フィクション一人相撲/昨日、髪を切った。/奴川

1.

昨日、髪を切った。

別に大したこだわりもないくせに、成人式まで惰性で伸ばしてしまった髪だった。

これどれくらい行っちゃっちゃっちゃいます? とやたらとスクラッチがきいたチャラめのお兄ちゃんに言われたので、宇多田ヒカルみたいにして下さい、と答えた。

 

宇多田ヒカルのことは割と好きだ。どのくらい好きかというと、確かエヴァの映画の主題歌をやっていたな、というレベルで好きだ。つまりほとんど何も知らない。この間の椎名林檎とのデュエット曲が良かった。

 

それよりも彼女について印象に残っていることがある。一昨年くらいにしたとあるツイートだった。まだギリ女子高生で自分のことをそこそこ頭が良いと思っていてイキり倒していた私は感銘を受けた。メチャクチャ感銘を受けたので、いくつかのアカウントでお気に入りにした記憶がある。以下引用。

「経済力のある男性が優しくてかわいくて自分を一番に思ってくれる女性(経済力低め)を選んだってなんの不思議にも思われないのに、性別が逆になると問題があるかのように思うのは非常に非理論的だ。男の子って大変ね。」

 

金と地位と権力と才能を兼ね備えた彼女だからこそ言える台詞である。そう、金と地位と権力と才能が無ければ認められないタイプの発言なのだ。今調べるとそこそこ物議を醸していたらしいが、発言者によっては物議どころかフルボッコにされるやつである。私は所有物じゃない! って発狂する女性とか、あとなんとなく男性の何かしらの神経も逆なでしそうだ。イメージで物を語っている。

まあつまり、「ヒモを飼うのの何が悪いんだ!」と言う文脈で発された文章であり、なるほどいざと言うときはこんな風に開き直ればいいのかと感心してしまった。だからなんだろうか。女子高生のときほど、私は自信に満ち溢れた存在ではなくなったけれど。

 

やっぱり彼女をロールモデルとしたい気持ちがどこかにあって、だからこんなオーダーをしたのかもしれない。金と地位と権力は正義だ。なれるもんなら私は宇多田ヒカルになりたくて、でもきっとなれないのだけれど、ああまあもういいや、今日は妹とケーキを食べに行こう。宇多田ヒカルになりたいなあ。

〈某日8時 トーストが焼けるのを待ちながら〉

 

 

2.

姉が、髪を切った。

成人式を終えたからだろう。やたらめったら斜に構えがちな面倒くさい姉は、まるで「自分は成人式に全く興味がありませーん」、みたいな顔をしていたけれど。「自分の髪でまとめ髪をした方がいいのかな」なんてウキウキで聞いてきたし、実際のところ相当楽しみにしていたのである。20歳にもなって、かなりのヒネクレ具合だ。あたしはああはなりたくない。

 

髪切ってくる、とこれまた(自分の中では)クールだと思っているのだろう口調で告げた姉がルンルンで帰ってくるものだから、まあ見れるレベルにはなっているのかな、と思ったら阿佐ヶ谷姉妹だった。阿佐ヶ谷姉妹は面白いし彼女らに髪型を寄せること自体は良いと思うが、姉の狙いはおそらくサブカル系おかっぱなのが悲劇だ。それは選ばれしサブカルにのみ許された髪型。すなわち顔面偏差値がグッドである必要がある。残念ながらあたしと寸分狂わないようなブスである持つ姉には全く相応しくない。

 

いい加減姉の見栄っ張りはどうにかして欲しいものだ。姉は確かにサブカルかぶれで、親戚には「私、あたまいいから」なんて吹聴して回っていて、うっかりそれに騙された愚かな親戚から「しっかりもののお姉ちゃんを持って良かったわねえ」なんて言われるあたしの身にもなって欲しい。あんだけ死ぬほど、泣きながら勉強した割に大してあたしと成績が変わらない、そんでもって超絶弩級のコミュ障。もうすぐ就職活動だ、なんて言っているが、あの様子じゃ相当ひどい目に遭うんだろうな、と思う。

 

向かい合ってケーキを頬張っている姉は、今日も気丈に笑えているつもりらしい。いい加減崩壊しかけているっていうのに、無理矢理に姉の表情を作るものだから、鬱陶しいったらありゃしない。もしかして今あたしに優しくすることで、将来介護でもしてもらおうってのか?いやあ勘弁してよ。

 

〈同日16時 妹と向かい合って〉

 

3.

どうやらアイツは、髪を切ったらしい。

まあ成人式を終えた女子はこぞって髪を切りに行くしな、アイツもそうだったんだろう。

それにしたってどうしようもない奴だったなあ。同窓会、みんな楽しみにしてたのにさ、アイツだけ中学の頃と全く一緒で萎えた。微妙に着飾って、誰かに寄られるでもなく微妙な表情を浮かべてて。輪に溶け込めないなら来るなよ、まさに空気読めないやつって言うか。しかも二次会のカラオケまで来やがって、微妙な顔して座ってやがるし。あ、信号変わった。

〈同日19時 彼を見掛けて〉

 

4.

うわキッモ。

〈同日19時半 男子高校生とすれ違って〉

 

5.

……みたいなことを、みんな思っているんだろう。

以上、誇大系被害妄想である。みんな誇大妄想だ被害妄想だ言うし、実際そうなのかもしれないが、実際聞こえるのだから仕方ない。いや、まだ幻聴はないんだけれど、「この人達こういう風に思っているのかな」って考えてしまうのって、もう幻聴の一歩手前だと思うのだ。しかも他人と話しているときにはほとんどエンドレスでこの状態なんだから。

 

確かに昨日、髪を切った。

本当に何が宇多田ヒカルだ。美容師さんに彼女のMVのスクショを見せた時、「うわキモ」って顔をされたのは分かってるんだ。何勘違いしてるんだこの女って思われてるんだ。顔に思ってることが出ちゃうタイプらしいその美容師さんはでも腕は確かで、バッサリ髪を切りそろえてくれたけれど。でも仕上がりは爆笑モンだったし、実際美容院のひとたちは笑っているように見えた。

 

ちょっと色気づいたことをすると、妹の視線が怖い。高校に上がって色付きリップを買った時に、「お姉ちゃんって彼氏なんていらないんじゃなかったの」と言われたのが未だに耳にこびりついている。すぐに孫の顔がみたいだなんだと騒ぐ親と、二人で戦ってきたっていうのに。ここで私が裏切ったら。そりゃあ恨まれる。いやそうじゃない、妹は私の欺瞞を見抜いているのだ。親戚はほとんど気づいていないが私はかなりのハリボテだ。もう限界だ。

 

同窓会は本当に怖かった。でも行きたかったのだ。今だったら、クラスメートとも上手に喋れるかもしれない。今思うとなんでそんな勘違いをしたのか分からないが、うっかりそう思ってしまったのだ。全然うまく行かなかった。そりゃあそうだ、最近まず同級生と喋っていない。バイト先と妹としか話していないのだ。道行く人の目線だって怖い。もうだめだ。最近独り言が大きくなっている自覚もある。自意識が過剰だ。それも分かっている。でももう勘弁してくれ。だってこの自意識をどうしたらいいのか分からないんだ。

 

明日はアルバイトだ。なんでこんなメンタルで塾講師を続けているのか分からない。どんどん仕事は増やされるし、そりゃあ生徒が合格したってのは嬉しかったけれど、でも彼らにとって私はただの悪人だ。生徒にとって先生は宿題を課す悪魔に過ぎないじゃないか。いや待て落ち着け、これじゃあダメだ。本格的に駄目だ。宇多田ヒカルのことは忘れて、ロールモデルを変えよう。私は明日、林修になるのだ。一度だけ生で会ったことがある、あのやたらと堂々とした東大卒になるのだ。ああ、東大卒になりたい。

〈同日25時 布団の中で〉

 

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