救いは何処/YDK/ダンサーインザダーク

しんどすぎ。単なる感想になってしまうけど、本当にしんどい。この作品を見るのは2回目だけど、結末がわかってるからこそのしんどさがあった。一言言わせてほしい。

誰も救われなさすぎでは??????

見方によっては、セルマは息子を救って死ねたから本望だろうから幸せだし、息子も目が見えるようになったからハッピーかもしれないけど!もしそうなら、あの映画が湛えていた言いようもない寂寥感は一体なんなのか、ということになる。この気持ちはおそらく、劇中で言えばキャシーが代弁してくれている。観客はキャシーの目を通して作品を見ている感覚に近いのではないか。セルマの言い分も十二分に理解できるけど、本当にそれでいいのか?という疑問をぬぐいきれないままに、彼女の意思を尊重するしかないモヤモヤ感…確かにセルマはそれでいいのかもしれないけど、残されたジーンは?え???という…。後半、セルマが捕まってからは、観客は新しい視点として、女性の看守を得る。彼女は母親という目線でセルマを見つめることによって(少し強引なところはあったが)セルマがとった行動による結果の不幸感をより強めていたように思う。セルマへの同情は少し早すぎた気がしないでもない。

作中のミュージカル的な要素も、本作のしんどさをより強めていた。人はプラスの感情の裏にどうしてもマイナスの感情を深読みしてしまう。良いことがあれば悪いことが起きてしまうような、そんな予感を防衛反応としてもってしまうのだ。だから、あの楽しげなミュージカルさえも単なる幸せな時間ではなく、不幸の前触れとして考えてしまうから、延々と得体の知れない不安が付きまとう。また、甘さを引き立てるため塩を足すように、不幸感を強めるためにあのような軽快なミュージカルが導入されていたのではないか。本作のミュージカルだけを切り取ったときに(特に前半の)誰もあのラストを思い浮かべることはできない。それくらいに、落差が激しいのである。その落差が観客にもたらすのは、恐ろしいほどの過剰な不幸感だ。途中からある程度結末が読めていたとしても、ショックなことには変わりない。

本作は、あらゆる演出が絶望感を引き立てるためだけにあったように思う。この作品がどうしてヒットしたのか、ということが非常に気になるところである。(人の心理的に)

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