秋とゴールテープ/明るい小説/θn

あ、トンボだぁ。
しかも赤トンボ。なんかトンボって悠々というよりはしんどそうに飛ぶよなぁ。

「有紗、呼ばれてるよ!」
「あえ?」

ビルに囲まれた大して広くもないグラウンド。そこに並ばせられた40人弱の女子生徒。体育の授業は週3回、決められた時間に鬱屈を運んでくる。それこそ季節を知らせる何かに思いを馳せてしまうくらいには。

「顔やばいってばアンタ」

先月体育教師に注意されてから、クラスのみんなが私の顔について指摘してくるようになった。

「気抜いてた」
「できないならせめて授業態度ぐらいは良くすりゃいいのに」
「うーるさいぞ、栞」

できないからつまんない。つまんないからやる気も無くなる。やる気がないからよりできない。高校に入ってからの体育の授業で運動ができるようになりたいなんて思ってないしそれはそれでいいんだけど、にしたって多分ひどかったんだと思う。

『巻島さん、やる気ないなら帰っていいのよ』
『なんで?!』

勿論実技の方がよっぽど嫌いなわけだけど、延々と続くオフサイドの説明を前にもの凄い顔をしていたらしい。その上ぼんやりしていたから不意に出たのはタメ語。クラス全体が「笑ってはいけない体育の時間」の収録になったみたいだった。あのとき一瞬振り返って馬鹿にしてきた栞め、絶対許さん。

「3年A組 巻島」

完全に名前を覚えられてしまったのは、態度のせいか、それともこの綺麗な字のせいか。やる気があるのはゼッケンだけだ。未だ白く、パリッとしている。

秋が確実に来ていて1番困っているのは私。
金木犀より先に体育祭の匂いがする。私の学校は、ちょっとあれなやつはリレーとかは出なくていいからいいとして、なんてったって3年生は学年種目がしんどすぎる。

「はあい、今日は学年種目であるムカデ競争の練習をしていきます」
憎き体育教師城田のカンカンした声。

ムカデ競争。複数人が一定の物につながった状態で一組になり、動きを合わせながら前進して速さを競う競技。ウィキペディアがそう言っていた。

はー!
こういう1人が足引っ張っちゃう系競技だけはやめてくれ!!

「足の運びじゃない?」
「ついて行ってるつもりなんだけど」

案の定、先の体育の授業はグダグダだった。転ぶかもしんないからって、私の前後にみんな来たがらない。走ってみればやっぱりペースを乱してるとかなんとか城田に言われ、次の数学の授業まで私は腸が煮えくり返るどころか煮崩れそうだった。何度も言うけど好きでできないわけじゃ……

「でも今回はできなきゃじゃね?」

……。

栞の顔はいつも無愛想というか、何考えてるかわかんないけど、少し今日は真剣な気がした。走順リストを作っていた由紀乃が苦笑いしている。

「まあ残り19人もいるし、ずっと浮いてれば良い気がするけど」

いいわけはない。
スポーツによって得られるものなんてたかが知れてるって考えは、この先ずっと、変わらないだろう。でも今回だけは頑張らなきゃいけないやつだって、頭のどこかが言っている。

「ジャージ、みんな持ってるよ?」

由紀乃の声を、というかこの会話を聞いていたのかなんなのか、どこからともなく18人が現れる。

「まじかー……」

砂埃。歓声。繰り返すアナウンス。

「どうよ、有紗!」
「……、まあぼちぼちかなぁ!」

はしゃぐクラスメイトの音にかき消されなかった栞の勝ち誇った叫び。私の言葉は、どうだろう。少なくとも、そこを飛ぶ赤トンボには聞こえたはずだ。

ぼちぼちなんて嘘、なんだかわからないけど気づいたらずるずるに泣いていた。情緒情緒。

あーあ、私この瞬間を絶対に忘れない。眩しい、眩しくて、ほんとに嬉しい。

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