集中講義/手汗王

善意にしても、悪意にしても、自分の価値観の押し付け合いがテーマだったようにも思う。
全ての人間が何かしらの考えを持っていて、それを相手の価値観を無視してでも押し付ける場面が多く見られたように感じる。
最終局面ではセルマがジーンのためにと、自らの命を絶つ結果に至ったように思えるが、それがジーンの価値観で見たときにどう映るのか、セルマの価値観の押し付けなのではないか、誰かの視点に立つと言う重要さを主役を盲目にすることで強調したかったようにも見て取れた。

結局人間はみんな全ての事象・感情を見ることなんてできなくて、そんな盲目な様を、自分は何も見えてはいないと自覚して、他人同士が寄り添えるだけの器を持つことが大事だと伝えられた気がする。

 

理不尽とか、どうしようもない事がこの世にはあると知らせてくれる、良い映画だったが、理不尽な現象はやはりこの世で一番嫌いな現象だと再確認できた。全ての理不尽を力で根絶できるようになりたい。

 

自分の見る洋画では、いつも目を引くようなマッチョ俳優が一人や二人出てくるが、この映画ではそういった筋肉獣は登場しなかったため、少し残念だった。ヨーロッパでも、ラテンとゲルマン、スラブでは好まれる役者が違ってくるのだろう。
役者・演者で映画の雰囲気もガラッと変わるのだろうと思う。

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