっぱいでも目線は向かうし、妄想しちゃうのですよ。服の上からでもわかる強調されたやつは、その大きさを。たとえわからなくても、そこにあるはずのおっぱいを妄想して。もし服の隙間から見えそうなら、例え見えなくても隠されているモノに興味を抱く。服から薄っすらと透けて見えるブラからですら想像できるのだから、もう救いようがない。

 

というわけで、今日も見ることは叶わないおっぱいの妄想を(最早妄想するのが楽しいのか?)してしまうのだろう。いやほんと、夏になると、みんな薄着になるから余計に実感するよね。

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「万乳引力/Gioru/おっぱい」への3件のフィードバック

  1. 薄着っていいよね、ブラ紐とか線とか本当にごちそうさまです…って感じ…。でもひとつ言っておくけどそれは女だから許されるんだぞ!!!男が邪な目線で見ることは許さん!!!邪な目で見るくらいならセクハラしてみやがれ!!!

  2. おっぱいは概念で、纏った服を脱いだら最後。おっぱいの幻想は夢と消え、生々しい乳があるのみである。

    おっぱいの「ぱい」感が味わえるのは薄手のTシャツかぴったりしたニットだけであることを強く主張しておきたい。君の今後のために!

  3. ぎおるさんの文体でおっぱいについて真剣に語ったらシュールコメディみたいになって楽しいかと思ったんですが、そうでもなかった。やっぱ共感してしまうからかなあ。

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