あなたに/台風/θn

スタジオ課題① θn

 私の人格形成を語る上で、どうしても語らざるを得ない人生の登場人物がいる。誰しもそういう人間の存在は持っているだろうが、私は幸か不幸かその登場人物に対していい感情を抱けていない。そろそろ5年経とうとしている今でさえ。
 何度かスタジオの文章で彼女について私は話そうとしているのだけれど、まだまだ昇華も消化もしきれていないのか(書いてる瞬間だけ上手いと思った)、どこか靄がかかったというか、曖昧な部分が多いというか、そんな当たり障りのないものになってしまう。
 だから今回こそは、彼女についてなんとか描写してみたい。伝わりきるかはわからない。というか伝えるつもりが自分の中にあるかもわからない。けれど、大学生活において節目を迎えた今、ここで彼女について思い出すという行為そのものを忘れないようにしなければならないのだ。拙いところがあっても許して欲しい。

 出会いは中学校1年生のとき。クラスはA組とD組だったからどの授業も違ったけれど、入学者説明会の座席が近かったせいかなんなのか、顔だけはもともとどこかで見たことがあった。

 4階建て校舎の最上階、美術室の横。ほとんど使われていないその講義室が、演劇部の活動場所だった。私の他に入部希望者は3人。そのうちの1人が「彼女」だった。教室の中では可愛い方なのだと思う。ふわふわで長い茶髪と白い肌。他の2人のうち1人も可愛かったけど、その子は黒髪のショートカットでどちらかと言えば凛々しい面立ちをしていたから、女性らしいという点では「彼女」の方が勝って(勝負みたいになって嫌だが、比較するとその要素が強かったのだと捉えてもらえるとありがたい)いたように感じる。身長は私より少し大きかったけれど、基本的に男役をやり続けていた私とは反対に、彼女は部活を辞めるそのときまでヒロインをやり続けた。元々オーディションではなく多数決で配役を決めるような(それだけ人数が少なく、固定の演出家なども存在しなかった)弱小演劇部であったため、演じる役にばらつきがあったというのも色々と歪んでしまった原因であるといえるかもしれない。後悔先に立たず。

 かと言って、そこまで群を抜いて美人だったかと言えば、そう言えなくもなくなくないかもしれないというくらいなので、一旦は隅に避けておこう。彼女の特異性はどちらかと言えばその内面にあった。一言でいえば徹底的に高潔で高尚、どうしようもなく気高いのだ。だからこそ最悪だったのである。
 携帯ばかり触る人間を蔑視し、けれど使いこなせなければ意味はないと、ある程度の流行は齧っておこうという客観視しようとした態度。勉強することがあらゆる願望の充足への近道であると信じて疑わず、テストの点では学年で5位から落ちたことがない。確実に将来の成功を、政治家にで医者にでも、あるいは学者にでもなればいいなんて約束されるようなそんな成績でありながら、

「将来は教師になる。学校を作れたらいいなって」

とか言いながらクレープを食べていた。まるで当時のテンプレ的女子高生のように。みんなの期待よりも自身の野望。夢と理想を確実に自らの手中に収めようという貪欲さ。そこが「彼女」の何よりもの長所だったのだろう。強かで卑しくとも、下品ではないジャンヌ・ダルク。もし今や死語に近いスクールカーストに部活部門があったなら、演劇部なんてざっくり「下の方」の部活である。そんな中に突如として現れた高嶺の花は、部活動同士の上下関係にすら衝撃を与えた。

まさに嵐のような、吹き荒れるような少女だった。
最上級生になったら必ず部長になるだろうと私たちは信じていたし、彼女自身だって、まんざらでもなかったはずなのだ。

 中高一貫校における部活動というのは、中学3年生という最も多感にも関わらず、受験でお釈迦になってしまう時期もそこですごすという特別感がある。最上級生、私たちの部活では高校2年生の時にあたるとき、代替わりに伴いついに「彼女」は部長になった。元々私たちが入部したときには合わせて9人だった演劇部も、少しずつ大きくなっていつの間にか20人近い大所帯(あくまで比較だが)になっていたのだ。しかしそこはジャンヌ・ダルクである。必ずまとめ上げてくれるだろう、この演劇部をよりよい形にして後輩に引き継ぐことが出来るだろう、そう全員が考えていた、はずだった。

 待っていたものを簡潔にまとめれば、それはもうどうしようもない独裁だった。

 随分突飛なワードを出してしまったので、説明していきたいと思う。中学3年生のときに、同期が1人途中入部した。元々私と友達だったのだが、閉鎖的で内向的な演劇部に単身乗り込み、そのままあっけらかんと部員の立ち位置に収まった。5人になって何かが変わったかと言われればそうではなく、3年生から4年生(高校1年生)に進級した時点でも、元からいた4人で幹部の役割はこなすことが暫定的となり、1つ上の代が抜けたらどんなことをしようかなんて考えながら来るべき最上級生の年、部長代を心待ちにしていた。

どうやら声優養成スクールに通っているらしい。

新しく入った1人は元々部活に入る前からその手のスクールなるものに行っていると、それは聞いたことのある話だった。だが違う。「彼女」が、あの「彼女」がである。元からいた同期たちが少し神妙な相を浮かべたまま顔を突き合わせているものだから、廊下で何も考えず声をかけたわけだけれど、後悔した。とても、尋常じゃなく後悔した。気分が悪くなって次の化学の授業が全く頭に入ってこなかった。なんでって思わず聞いた私に2人は理由なんかという表情をしながら、それでも

「話聞いて興味が出たんだって。声優になりたいんだって」

 別に今振り返れば、そんなに深刻に考えることでもなさそうに思える。それでも当時の私たちからすればそれはとてつもない大事件と言っていいことだ。ずっと守り続けていた暗黙の了解が静かに崩れていくような、もう二度と今までのような関係性には戻れないとでもいうような、そういう不安感。

けれど、私が苦しくなった理由は、少しだけ彼女たちとは違ったんじゃないかと今は思う。他の2人が恐れていたことは、つまりは外部の考え方を「私たちの演劇部」に持ち込まれるのではないかという危険性についてである。危険性なんて大仰な言い方、正直馬鹿馬鹿しいと思う。ただ、顧問もいない、みんな中学から演劇を始めた初心者である、そんな前提で作り上げてきたなけなしの技術と伝統を壊されることの恐怖は、当事者でないとわからない。まして部長になる「彼女」がそんなことをしようものなら、どうやって止めることができようか。まだ「彼女」はそれらしい動きもしていなかったけれど、なんとなく。4年間一緒にいただけある、いい読みだった。

しかしそうじゃない。そこじゃない。

私1人だけ、その先にある恐怖より、過去を裏切られたようなそんな気持ちだったのかもしれない。今までのルールとか確かに大切だけど、内向的で怠惰な私にとってそれは確かに無くてはならない秩序だったけれど、もっと重要なことが別にあるんじゃないかなんて、その時は漠然と吐き気を催していた。

 彼女たちの不安はまんまと的中することになる。あまりにも予定調和的だった。自然すぎるフラグ回収とも言おうか。部長になってからの「彼女」はこれまでやってきた発声・滑舌の方法をばさっと廃止、自分が最も効果的だと思うものを取り入れると言って後輩にもそれを強要していく。稽古中のダメ出しにも、きっと習ったばかりの技法を用いた説明を行い、徹底的にこれまでの慣習みたいなものを塗り替えていったのである。

 別に、変わっていくことは悪いことじゃない。でも変革なんて誰も求めていなかった。簡単に言えば仲良く演劇部という枠組みの中で居場所があればそれでよかったのだ。未だに演劇に関わろうと足掻いてる私が言っても何の説得力も無いけれど、本当にそんな気持ちしかなかったはずなのだ。ここで問題になるのは、「彼女」自身が味方なんて必要としていなかったということなのかもしれない。手を伸ばそうとしたときもあったような気がする。王子だもの。

「部活なんだから、やりたいことやれればよくない?」
よくないでしょ、それ君1人だけがやりたいことなんだから。

求められなかったし、言わなかったけれど。

 年3回ある公演のうち、2回が終わった頃。ついに同期の1人、副部長だった子が痺れを切らした。クーデターというのだろうか。みるみるうちに「彼女」の権力を奪い、鮮やかな手腕で部活を自らのものにしてみせた。後輩に慕われ、他部活との関係性も保ったままに「彼女」の位置をそっくりそのまま手にしたのである。もはや必要とされていたのは絶対的なヒロインではなく市民の味方。独走する英雄も見解を変えればただの魔女だった。

「彼女」に退部を突きつけるまでその勢いは失われること無く、動き出しから一ヶ月たった辺りで同期は4人になった。フランス革命もびっくりな力技、完璧すぎる天下統一。

 ちなみにその頃私はというと、次に控えている引退公演の役作りに必死であった。それも今思えば同期の作戦であったのかもしれない。「彼女」の退部に唯一反対しそうな私を渦中から遠ざけようというやり方。お見事である。

 私の吐き気について少しだけ。
どれだけ要は裏切られたという気持ちが冷静な判断力を失わせるかということである。

教師になって欲しかった。

声優のスクールに通いだしたのが、5人目の同期による影響だとわかるのは容易かったわけだが、あれだけ崇高な夢をあっさり諦めたことが許せなかった。演劇部に対しての考え方とかそんなこと問題じゃない。将来設計に優劣を付ける必要なんかないけれど、決めたことはやり遂げるのが「彼女」の美徳だと勝手に信じて、私は勝手に裏切られていた。

今年。
某大手就活合同セミナーで「彼女」の姿を目にした。
向こうも私も友達と出席していたし、個人的に消化が未だにできていないから(というかみっともなくこうして文章にするほどには考えがついていない。悲しいことに)すれ違っても声はかけなかった。一瞬も目は合わなかった、と信じている。

少なくとも声優にはならないんじゃないか? ここに来ているということは。

そこまで考えがめぐらされて、私はなんだか楽しくなった。「彼女」。誰の考えも聞かない、私たちの考えになんか興味も持たない、そこまでも独裁的で身勝手な「彼女」。永遠に私の中ではジャンヌ・ダルクだからこそ、夢を諦めて私たちと一緒に就活しようとしているその姿がどうしようもなく滑稽に思えてしまったのかもしれない。だから言ったじゃん。無理だって。あのまま教師を目指してればよかったのに。

ここまでで、なんとか「彼女」と出会ってからの9年間を書くことができた。結構自分が気持ち悪い。まだ囚われてるなんてきっとそれこそ馬鹿みたいだろう、同期にも話せない。それでもいい、いずれ忘れるまで私はどの瞬間だって忘れてやらない。私が助けてあげられる余地を残して、そのまま生きていて欲しい。

【あとがき】
 余り普段真に迫ったことみたいなのを書かないのだけれど、この季を逃したら一生書かないような気がしてしまってここに至る。珍しく結構書いてて苦しかった。筆が走らないというか。書きたくないなぁみたいな気持ちのままラストまで持ってきたけれど、要するにまだまだ私の冒険はこれからだみたいないい加減でかつ、ゲームオーバーはやってこないことに関するラノベ的見地のようになってしまっているのはやりきれない気持ちである。
 スタジオ内では、それこそ痛々しいというかどうしたんだろうかというか、あースタジオ文章恒例のこんな感じね、みたいな顔をされてしまったが、やむを得ない。というか自分が逆の立場だったらそんな気分にもなるであろう気持ちの悪さみたいなものを内在しており、なんというか重いものになってしまった点に関しては反省している。その一方で自分のために書くという意図のもとに文章を書くという行為から遠ざかってしまっていたという「気づき」(あまりこの言葉、なんというか使いたくない)を得ることができたのは大きな成果だと思っている。ポジティブになりたい。

 他の人の文章はといえば、やはり潔いというか、自分のスタイルのようなものを確立している人が多かったため、読んでいて楽しかった。全く違う文体や構成を読むのも久々であったように感じたので、ちゃんと読書やら、活字としてのインプットを忘れないようにしなければならないだろう。

とにかく、自分で選んだテーマながら随分ストレスがかかったので、一度置いてからまた見つめ直したい。

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