死者は語る/熱中/温帯魚

前々回の「喜劇王は笑う」を手直ししようとしたのだが、いかんせん文章を変えたところで良いものになる気がせず、仕方がないので後編のような形で新たな文章を書くことにした。すなわち、人に何かを伝えるための技巧を凝らした作品の紹介という形になるだろう。

そんなわけで、今回紹介するものは映画ではなくゲームである。とはいえ「ドラゴンクエスト」のような異世界でのスペクタクルでも、「バイオハザード」のような身の毛のよだつようなホラーでもない。言葉にすることは難しい、しかし誰もがその中で何かを見つけようとする体験。それを何とか表現しようとしたものが、このゲームである。

簡潔に言おう。このゲームは、死というものについて語ろうとしたゲームだ。

 

「フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと」は2017年の4月にSteamとPlayStation4で発売されたタイトルである。インタラクティブ・アドベンチャー、あるいはウォーキングシミュレーションゲームと呼ばれるジャンルに分類されるゲームであり、プレイヤーは主人公であるエディス・フィンチという一人の女性となり彼女がかつて住んでいた奇妙な屋敷を探索する。その中でフィンチ家の人々に訪れる奇妙な死の数々を体験していくというゲームだ。

特筆すべきはそのアートデザインだろう。ゲームの進行は訪れた屋敷の探索パートとかつての部屋の持ち主に起こった死に際の追体験のパートに分けることができるが、それぞれが別の魅力を持ちながらプレイヤーを惹きつけてやまない美しさをもつ。

屋敷の内部にはかつて住んでいた住人の痕跡が色濃く残っている。それは本棚から溢れるほど置かれた書物であったり、地下へと降りるための奇妙な鍵であったり、あるいはアートにあふれた別室であったり。あるいは探索の中で時間の進行とともに移り変わる光の濃淡の繊細さが、プレイヤーの先に進みたいという思いともっとじっくり見ていきたいという欲望の葛藤を引き起こす。バラバラで、奇妙ながらどこかか洗練された統一感をもつデザインは特筆に値するだろう。

それぞれの部屋には彼らの死について書かれた文章が置いてある。プレイヤーはそれを手に取ることで、様々な形で彼らの死に際を追体験することになる。それは古いアメリカンコミックの形式や、あるいはRPGゲームのようなデザインが施されたミニゲームのようなものである。一つ一つの彼らが残したものが彼らはどのように死んだのか、あるいはどのように生きたのかを教えてくれる。

かつて、死について語ることはゲームでは不可能だと論じた人がいた。しかしこのゲームはその死というテーマに卓越したデザインと不思議なストーリーで誠実に向き合ったのだ。誰にも訪れるものであり、残されたものが全てを知る機会は永遠に失われる。あるいはその悲しさは、失ったことではなく残ったものこそが輪郭を浮かび上がらせるのだ。しかし、それでも、どうしようもなく人は繋がって前に進むということをこのゲームは優しく歌い上げる。

0 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 5 (0 投票, 平均点: 0.00,  総合点:0  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。