今熱中していること②/生まれてきてごめん

さて、熱中していることの紹介の2回目ということなので、今回は私の好きな歌手について紹介したいと思う。

まず1人目は馬場俊英だ。

おそらく、知っている人はあまり多くないだろう。私も、友人がカラオケで歌っているのを聞いて、そのシンプルでありながら力強く、世の中の男に元気をくれるような詞に感動したのが好きになったきっかけである。その歌が馬場俊英『ボーイズ・オン・ザ・ラン』である。

詞の中には様々な男たちが登場する。最初に野球少年、次に女にフラれる男、単身赴任中の男、歌手になることを夢見る男、そして最後に野球少年が成長した姿で帰ってくる。

その1人1人が抱える思いは、まさに世の男たちが、一度は抱えたことのある悩みや悲しみそのものであり、まるで詞が鏡のようになっていて自分自身が詞の中にいるような、そんな気分になる歌である。

次に紹介するのが樋口了一という歌手だ。彼は名前だけは聞いたことのある人はいるかもしれない。樋口了一1993年にメジャーデビューし、北海道テレビの『水曜どうでしょう』シリーズのテーマソングにもなった『1/6の夢旅人』、『1/6の夢旅人2002』等の楽曲を発表した。 2009年には『手紙〜親愛なる子供たちへ〜』で日本レコード大賞優秀作品賞、日本有線大賞有線音楽優秀賞を受賞した。

彼の歌のすごいところは、「悲しみ」を愛や明るさに変えてしまうことだ。

例えば『1/6の夢旅人』のなかにこんな詞があるのだが、

「世界中を僕らの

涙で埋め尽くして

やりきれないこんな思いが

今日の雨を降らせても

新しいこの朝が

いつものように始まる

そんな風にそんな風に

僕は生きたいんだ

生きて生きたいんだ」

という詞だ。

どれだけ悲しいことがあっても、何もなかったかのように朝がやってきて、それは幸せであるということなのだ。

悲しむことができるというのもまた幸せであるという、彼なりの表現に心を打たれた。

私は今紹介した人たちのような詞がかけるようになりたい。

シンプルでありながら、みんなが誰しも気づかないことのようなことを書きたい

 

 

 

バタフライエフェクト/みくじ

 

作中で大きな変化があった過去の改変だけまとめて、以下の5つは番号で表記する。

改編1ケイリーをペド父から救う。

結果:エヴァンとケイリーが恋人。トミーが虐待されてぐれ、エヴァンを襲い反撃され死。

改編2トミー更生のため交渉。しかしレニーがトミーを刺す。

結果:レニーが病む。

改編3ダイナマイトのいたずらを阻止。

結果:エヴァンの身体欠損。トミーとケイリーが恋人。トミー更生。エヴァン母肺がん。

改編4ダイナマイトを先に使う。

結果:ケイリーが死ぬ。

改編5初対面のケイリーを遠ざける。

結果:ケイリーとは赤の他人。エヴァンの横にはレニー。

 

最後にエヴァンが人生を共にすることとなったのがまさかのレニー。見てすぐは意外に思ったが、案外エヴァンとレニーの接点は多い。というより、エヴァンとレニー、ケイリーとトミーの関係は相補的とみることができる。

というのも、エヴァンとレニーはどちらかが病院にいることが多い。さらに一方が病んでどん底にいるとき、もう一方は大学生活をエンジョイする。またこの二人はどちらもケイリーの恋人になる展開がある。(まあ4人グループのうち2人は兄妹だから当然かもしれないが、エヴァンとレニー以外の恋人候補は出てこなかった。)

またトミーとケイリーは、どちらかが死ぬ展開がある。また父からの虐待も、どちらかがされなければもう一方に行くようだ。

 

こうしてみると、確かにエヴァンはケイリーの自殺をきっかけに過去をやり直し始めたが、ケイリーよりもレニーとつながりがあるのもうなずける。サンパーとレニーの体系が似ていて最初は勘違いしたが、最後の描きかえられた現実でサンパーは登場せずルームメイトがレニーになっているところを見ると、サンパーはレニーの代わりだったんじゃないかとすら思える。レニーが出てくる改編1の後にはレニーがおらずサンパーがいたが、その後はレニーがいてサンパーはいない。こう見るとエヴァンはふくよかな男性と縁があるのか何なのか。

話が進むごとに薄れるトミーもなかなか気になったところではある。犬を燃やしたり映画館で暴れたり、ディ〇・ブランド―を連想させるような悪魔のようなガキだったのに改編3以降は誰だお前というくらいのおとなしさだ。改編1でもみじめさは漂っていたし、幼いころぶっ飛んでイカレていても大物にはなれないやつだったといいうことだろうか。