「そらもよう」latte

「そらもよう」
利光舜也


横殴りの雨だった。目を開けられない程の風と大粒の水滴。天気予報ではそれほど強くないただの台風だと語られていたはずなのに、そんなものに「彼」の人生は流されてしまった。いや、ただの台風なんて考えていたからあんなことになると思えなかったのかもしれない。あの日、「彼」は台風が元で起こった交通事故に遭って死んだ。「彼」が最後に遭っていたのは紛れもなく僕で、「彼」は僕に会っていた所為で死んだのだ。避けられない偶然はいくつもあった。でも、僕は「彼」の死の元凶に等しい。あの台風の日、僕の所為で「彼」は、死んだ。


「サバイバーズギルド、という言葉はご存知ですか?日向野さん。」
僕はあの日以来、雨や風の強い天候の日に抵抗を感じ、外出することができないでいた。僕の親はそんな精神状態を案じて医者にかかるよう勧めてきた。そしてその医者は僕にこう語ったのだった。
「あなたのご友人の死は全くの偶然であり、あなたにはどうすることもできなかった。辛いでしょうがあなたが罪の意識を抱く必要はないんです。」
「…………。」
「大丈夫ですよ。あなたが前を見て歩くことを誰も責めませんし、みんながそれを望んでいるはずです。」
「……先生。」
「はい。」
「……僕は生存者じゃないです。僕は台風に巻き込まれることなくいつものように家に帰ったんです。そして、「彼」にはそれができなかった。「彼」は、僕が殺してしまった。」


それから何年か経ち、僕は関東の大学に進学した。雨の日でも学校に通えるように、付近のアパートで下宿をはじめ、昔から興味を持っていた建築系の仕事と、人との関わりを持って欲しいという親の勧めの影響で工学研究会というサークルに入ることにした。しかし放課後の活動も雨が降る日には参加する気にはなれなかった。二年生に上がり、活動自体が億劫になり始めていたある日、広い講義室の窓に映る灰色に染まった空から疎らに落ちる線を見て帰り支度を始めた僕に、一人の女性が話しかけてきたのだった。
「今日、サークルには行かないの?日向野君。」
「君は……?」
「あれ?覚えてもらってなかったんだ。奥村悠陽と言います。一応同じ工研サークルなんだけど……。」
オクムラ……。名前は初めて聞いた気がする。しかし顔は確かに見覚えがある。
「それと私、あなたの一つ上だから。」
サークルに行っても自分のことしかしていなかったことの弊害か。サークルにいる人の顔なんて全然記憶してなければ、学年なんて尚更知らない。これでは親がサークル費用を賄ってくれていることの意味がなくなってしまうじゃないか。
「そうなんですね。失礼しました、奥村先輩。今日の活動は休ませてもらいます。天気が悪くなりそうなので……。」
「天気?工研の活動は室内だし、天気は関係ないんじゃない?」
「いえ……雨は苦手なんです。なるべく早く帰らないと……。」
過去の話は誰にもしてない。話して救われるようなものではない。犯した罪は僕が一人で背負うのが正しいのだから。今までそうしてきたしこれからもそうし続ける。
「確かに、あんまり雨が好きって人はいないものね。でも、毎日が晴れっていうのも退屈じゃない?それに雨が上がった後の景色ってすごく綺麗で私は好きかな。」
無粋なことや的外れなことを言われるのは仕方ないだろう。だって彼女はなにも知らないのだから。僕は彼女に不器用に微笑みかける。
「そうですね。でも僕は、やっぱり雨を……好きにはなれません。」
僕はそう言ってどこか寂し気に困惑したような彼女を背に向け帰路につく。彼女は僕を心配してくれていたのだろうか。人付き合いが苦手そうだから?いや、人付き合いはできる。けれど、僕の所為で他人の人生を変えてしまうことを、僕はもう二度と耐えられないだろう。
しかし、そんな僕の思いに反して彼女は再三に僕の元を訪れるのだった。


「気象庁は昨日、関東甲信、中国地方他いくつかの地域で梅雨入りしたと発表しました。今年の雨期は例年に比べ多くの雨が降ると予想されています。同時に気圧の変化も激しく……」
ひどく憂鬱である。普段から薄ら感じる頭痛もこの季節においては容赦がない。
僕を何度も訪れた彼女、奥村悠陽とはあの講義室で初めて出会った日からしばらく後、SNSを通じての連絡を取り合っている。実のところ、彼女との付き合いは悪いものではなかった。僕が雨を嫌う理由を問いただすことはしない。ただ近くで見守られているだけなのに、僕は次第に彼女の嵐とは無縁な太陽のように明るい姿に惹かれていった。けれど、それを僕は良しとできなかった。惹かれてしまっている僕に嫌悪感を抱き、「彼」への罪悪感が積もる。
「(今日も雨か……)」
ここ一週間は毎日雨らしい。気が酷く萎える。僕は大学に行かずに横になることにした。
……携帯が鳴っている。電話だ。室内が闇に包まれようとしている。今は何時だろうか。ぐったりした重い体をのそりと起こし携帯を手に取る。
「着信……奥村先輩。」
急いで洗面所へ向かう。渇いた喉を水でゆすいだ後、着信に応じた。
「はい」
「こんばんは、日向野君」
こんばんはと言われ、はじめて今が夜になっていることを知る。うたたねのつもりがいつしか微睡を通り越していたようだ。
「こんばんは、奥村先輩。今日も工研休んでしまってすみません」
「雨も降ってたし君は今日も来れないかなって思ってたら案の定だったね。」
改めて部屋を見渡し時計で時刻を確認すると短針はちょうど数字の八にいた。
「……なにかあったんですか?」
奥村先輩から電話が来たのは初めてだった。この質問は自然にでてくるものだった。
「……もう今週以降もずっと雨らしいね。それでもやっぱり雨だと外には出たくない?」
成程。どうやら先輩は僕がしばらくサークルに顔を出せないことを懸念しているようだ。好天候でなければ参加しない融通の利かなさは先輩方からしたら迷惑なのかもしれない。
(このサークルも潮時か……。)
辞めるにはいい機会かもしれない。親には申し訳ないが、僕の雨受け皿はもう決壊している。雨の冷たさにはもう耐えられない。この季節にサークルの活動など
、考えていられるほどの強さを持ち合わせてはいない。
「奥村先輩、僕、工研やめますよ」
言葉にした後、俄雨に当てられた体のように冷えていくのを感じた。電話口の向こうで黙っている彼女の姿が脳裏を過りさらに寒気に呑まれた。
「……サークルをやめたら君は幸せになれるの?」
絞り出すように発せられたのはそんな問いだった。僕は無言で返す。
「きっと君は自分がいるほうが迷惑だって、思っているんじゃない?」
「…………」
「雨を言い訳にしていろんなことから逃げているんじゃない?」
「…………」
僕は沈黙を続ける。彼女の言葉に間違いは無く、僕の過去を知らない彼女にどう思われようとも、それは仕方がない。
でも、僕は「彼」の存在から逃げたことはない。逃げてはいけないことなのだから。その言葉は素直に聞けなかった。
「……奥村先輩は、友人を亡くしたことはありますか?」
僕は大人気なく、地雨の言いようもない嫌悪感を含んだ口調で語りはじめた。長く閉ざしていた「彼」の話を。


言葉にしてしまえばほんの短い、物語にもならない話だった。台風の日、旧友を失った。それ以降、僕も「彼」も、物語の続きを持たない。時計の短針は未だに八の上にあるように見える。
「医師からはPTSDだと言われました。高校の頃も、雨の日は人と会うのが怖くて学校に行けませんでした。もちろん、自分が病んでいるのは自覚してますよ。でも、これは正しい病です。これが「彼」を背負って生きているという証なんですから。」
「…………」
電話の向こうからは何も聞こえない。
「やっぱり、サークルは抜けます。どうやら僕の考え方はこれから先も変わらないみたいです。」
人と関わるのが怖い、失うのが怖いから。人と関わることで、「彼」のことを再び見捨てることになるから。しかし、しかし彼女は口を開く。
「それでも、私は君にいなくなってほしくない」
どこかで彼女はそう言うのだろうとわかってはいた。それが彼女の在り方で、僕はその在り方に惹かれていたのだから。しかしその在り方は僕にとっては眩し過ぎるものだった。
「君が「彼」を見捨てたくないのと同じように、私も君を見捨てたくない」
「…………」
「ねえ、外を見てみて」
「外?」
言われるがままにふと窓に目をやる。薄緑の窓掛けに遮られて外の様子は窺えない。僕は外を見る為にその布を引いた。先ほどから沈黙の静けさが妙に目立っていたが、成程、あの忌々しい雨は上がっていた。
「雨、止んでる?」
「はい」
窓を開けると、涼し気な空気が吹いてきた。
「空、見て」
彼女の言葉に従い、目を上へと伸ばす。
「あ、月だ……」
大きな正円の月が、雲一つない空に煌々と落ちていた。目を凝らすと周囲に散在している星々が共に煌いているのが見える。
「今日はね、満月なんだって。実は、これを見せようと思って君に電話したんだ」
「これを……?」
「そう、日中の雨、空の雲から全部流れ出て、こんなに綺麗な夜を見せてくれるんだ。言ったでしょう?私は雨上がりの景色が好きなの」
喉奥が詰まる。何かを言おうとしたが言葉にならなかった。ああ、やはり彼女は眩しすぎる。けれども、彼女の言葉と夜の落ち着いた風景は混ざり合って心地の良い明るさだった。
「雨のこと、やっぱり嫌い?」
彼女の問いに、僕はすぐに応えることができなかった。


翌日、風が新しい雲を運んできた。昨晩あの後、電話を切ってからもしばらく夜風にあたっていたからか体が冷えてしまっている。
「本日、関東地方では午後から雨の予報です。外出の際は傘をお忘れにならないようご注意ください。なお、来週には台風の接近による……」
テレビをつけたが天気予報は昨日に引き続いて憂鬱な気分にさせるだけであった。
「雨は、やっぱり好きじゃない」
幸い今日は土曜日である。外出の予定はない。頭痛もするので今日も横になることにした。しかし横になって数分、空腹と寒気をおぼえ睡魔は消えていった。もう初夏だというのに寒気が治まらない。思えば、昨日の朝からきちんとした食事をしていない。そこに加え長時間夜風にあたっていたなど、体調を崩すのは当然だっただろう。
「なにか……食べるもの」
ぼやけた視界で冷蔵庫を漁るが目ぼしい食材は見つからない。
天気予報によると雨は午後からと言っていたが、天気予報など、あの日「彼」を失ってからはあてにしてない。どんよりとした空模様を一瞥し、溜息をついて僕は水を一杯飲んだ。
「いいか……寝よう」
僕は再び横になるのだった。


結局僕がその日口にしたのは買い貯めてあったカップ麺のみであった。そしてその次の日の朝、今朝になって当然のように風邪をひいたのだった。
「こっちに来て初めてだな、体調を崩すのは……」
風邪薬くらい置いておくんだったなと後悔する。予報通りに今日も雨であった。気怠い気分はいよいよ吐き気へと変わっていく。
(気持ち悪い。熱もあるんだろうな)
息苦しさの中で「彼」を想起した。墓の前で、心の中で何度も謝ったが僕の気持ちが晴れることはなかった。僕の空模様はいつだって今日の空と同じ灰色だった。そして、視界さえもがぼやけて灰色へと変わっていく。この色が、「彼」への贖罪と言わんばかりに僕を苦しめる。それを拒絶することは許されない。僕は向き合わなければいけない。たとえ、僕の命さえ失われてもそれでいいとさえ感じる。それで楽になれるのなら或いはそういう結末もありなのかもしれない。
「そういえば、奥村先輩にもいろいろ迷惑かけたし、謝らないと……」
霞む視界の中で携帯を操作し奥村先輩にメッセージを送る。謝罪と感謝、そして、再三になるがサークルを抜けるという旨も添えて。
送信した後は画面を見るのもつらく、もはや何もできずに布団へと倒れこんだ。


耳鳴りと雨音が鼓膜をたたく中、家の呼び鈴が微かに聞こえたような気がした。その音は二回、三回と繰り返しているようだった。なんとか上半身を起こし壁にもたれつつ玄関へと歩く。僕はそのまま外を確認せずに鍵を開けた。
「日向野君」
そこにいたのは奥村先輩であった。だが、朦朧とした僕はそのまま倒れこみ意識を失った。


ぼんやりと目が覚める。
どうやら布団の中にいるようだ。そして自分の手が何かを強く握っていることに気づく。意識がすうと晴れ、隣に目をやるとそこには座りながらこちらを覗く彼女がいた。
「奥村先輩……」
「大丈夫?日向野君」
そこで自分の握っていたものが彼女の手であったことを理解する。
「す、すみません……」
手を放して未だ覚醒しきってない意識を冷静に起こし、彼女に問いかける。
「なぜ、僕の家に?」
「今日、大学の補講があったの。その帰りに携帯を見たら日向野君がまるで死んじゃうみたいなメッセージ送ってきてたから……」
いくら憔悴していたとはいえそんな文章になっていたのかと反省した。いや、死んでしまっても良いと考えていたせいで文字に感情がこもってしまったのか。なんにせよ、彼女には心配をかけてしまった。
「ごめんなさい……迷惑をかけました。もう、大丈夫です」
「嘘。まだ熱はひいてないよ。それに食事も、台所なにもなかったよ?君が寝てる間にいろいろ買ったから。お腹すいたらお粥でも作るよ」
雨は依然として降りやまない。しかし、そこには確かに太陽のような温かさと明るさがあった。目頭が熱い。熱の所為ではないだろう。人の温もりを避けていた僕にはこの感情を制御することはできなかった。
眩しい太陽の前で、僕は雨を流した。

10
雨は嫌いだ。けれど、例えば泥だらけになった顔を見て笑い合えるような、濡れた土に芽吹く命のような、冷えきった体を暖め合うような、そんな物語は嫌いじゃない。
もうじきあれがやってくる。そんな物語たちさえも消し飛ばしてしまうようなものが。
でも今はいつでも光がそばで差し込んでくれている。彼女ならきっと、「彼」ごと僕を晴らせてしまうのだろう。
思えば悠陽、「遠く長く果てしない陽」、そんな彼女に会った時点で僕は変わる以外にあり得なかったのだろう。
そして僕は彼女と、雨後の景色を見に行こうと決めたのだった。

​​​​​    そらもよう(終)

清田スタジオ第一班 振り返り​latte

テーマが「台風」になった時点でなんとなく頭に浮かんだのは、ある楽曲のパロディを作ることだった。KEI氏の「そらもよう」というボカロ曲である。ボカロ曲は二次創作しやすいという特徴を差し引いても実に今テーマと繋げて物語を生みやすいものに感じた。形式が小説になるのは必然であったが、4000字という小説にしては短すぎる字数にまとめるのが大変であった。結局のところ総字数は6000字近くまで伸びてしまった。物語を終えることも大事ではあるが、こういう機会をもっと訓練として使うべきだとも感じた。指定された文字数で伝えたいことを伝えなければならないことは多々あるだろう。それ以外にも多くの反省点が見つかった。物語のテンポの悪さ、キャラクターの弱さ、風景描写の甘さや心象の伝え方、等々、いかに浅い考えの物語であるかが自分でわかってしまった。反省点を数多く残す結果となったが、次回にうまい方向に変えられたらいいなと思う。それと、これは何とはなしに物語を作るうえで自分に課した枷だったのだが、できるだけカタカナや横文字を使うのは避けた。興味半分でやってみたが「メッセージ」をどうしても違和感なく言い変えることができず、挫折に終わった。いずれはもっと面白そうなウリポの物語を書いてみたい。

続いて少しずつであるが班の方たちへの感想。
・杏仁さん​1、2回目共にリアリティを強く感じさせられた。1回目の表現力に富んだ風景描写と、2回目の現実に言及する生々しさ、特に二つ目の「おんなのこのおはなし」に関しては男ながらも共感できる点があってなかなかに小気味良かった。

・みくじさん​なんだか幻想的な雰囲気を醸し出す作風であった。夢の狭間の描写や、寝起きの情景が多かったためか、エッセイだけれども共感しやすく心地よい作品であった。

・手汗王​作風、というか性格なのだろうか、筋肉についてのメタファーを多く取り入れていて大変力強くインパクトのある作品であった。班内ででた発言を借りるならば「元気の出る作品」まさしくその通りであったと思う。もっといろいろ見てみたいとも考えてしまう。

・みかんさん​一作目はなんとなくつらつらと読み続けていたい感覚になった。浅すぎず深すぎない独特の味だった。あと、煙草はほどほどに。とだけ。

・θnさん​自伝を書いたのはここだけであったが、自己の人格形成という大変興味深いテーマで、ああ、こういう成り立ちを得ることもあるのかと自分にとっても特別な経験を与えられたような気がした。誰しもがそういう影響を受けた人物、大きな存在となっている人がいるのではないか、そう考えついて自分を振り返るきっかけになった作品であった。

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