複雑で単純な回り道/ネット記事/Gioru

『「自分のことがわからない」ときに「自分ひとりで考えこむ」と「胃液」しか出てこない理由!?(中原淳)』

https://news.yahoo.co.jp/byline/nakaharajun/20170725-00073690/

結局、自分のことはいくら自分で考えてもわからないよねぇ。とは、何度も思うけれども、気が付いたら自分の中でグルグルしているのはよくあることのように思う。少し考えればそりゃわかるんですよ。ひたすらに自分と向き合ってウンウンと考え込んでいる時間は、自分の中にあることでしか解決方法が見当たらないから、スッキリするような結果にはならないってことくらい。見つからないから同じところをグルグル回っているんだから。

だから別のことに集中してみたりする。なにかに追われてみたりする。レポートに追い込まれている時(特に留年とかに関係ありそうなやつ)は、逆に言うとそれしかその時は考えられないから、自分の中の何かと向き合う必要は無くなる。その時に限って言えばレポート内容が悩み事に直結していなければ逃げ出すことができているんですよね。別にレポートじゃなくたって、スポーツでも音楽でもゲームでもプログラミングでも読書でも、何かに没頭できている時は気持ち良いと思うんです。悩むなんて辛い思いはしなくても良くて、気が付いたら時間は過ぎていく素晴らしさ。

ただ、どんなことをしていても息詰まることはあって、結局悩みができてしまって止まってしまう。その度に別の何かに逃避して、思い出したころに戻ってきたりするんですよね。

 

最近、サークルの友達がインターンに取り組む際に自己分析カードみたいなものを書いているのを見た。自分で思う、自分のことについてざーっと書いて、それから、自分とそれほど親しくない人、とても親しい人、その中間くらいの人に、その人についてどう思っているか書いてもらうっていうやつ。それを見比べて、自分が思っている人間像と、他の人から見る「私」の人間像のギャップを確認して自己分析を深めるんだとか。

よくできているもんだな、とは思う。堂々巡りにならないように、他者からの視線を取り込んでいくのである。自分では納得できなくても、そう思われているというフィードバックが確かにそこにあって、取り合えずの解決策はもらえる。もし、そこから新たな自分を見つけだしたと「思い込んで」、思い込むことができたのならそれは素晴らしいのだと思う。迷うことがなくなって、熱中できるのだから強いのもうなずける、悩むなんて言う無駄な時間を別のことに使えるのだから。

 

こんな風に書いていると、一直線に何かをできるやつを、何か仕事に追われて脅迫されてるんじゃないかと思えるほど忙しそうにしているやつをなんだか羨ましく思う。別にそうなりたいとか思う訳ではないのだが、どうにも眩しいというか。

 

 

そういえば、何気なくしたことを感謝されて、わざわざお礼を言ってくれた子がいた。なんだかとても嬉しかったのを覚えている。

どうしようもなく単純で、馬鹿だなぁ、とはいつも思うのだけれど。思うのだけれどね。

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