おとなになるということ/台風/杏仁

不気味だった。鮮やかな朱色に染まった空は、息を呑むほど美しいものではあったけれど、いつもの夕焼けとは違う、異様な雰囲気を纏っていた。私は初めて綺麗なものを見て怖いと思い、それと同時に、久しぶりに胸が高鳴るのを感じた。

明日は台風が来るらしい。今年は10月から急に寒くなって秋をすっ飛ばして冬が来たかと思っていたのに、今更台風?過ぎ去った夏が最後の力を振り絞って置き土産を残していったみたいだ。

狭い1Kの自宅に帰って、特に見たいわけでもないテレビの電源を入れる。いつものように地べたにおいてあるビーズクッションの上に座ってなんの通知も来ていない携帯を眺める。
「あー、なんかいいことないかなぁ」
一人暮らしを始めてから、明らかに独り言が増えた。割と大きめの声が出てしまうこともあるので、薄い壁の向こうの住人に聞こえていたらどうしよう、気持ち悪がられるかな、と不安には思うが、気が付いたら口に出してしまっているのだからしょうがない。

そんなことより、さっきの変な夕焼けはなんだったのだろう。何かが起こる前兆みたいな、ワクワクする冒険でも始まりそうな、そんな空。目を閉じると、頭の中をファンタジックな妄想が駆け巡る。想像力は必要以上に豊かに育ってしまったみたいで、現実逃避をするのだけが上達してしまったらしい。心の奥底で、日頃の鬱憤やストレスが全部吹っ飛ぶような面白い出来事をいつも待っている。まあ、待っているだけでは何も起こらないし何も解決しないことくらい分かってはいるのだけれど。

インスタントのコーンスープにお湯を注ぎながらぼんやりとテレビから聞こえる笑い声を聞いている。カーテンを開いて外を見ると、もう日はすっかり落ちて、あの夕焼けは綺麗さっぱり姿を消していた。また今日も、いつもと同じように1日が終わっていく。
つまんない。
シャワーを浴び、誰にも見せないことを前提とした地味な灰色のスウェットに着替えて布団に入る。電気を消した後、ダラダラと目的もなく携帯をいじっていたせいか、なかなか眠りにつけない。暗闇の中、ぼんやりと目を開けて天井を眺めていると、だんだん不気味な夕焼けの正体がまた気になり始めた。便利なことに今の世の中、検索すれば1分もかからずに色々なことを知ることができる。

“夕焼け 赤い 前兆”

キーワードで検索をかけると、すぐに正体は分かった。空気中の水蒸気が多くなると、波長の長い青色光が散乱し、波長の長い赤色は散乱されずに目に届くために夕日がいつもより赤く染まっているように見えるということだ。これは台風が近づいているときに起こることがあるらしい。

ほら、やっぱり現実はつまんない。あんなに私をワクワクさせてくれた夕方の風景でさえも、すぐに合理的に説明が付いてしまう。なにか不思議なことが起こる前触れかも、なんてそんなのは全部私の妄想の中の話、単なるファンタジーだ。調べなかったらよかった、そう思った。不思議なことは、カラクリが分かった途端になんの面白みもないただの現象になってしまう。

窓ガラスがガタガタと揺れた。しばらくすると、ボツ、、、、ボツ、、ボツ、という音を立てて大粒の雨がだんだんと勢いを増していくのが分かった。とうとう台風が来たらしい。騒がしくなっていく外の音を聞きながら、ゆっくりと瞼を閉じた。時刻はもう午前2時を過ぎていた。

小学生の頃は、明日は台風が来るから休校!と聞くだけでワクワクしたのを思い出した。単に学校が休みになって嬉しいというよりも、得体の知れない謎の現象、いつもとは違うことが起こるということに対して胸を高鳴らせていたのだ。台風が近づき、風がだんだん強くなり始めたくらいの時に外に出て、涼しい風を全身で受けながら友達と走り回る。それだけで楽しかった。

今はもう、そんな気持ちどこかに置いて来てしまった。中学生、高校生になり、学校の授業で台風の正体を知った。いつの時期にどうやって発生してなぜそんな動きをするのか、全て説明がつくものになってしまった。そうしてだんだん、台風が来ると聞いても、特になにも感じなくなっていったのだ。さっきの夕焼けもそう。こうやって、世の中のことを知れば知るほど日常の色々なものがただの現象にしか見えなくなり、感動しなくなっていくのだろう。無邪気に四葉のクローバーを探して笑っていたあの頃の自分は、まさか自分が将来、毎日つまらないと思いながら過ごしているとは想像もつかないだろう。もしかすると、気が付いていないだけで私がいつも待っているような面白い出来事は周りでたくさん起こっているのかもしれない。昔は気付くことができた小さな幸せも、これからもっと見落としてしまうようになってしまうのかな。そう思うと少し寂しくなった。

目を開けるともう朝が来ていた。午前11時を朝と呼べるのかは際どいところだが。ゆっくりとベッドから体を起こし、滅多に開けることがないカーテンを久しぶりに開けた。雨はすっかり上がっていて、雲ひとつない真っ青な空が広がっていた。安っぽいドラマのワンシーンみたいに小鳥がチュンチュン鳴いている声が聞こえる。さっき開いたばかりの私の目には、カラッとした日差しが眩しい。私が眠っている間に、もうすっかり台風は通り過ぎてしまっていた。

0 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 5 (0 投票, 平均点: 0.00,  総合点:0  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。