信者とアンチ/台風/手汗王

信者

  • 特定の宗教を信仰する者。別に信徒(しんと)、檀信徒(だんしんと)、「~教徒」とも言う。
  • 上記より転じて、特定の個人や団体や主義や製品などに熱中し、異なる主張を客観的に判断できない者。

 

アンチ

  • 「反対」「対抗」「違背」を表す接頭語。
  • 日本のインターネット用語では、より派生して、特定の個人・団体・企業・製品などを嫌悪し、掲示板等で執拗に叩く者、即ち「ヘイター」を指す(例:「アンチ巨人」「アンチ2ちゃんねる」)。度合いとしては、ファンの対極に当たる者から信者の対極に当たる者まで、等しく「アンチ」として表現される。

 

Wikipediaより

 

 

最近の暇つぶしといえば専らYouTubeを見ることになっている。

というのも先月の台風で、部屋のテレビが壊れたからだ。もう一ヶ月くらいテレビを見ていない。

テレビが使えなくなった当初、困惑の連続だった。

 

まず、一番響いたのはPS4を封印されたことだ。リモコンが反応しなくなったために、入力切り替えができないのである。ここで、僕のゲームというアイデンティティのひとつが削り取られた。なんだか寂しい気持ちになった。

あとは、電源を入れると、度重なるフリーズ、しばらくすると電源が落ち、またひとりでにつく、これを延々と繰り返していて、もうこの時点で怪奇現象害悪マシーンでしかなくなったので、コンセントを抜かせていただいた。

こうなってしまうと、三種の神器の一つであるテレビがない生活は想定外すぎて、不便なのだろうと思っていたが、案外そうでもなかった。

見たかった番組は違法アップロードされたものを、インターネットを介して容易に見ることが出来たし、大きなニュースはいつもLINEがお知らせしてくれる。気になる出来事はtwitterを見れば良い。

そうなってくると、テレビが使えなくなってもライフスタイルは大して変わらないものだと実感した。これにはネットテレビやYouTubeのような動画配信サイトの市場の拡大が大きな要因である事は想像に容易い。決まった時間に決まったチャンネルで動画がアップされるのは、もはやテレビとなんら大差がない。

結果、今の僕のテレビにあたるものはMacBook Proに映っているYouTubeの動画の数々だ。もはや家にいる間は常に動画が流れ続けている。音がないと落ち着かないからテレビをつけておく感覚と全く同じだ。

 

そんな僕の今のマイブームといえば、YouTubeの動画のコメント欄を読みあさることだ。中にはその動画の背景知識を与えてくれるもののような、一緒に見て、よりその動画を興味深くしてくれるものもある。

しかし、そのほとんどがくだらないキッズのコメントばかりである。

更には、ときどき信者とアンチの論争が繰り広げられることがある。この論争が結構キモい笑。誰得なのかわからないこの論争を高みの見物するのがとても面白い。揚げ足を取り合う感じが底辺の争いをしているみたいで愚かしい。どっちの主張が勝っても誰も得しないただの当人の自己満で終わるところがまた、バカバカしいと言うかなんと言うか。

最近でいうと禁○ボーイズやラ○ァエルといった大物YouTuberたちの復帰に際し、様々な場所で論義が繰り広げられている。数ヶ月前に何かとやらかして謹慎していた彼らだが、個人的に彼らの動画自体は他との差別化が図れていて好きな部類だった。信者とまではいかないが。

また、 筋肉YouTuberのコメント欄ではよく“見せ筋”という鋭い暴言が横行している。見せかけだけの筋肉→見せ筋である。悲しい気持ちになった。だが、信者たちはこの暴言に、“魅せ筋”=魅せるための筋肉と返しているところにレベルの高さを感じた。

コメント欄を見ながら動画を見るのは、過度な信者やアンチを見下して、自分に多少の優越感を与えるところがあるからなのだろう。他人のしょうもないところを外から眺めていると、自分はそこまでしょうもない人間ではないと感じられるだろう。

だが、結局、そんな分もインターネットを使わない人から見れば、ネット信者、YouTube信者な訳であり、誰かから見下される対象になっているのかもしれない。YouTuberの現状がそれを物語っているだろう。

人間は、それぞれに価値観がある限り、なんらかの信者であり、なんらかのアンチであることからは免れることはできないのだろう。そしてそうである以上、他の価値観を持った人たちと軋轢を生じることも避けては通れない。大きな話になれば、アメリカ、北朝鮮、IS、戦争、民族紛争、国際問題、などにも繋がっている話である。今あげたこれらですら、みんな価値観の違いで争っている。

大きな問題として考えると意識しにくい信者とアンチ。そんな、どうにもならない世界の縮図をパソコンやスマホというひとつの画面上で眺めることができるというのが、ネットテレビやYouTubeの本当の魅力なのかもしれない。

 

以上、台風でテレビが壊れ、ゲームというアイデンティティの一つも奪われた男の末路でした。

 

 

作    プロテイン信者兼アンチステロイド

 

 

 

 

今回自分は、台風に関して二千字ずつで2パターンの文章を手がけた。

一つ目の文章は、久しぶりに書く文章だったので、書き方を思い出しながら描き始めて見たが、何パターンか内容を考えてもそれぞれですぐ飽きてしまうので寄せ集めのようにして、うまいこと繋げてみた。書くための題材は割と増えていたが、書くという行為の難しさを改めて痛感した。

二つ目の文章は、新しいスタイルの開拓に少し挑戦してみた。書いていて意外と書けるじゃんと思いながら書き進めてはみたが、千字ちょいで行き詰まってしまった。結局、少し筋肉の力を借りて打開したが今後に向けて良い足がかりにはなったと感じる。

課題としては長い文章を書く際に、どうしても飽きっぽくなって本質を見失いそうになることが多々あったため、完成した作品へのヴィジョンを持つことが大切かと思う。理想の体を想像して筋トレするのとおんなじ事だ。頑張ろう。

 

他人の書いた文章を読むのも久しぶりであったから、恐れ多い感じで読んだが、結構ジャンルが様々で、面白かった。同じ形式のものを比較しながら読むのもそれはそれで良いところがあるとは思うが、いろいろな形式の作品を一気に読むと、飽きないというか一回一回リフレッシュされてなんか良い感じだった。いい刺激もらいました。

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