クリスマス・ランナー/とにかく明るい小説/眉墨

かれこれ三十分ほど、おれはマリと睨み合っていた。
ひじきの群れ成すマリの目は、赤く充血して潤んでいる。必死で唇をかみしめて嗚咽をこらえている姿は痛ましいが、鼻水も出ているため呼吸が苦しいらしく、鼻を常の倍は膨らませて小刻みに震える姿はどう考えても噴飯ものだ。二人の間のテーブルの上に在るのが泥のようにまずいホットコーヒーだけで本当によかったとおれは思った。

「やぁだ、マリ、マー君と別れたくなぁい」

やだやだ、とマリ(26)は体中の肉をゆする。自業自得じゃないか。同棲してる彼氏の出張中に出っ歯の元カレ引きずり込んでよろしくやってたのはお前だろ。しかも一回じゃないし一人じゃない。マリと出会って付き合い始めてから一年半、こんな別れ話の連続だった。しかし今日、クリスマスの今日、おれは終にこの馬鹿女と別れる決意をした。

「別れようよ、マリ」

決意の一言はシケた駅の地下街と喫茶店とを隔てた窓ガラスに向かって言った。24日の夜の7時、どの店もシャッターを下ろしている。

「別れよう」

 

 

 

 

かれこれ九分ほど、俺は走り続けていた。校内マラソン大会で2位を収める俺の俊足はしかし、もう太ももがはち切れんばかりに張ってしまい鈍って思うように上がらない。しかし俺は走らねばならない。ギュッと目をつぶると、瞼の裏に可憐なオカザキさんの姿が浮かんだ。

オカザキさんと俺の出会いは、忘れもしない春の木漏れ日の図書館だった。大して本などは読まない俺が課題用の本を探していると、図書委員の彼女が優しく声をかけてくれた。

オカザキさんは、所謂不登校の生徒だった。生まれつき身体が弱いため、あまり教室に顔を出すことができず友だちも居らず、ますます学校に居づらくなってしまった。

哀しそうに話すオカザキさんに、イルミネーションを見に行こうと提案したのは俺だ。クリスマスの夜に好きな子と一緒に居たかったという下心ももちろんあるが、一番はオカザキさんの笑顔が見たかったから、ということにしていただきたい。

待ち合わせ時間は午後7時、現在時刻7時2分。
自宅から待ち合わせの地下街の喫茶店まで、2.5キロを疾走する。待っててくれ、オカザキさん!

 

 

かれこれ一時間ほど、シケた地下街で咳き込みながら、店の看板の飾りつけをしていた。たいしてはやらない居酒屋は、クリスマスということもあって他のオシャレな店に客をとられてガラガラだった。
多少飾りつけをしたところで、たいして何も変わらないと思うが、店長は自信に満ちた顔でドン・キホーテの袋を渡してきた。
店の看板を汚さないよう配慮しつつ、電飾や蛍光塗料で派手にしてみる。

「まあこんなもんか……ん?」

頭上で蛍光灯がチカチカと点滅を始めた。途端、地下街から明かりが消えた。

 

 

「うわっ!あっ、すみません!急いでたもので!」

「キャーッ!まーくんどこぉ!?」

「マリ?おいスマホで電気つけろ誰か!」

 

 

 

地下への階段を降り、ラストスパートとばかりに全力疾走でロータリーを走っていた俺は、目標の喫茶店一歩手前での突然の停電に狼狽え、飾り付けをしていた店員さんに思い切りぶつかってしまった。

これが小説なら中身が入れ替わってもおかしくないスピードだったがもちろんそんなことはなく、俺は足に絡みつくロープのようなものを引きずりながら、手探りで喫茶店の扉は手をかけた。

店内は暗く、しかし客が灯しているらしいスマホのライトによってボンヤリと人の位置がわかった。

ライトをつけている方は2人組、奥に不安げに膝をくっつけてる足が恐らくオカザキさんだ。

見えない状態で立ち上がることは危険と判断し、匍匐前進で進む。足にはまだロープが絡み付いてるらしく、数回足を振って払おうとしたが壁にしたたかに足をぶつけただけで終わった。

 

ソファの座席に手をかけ、ゆっくり起き上がる。

「お待たせ!オカザキさん!」

その瞬間、店内が一度に明るくなった。蛍光灯がついたのではない。

「み 、みて!あの人光ってる!」

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