私のピノキオ/昨日、髪を切った。/jboy

昨日、髪を切った。

いつも僕の髪の毛はママが切ってくれるんだ。僕がもっともっと小さいころから、髪を切るときはママがやさしく切ってくれる。

「くせっけの困ったちゃんね。ママにそっくり。」

ママはいつもそう言うと、決まって僕のほっぺをそっと小突いた。

僕はママが大好きだ。たぶん世界中でママのことが一番好きなのは僕だ。パパだってかないっこないさ。多分……。

ママは僕のことなら何でも知っている。好きな食べ物、カレーライス。嫌いな食べ物、ニンジン。好きな動物、キリン。好きな色、赤。まだまだたくさんあるけど、書ききれないや。とにかく、ママは僕のことなら何でも知っているんだ。昨日僕がなくした片っぽの靴下も、ママにかかればすぐに見つかっちゃう。きっとママは魔法使いなんだ。ママは女だから魔女かな。魔法で僕のことをずっと見ててくれているに違いない!だってママも僕のことが大好きなんだから。

僕は夜に時々とても怖い夢を見て、眠れないことがある。そんなときはいつもママがそばに来て、優しく僕の体をさすりながら子守唄を歌ってくれる。僕はそれでとても心地が良くなってたいてい寝てしまうんだけど、それでも眠りにつけないときは僕の大好きな『ピノキオ』を読んで聞かせてくれる。一回だけじゃ満足しないので、ママは2回、3回と繰り返しとてもやさしい声で読んでくれるんだ。

ママとピノキオの話をしていて、

「もし僕がピノキオだったら、やっぱりママも僕に人間になってほしいと思う?」

って聞いてみた。そうしたらママはしばらくして、

「もしあなたが操り人形で悪い子のピノキオでも、いい子で人間のピノキオでも、ママはあなたのことが大好きよ」

と言って、僕が満足げに笑うと、ママもにっこりと笑って、

「今日はもう遅いから寝ましょう。かわいい私のピノキオさん。」

と言い、僕のおでこにキスをして、僕が眠るまでずっと待っていてくれた。

僕がピノキオだったらやっぱり、いい子になって人間になりたいな。ママは人形でも人間でもいいって言っていたけど、僕がいい子になったら、ママは悪い子で人形の僕より、いい子で人間の僕のことをもっと好きになってくれる。

僕は心の中でそう思って、誇らしげな気分で、ママのためにいい子になろうと決めたのだった。

***

昨日、髪を切った。

この子の髪はいつも私が丁寧に切りそろえている。ほかの人に頼んで、はさみで傷でもつけられたら大変。それに、この子も私以外の人に髪をいじられるのが嫌みたい。一度試しに美容院に連れて行ってみたんだけど、「ママじゃなきゃ嫌だ――!!」って大泣きするもんだから、それ以来行ってない。そのあと結局お断りして、家で切ってあげた。ゆるく巻いた癖が幼いころの自分とそっくり。あの時はこの癖が嫌で嫌でしょうがなかったけど、不思議と今はかわいらしく見える。

私はこの子を愛してる。世界中の誰よりも……。この子を守るためだったら、どんなことだってする。この子は私なしでは生きていけない。私もこの子なしでは生きていけない。

私はこの子のことならなんだって知っている。好きな遊具はブランコより滑り台。でも外で遊ぶよりもお絵かきが好き。最近買ってあげた黄色い帽子がお気に入り。お出かけする時はいつもかぶって出ていく。好きなお話は『ピノキオ』と『ピーター・パン』。特にピノキオは本がボロボロになるまで読んだし、今でも読んでいる。怖い夢を見るとめそめそ泣きべそをかきながら、「ママ……これ読んで……」とお願いしてくる。毎回どんな怖い夢を見たのか気になるのだけれど、それを聞いてしまったらまたこの子が夢を思い出して辛いと思うので、そんなときはそっと「わかったわ」とだけ言って、読み聞かせてやるのだった。

いつものようにピノキオを読み聞かせていると、あの子が突然自分もピノキオだったら、私は人間になってほしいと思うか尋ねられた。私はあまりに突然だったのでどう答えてよいかわからなかったが、しばらく考え込んで少しあいまいな答えをした。そうするとあの子は安心したのかにこりと笑ったので、私も笑顔で答えもう寝るように言って、眠りにつくまでそばにいてやるのだった。

あの子のすべてが愛しい。同時にあの子への愛が、あの子からの愛が恐ろしい。一心に何の疑いもなく私を見つめるあの子の瞳が、私にすべてをゆだねすやすやと立てる寝息が、私は急に怖くなって、部屋から出て思わず発狂した。

ただ、あの子のそばにいてやりたい。ただそばにいてこの腕に抱きかかえ、耳元で愛してると言ってやりたい。

そんなことを考えふと正気に戻ると、今まで自分が何をしていたのか、自分が今どこにいるのかもわからなくなっていた。知っているようで知らない景色。まるであの子のようだ。道路の向こうから誰かが歩いてきた。背丈はこどもくらいかな。見覚えのある黄色い帽子は汚れているけれど、間違いない。あの子がこっちへ向かって来る。

私はそばに駆け寄り、ありったけの力で抱きしめた。すると力強く抱きしめ返してきて、こんなに力が強くなっていたのかと驚かされた。ゆっくりと顔をあげると、そこには血みどろになって立っているあの子の姿があり、私にこういうのだった。

「ママ、だいすき。」

***

20XX年 〇月×日 患者ID *******

△月□日、交通事故にて一人息子A(7)が死亡。葬儀を済ませたのち、鬱症状を発症し夫B(42)付き添いのもと通院。一時退院し、しばらくは通常通りの生活を送っていたが、夜間の徘徊と幻覚症状のため、再度受診。自宅での経過観察となったが、前日より男の子の人形を亡くなったAと思い込み、本の読み聞かせなどを行っていた。同日午後9時ごろ、突然大声をあげながら裸足で家を飛び出していったため、Bが警察に通報。自宅からおよそ2㎞程離れた郊外の空き地にて、倒れている本患者を保護。Bとの事情聴取ののち、本科への入院が決定。現在精神安定剤の投与により、小康状態である。

 

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