甘い生活/クリスマス/みかん

日雇いの仕事を終えて、同じ日雇いの友人と工場からほど近い居酒屋に行った。

二人で生ビールを頼み、乾杯をした。最近はほぼ毎日仕事を終えるとこの居酒屋にきて酒を飲んでいるが、何度飲んでも仕事終わりのビールは格別だった。友人は三口でジョッキに入ったビールを飲み終えると、すぐに二杯目のビールと焼き鳥を注文した。僕もそれに続いてビールを飲みほし、二杯目を注文した。
「最近はどんどん寒くなっていくな。軍手一枚じゃ耐られなくなってきたよ」と友人は言った。「工場内にも暖房をつけてほしいと本当に思うよ」

彼はまた一口で半分以上のビールを飲んだ。彼の手を見るとあかぎれや切り傷があった。

「これから更に寒くなっていくことを考えるとぞっとするね。」と僕は言った。

「本当にその通りだ。年もあと二十日ほどで終わるなんてまったく実感がない。毎日が同じことの繰り返しで、季節を感じる暇なんてありゃしないよ」

そう言って彼は二杯目のビールを飲み干した。すぐに三杯目のビールを注文した。

「俺たち肉体労働者は食っていくためにほぼ毎日働かなきゃいけないんだ。ほぼ毎日、薄汚ねえ工場でだ。そこらにいるサラリーマンは気楽でいいよ。クリスマスや大晦日や新年に向けてあれやこれやと騒いでやがる。本当にたまったもんじゃない」と彼は言った。

彼は毎日この居酒屋でこんな風に愚痴をこぼす。真っ赤な顔で文句を言いながらがぶがぶとビールを飲む。彼は三十四歳で、日雇いで生計を立てていることにひどいコンプレックスを持っている。日雇い労働者にコンプレックスを持っていない人間はいないに等しいが、そのなかでも彼のコンプレックスは強い。

「だけど俺にも女房がいる。そのためにも働かなきゃいけない。クリスマスには何もしてやれないが、なんとくやっていかなきゃいけない。そういうもんだろう?」と彼は言った。

「そういうものなのかな」と僕は言った。毎日居酒屋にそそいでいるお金を貯めておけば、クリスマスくらいちょっと豪華にできるはずだ。でも、そんなことは彼にはできないし思いつきもしないだろう。それは僕も同じことだ。みんな薄情だと思うかもしれない。でも、これはしょうがないことだと思う。生きているとそういうことになってしまうのは当然のことだ。彼は四杯目のビールを注文し、僕もビールを注文した。

クリスマスイブの日もいつもと変わらず仕事をして、家に帰った。彼女はすでに家にいて、食事の準備をしていた。

「イブなのにこんなご飯でごめんね」と、彼女はいいながらさらに食事を盛り付けていた。あやまらないでくれよ、あやまるのは僕のほうだ、と僕は言った。

いつも通りの他愛のない会話をしながら食事を終えた。僕は彼女にプレゼントをあげた。小さな花束だ。ありがとう、と彼女は笑顔で受け取ってくれた。

「こんなものしかあげられなくて本当にごめん。お金なくて」

「別に大丈夫よ。ものなんて大したことないわよ。あなたの気持ちだけで十分だから」と彼女は言って、僕の手を握ってくれた。

彼女の指にはいかにも高そうな指輪がついている。つけはじめたの最近のことだ。そんな高そうなものどうしたの、と聞くと、もらったのよと彼女はこっちを見ずに答えた。ほかにも、彼女では到底買えそうもないアクセサリーや時計を彼女はつけていた。

「明日は仕事を休むよ。せっかくだからどこかに出かけないか?」と彼女の手を強く握って僕は言った。

僕がそう言うと、彼女は黙ったままある一点を見つめていた。すこし間が空いて、あしたは外せない仕事があるの、と彼女は言った。

僕は彼女の目をしばらくの間見ていた。空気はとても乾燥していて、家の中でも引き締まるように寒かった。

「仕事ならしょうがないね」と僕は言った。

ごめん、と彼女はすこし微笑んだ。彼女は僕の目を見つめた。しばらくの間、目があっていた。彼女は手を僕の背中に回した。僕はそれに合わせるように、彼女は抱き寄せた。

彼女のことについて、僕はあまりしつこく詮索してはならない。恋人だからと言って、彼女の全てを知る必要なんてない。僕だって全てを彼女に打ち明けたいとも思わない。僕だって秘密にしておきたいことはある。僕はこのまま黙ったままでいい。僕が彼女にしてあげられることは、誰だってできる。僕より素敵な人は、僕以上のことを彼女にしてあげられるのだ。それなら、僕は黙るしかない。彼女は僕を愛しているし、僕も彼女を愛している。それならもういいのだ。

煙草を吸ってくる、と言って僕は玄関に向かった。靴を履いてコートを着ながらリビングのほうを振り返ると、彼女は携帯をいじっていた。時々指輪をちらちら見ている。僕はそのまま外に出た。

外の寒さはまるで研いだように鋭い。冷たい風が吹き、思わず体に力が入る。風の吹く音だけが響いてる。煙草に火をつけて思わず考える。僕と彼女がどうなるか、僕には全く分からない。とにかく働いて、食べていかなくてはならない。生きるというのは文字通り生きることだからだ。煙草の白い煙は風に吹き飛ばされていく。煙は一切見えない。風はただ吹いている。

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