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男/昨日、髪を切った。/手汗王

昨日、髪を切った。

髪を切った次の日は大抵、朝、目が覚めると枕の上が細かい髪の粉でいっぱいになる。前日の髪の洗い方が甘いからだろうか。枕に付いた毛の処理というのは、大変に面倒だ。しかし、髪を切った後の寝起きは清々しい。

そうこう考えながらも、朝起きると、男は必ずトイレに向かう。そしてしっかりと用を足す。用を足した後は鏡の前に立ち、体重を測りつつ、身体のコンディションチェックを欠かさない。肌の質感、張り、浮腫の強弱、体のだるさ、筋肉痛の度合いを確かめながら鏡の前で、いつもと同じポージングをとる。ここで身体に昨日と大きな違いがあれば、食事と免疫系を見直す必要性が出てくるからである。こうして男の1日は始まる。

次に男は、寝起きの重たい脚でキッチンに向かう。キッチンは男にとっての実験室である。ここではいつも様々な粉と水の調合が行われる。常人には理解しがたい、とても危険で汚い場所である。男は毎朝50gのプロテインをシェイカーで水に溶かし、無言を貫いたまま一気に飲む。男はこのプロテインのことを、”神の粉”と呼び、崇め奉る。絶対の存在であるかのごとく。

そうこうしているうちに、男の目も覚めてきたようだ。朝食の時間だ。男の朝食はバナナと卵。必要な栄養素はできるだけ自然界の食べ物から摂取する。人口の素材ではなく、天然の命を頂いているという意識がその根底にはある。他の生命を喰らっているということを意識すると、自ずから身体が食べたものでできていることを考えるようになる。男にとっての食事とは命を喰らう行為であり、食べたものは一栄養素ですら肉体に還元しようとする行為なのである。

食事を済ませた男には、向かう場所がある。そこはある種、工場にあたるだろうか。その場所には、ダラダラと汗を流し、必死になって機械を動かす男たちの姿がある。ある意味職人である彼らは一切の妥協を許さない。良いものを生み出す為には精神を研ぎ澄まし、ただひたすらに作業に打ち込まなくてはならない。同じ動き、ルーティンをひたすらに繰り返していく。どこか一部分でも雑味が出ると、全ての歯車が狂い出す。そんな繊細な単純作業なのである。男はこの工場の中でもトップクラスの技術力がある。この工場でトップに立つには、がむしゃらな努力よりも確実で正確な努力が必要だ。「努力は必ず報われる」というフレーズがある。しかしながら、これは誤りだ。誰でもがむしゃらに努力すればいいわけがない。がむしゃらに努力して報われるのは一握りの天才だけだ。正確には、「”正しい”努力は必ず報われる」である。男はこの技術力において単純作業の繰り返しを正しい努力たらしめている。この工場は職人たちが全ての力を注ぎ込み満足のいったところでその日の活動を終了する。全てが職人次第のホワイトな工場ではある、が、男たちはいつも自分たちに厳しい。毎日極限まで疲弊して帰って行く。

男はその工場から帰ると、すぐに昼食を食べ始める。鶏肉、イモ、緑黄色野菜を再び自然に感謝しながら喰らう。男がモットーに掲げる言葉は「強くなりたくば喰らえ」である。やはり食べ物は、自分の身体にして活かし続ける。食事にはそういった紳士の心を忘れない。

昼食も取り終わると、男は再び工場に向かう。今度は別の生産ラインでの単純作業が始まる。専門用語を用いると、この1日2回の生産工程を”ダブルスプリット”と呼ぶ。男はこの日二度目の作業を慎重かつ大胆に、最後の最後まで集中して取り掛かって行く。面白いのは、この生産において男が最も愛情を込めたラインに最大の成果が出るとは限らない点である。やはり出来の良いラインと悪いラインがある。しかし、男は決して競わせたりはしない。持ち味を活かすことも彼らにとっては必要不可欠なことなのである。

結局夕方まで作業は続いた。男は牛とイモ、緑黄色野菜を再び喰らう。この日も男に妥協の文字は一切なかった。この日1日が自分に誇ることのできる1日になり、自分への評価が高まる。男はこの、自らのブランディングを大切にする。そのため身だしなみにも常に気を配るのだ。
男は昨日、髪を切った。
だが、2、3日後にまた髪を切るだろう。常に自分の変化に敏感である。自らの内面を知ることは難しい。内面・精神は他者との関係において初めて、自分たらしめるからだ。他者がいなければ内面としての自己は存在し得ない。しかし、身体とは物理的な存在である。見れば変化がわかる。自分を知る上で最も簡単な事象とは己の外見の変化を見極めることである。男は筋肉においてこの変化を見極めている。この変化に全てを捧げるからこそ、髪や髭を常に同じ長さに整え、皮膚の質感を保ち続ける。
更に言えば、ブランディングを大切にすることは精神の向上を促す。内面は他者によってたらしめられるが、実際に他者に見られることはない。隠そうと思えばいくらでも内面を偽り不徳を重ねることはできる。
しかし、内面を一番よく見ているのは自己なのである。どんなに外堀を固め、あれた内面を隠そうとも、自己に誇ることのできない自らの精神では、強靭な身体などついては来ないだろう。ここには人体の科学を飛躍した虚構が働いているようにも見える。だが、実際人間という生命は科学に当てはまらない点が多く存在する。科学で全てが片付くのは機械であり、精神とは一線を画するだろう。男は、頭では理論が大切とわかっている。かつ、徹底した実践もしている。それでも理論が全てではないと強く信じている自分がいることも事実なのである。
身だしなみを整えることは精神を磨くことであり、生活で徳を積むことは身体を鍛えることなのである。

男はこの日1日を全うした。昨日髪を切ったおかげで、1日の始まりが清々しかった。そして明日、今日という日を完璧に全うした成果によって、朝はまた良い目覚めになるだろう。今日という日は昨日からの連続で出来ている。昨日を丁寧に生きなかったものに今日を全うできるはずはなく、今日を満足して終わらなければ、明日は最悪の幕開けになるだろう。男はこの真理を知っている。だからこそ、毎日を誇りを持って生き続ける。男が本来ありたかった姿は神の子なのであり、しかしそれになれないことも知っている。だからこそ徳のあるところに精神のありかを見出し、鍛錬を怠らない。

男はシャワーを浴びながら、筋肉の張り、肌の質感、皮下水分の状態を確認し、1日の汚れと疲れを洗い流す。リラックスできる環境が、ポジティブな感情をより引き出してくれる。ポジティブな成功体験は、自己承認に、そして、自信に直結し、この自身こそ、男が舞台に上がった時に一番の力を与えてくれる。この自信は成功に裏付けされているため、驕りとは別物である。
チャンピオンの心理状況として、「俺の隣に並んでいる奴らはデカい。だが、俺よりも理想的な体であるわけがない。俺が頂点でないわけがない。」という状況こそが完成された心理状況である。男たちは誰もがみな、この状態になりたくて日々妥協を許さないのかもしれない。
髪を切る、ヒゲを剃る、メイクをする、衣服を整える、心身を鍛える、食事に気を使う、自分に誇れる生き方をする、全てが追求の形であり、全てが連鎖式に繋がっている。男は自分の中の理想という理想を体現するために生きている。
理想の姿形というのは誰もが持っているものだ。しかし誰もが持っているにも関わらず、それを極限まで追い求める、実践を継続させようとするものはほんの一握りしかいない。理想が変わることはあるだろう。しかし生きている以上諦めは逃げであり、心の何処かに後悔は残り続けるだろう。男はそれが怖くて妥協ができなくなってしまった追求の被害者なのかもしれない。

 

 

男の職業は、そう。

 

 

 

 

ボディービルダー

バタフライエフェクト/手汗王

この映画自体は初めて見た。借りるのに苦労しているところを見ると、相当に人気のある映画なのかもしれない。といった、先入観を持って見ることになった。
個人的にはダンサーインザダークよりも、明らかに見やすい映画だった。ただ、考えだすと複雑な映画だとも思った。

まず、人生は分岐点とその選択の連続である、というメッセージ性を強く感じた。この映画を見て何を感じるか、そこからどう行動につながってゆくのか、それすらも、この文章を書く上で、言葉を選んでいるこの瞬間も、全て人生に敷かれた分岐ルートを自分で選んで進んでいるのだ。

あとは、この手のタイムリープ関連の作品はいくつか見たことがあったが、この作品に限っては、諦めの感情が湿っぽい余韻に繋がっているように思う。オールユーニードイズキルや、バカリズムが脚本を書いた素敵な選taxiといったドラマ作品では、積極的な選択がエンディングにつながっているが、今回のバタフライエフェクトでは主人公が消去法でエンディングを決めてしまっている感が否めない。ここに、一回一回の選択の大切さと、一度決めたルートは最後までやり切ることが選択において最重要であることを認識させられた。

また、映画バタフライエフェクトから教訓として感じることがあるとすれば、後戻りすることの愚かさだろうか。主人公は最終的にどこかで折り合いをつけなければならない。もちろんまだやり直そうと思えば、もしかするとやり直せるのかもしれない。だがしかし、実際に自分が時をかける能力があるとして、何度もやり直しを続けるだろうか。最初は面白いようにその能力を使うのだろうが、きっとそのうち人生に面白さを感じることはなくなるだろう。後戻りができるとは、そう言うことだと思う。もちろんそんな状況で、筋トレに面白さを感じることもない気がする。あの時ああしていたら、こうしていたらと、様々な過去のルートを想像するのは案外面白いものだ。たが、実際にそのルートを体験するのはわけが違う。後戻りできないからこそ、楽しめる、ワクワクさせてくれることがこの世にはたくさんあるのだろう。人間は、明日の自分、来年の自分、未来の自分を想像して、前を向くことができる。これは、後戻りできないことによる産物ではないだろうか。だとしたら、過去を生きずに、今を精一杯生き、できる限りのことをする方がよっぽど価値がありそうだ。そろそろ身体が温まってきた。そう思いながら、僕は今日も、ジムニーとしての日課を果たす。

商品企画/手汗王

○ネーミング
Harahéru Elite

○パッケージ
250ml、エナジードリンクのような存在感のあるデザイン。胡散臭い売り文句は特に記載しない。謎めいた感じであらゆる客層の興味を引けるのが理想。

○ターゲット
体づくりをされている方の増量には勿論のこと、自称少食、体重が増えない、あまり食べられない、食べても太らないというハードゲイナーの全ての方へ

○価格
ワンコインで手軽に買えるプレミール飲料にしたい。100円程度と考える

○内容
体づくりが盛んに取り上げられるようになってきたこのご時世に、体重がうまく増やせない、太りたいけど太れない、食べているのに太らない、などという悩みを抱えている人を度々見かける。そこで今回は、逆転の発想で、ダイエット食品ならぬデブエット食品、増量用食品としてこの飲料を企画したいと思う。お腹をいっぱいにするのではなく、お腹を減らせるドリンクである。
基本的には増量を目的とする、どんな方にも使っていただける。飲むと、10〜30分程度で空腹感に襲われるという代物である。また、マルチビタミンや、非必須アミノ酸、必須アミノ酸を絶妙なバランスで配合することで、栄養の吸収効率アップ、免疫強化、健康管理をも狙うことができるハイクオリティな製品に仕上げている。朝、寝起きに、お腹が空いていることを忘れてしまっている仕事・勉強の合間に、ハードなトレーニングの後の食事前に、食欲の湧かない時、ぜひ一本飲んでもらいたい。必然的に1日の食事回数を増やせるようになるでしょう。もう体重が増やせないとは言わせない。この商品があなたの増量・体調管理を確実にサポートします。

○売り場
コンビニ、スーパー、薬局等
行く行くは全国の自販機や、全国のスポーツセンター・ジムにも流通する見込み

○商品展開
最初は万人に飲みやすいサワーアップルとマンゴーの2種類のフレーバーで販売するが、後々には20種類ほどのフレーバー展開を目標としている。匂いなどでも食欲をそそりたい。

○予想される問題点・課題
正しい飲み方をしてもらうためには、正しい栄養学の知識、理解が世間一般に広まっていく必要が前提として生まれてくる。はじめのうちは怪しい商品として敬遠される可能性がある。

しかし、オフィシャルサイトなどを開設し、缶にバーコードを貼るなどして、オフィシャルサイトにて、正しい商品知識、栄養の摂取の仕方などのコラムを掲載してゆくことで様々な客層からの信頼を得られるようにすることも視野に入れている。

 

 

フィードバック

商品名は個人的観点から略称にさせていただきます。

 

謎缶
ガチャ要素はこの課金厨が溢れる時代にはとても適した発想だと思う。おそらくこの製品が販売されれば、youtuberたちの格好の的になることは間違いないだろう。そうすると、当たり要素を持たせることで売り上げは爆発的に伸びそうだ。コストは多少かさむかもしれないが、ガチャガチャでも、シークレットの中身が欲しくなるのは必然。運試し的に買えたら面白そうだ。

あったかい酒
今までにない商品という観点からは、本当に新しい発想だと思う。コンビニで気軽に温かい酒を買える、というのは、実現すればメリットもデメリットも孕むように感じる。温かい酒がどこでもすぐに手に入るようになれば、便利ではあるかもしれないが、需要と供給のバランスはそれほど取れないような気もする。

青汁
青汁は今までも馬鹿みたいに沢山商品が出されていて、どれも同じような売り文句で売り出されているような気がする。今回の商品は、味重視ということだが、個人的には青汁に新しさはもはや感じない。野菜不足を解消するということであれば、むしろビタミン・ミネラルを調合したドリンクタイプのサプリメントを作り出す方が新しさを感じるし、世のジムニーたちは買ってくれるだろう。ただ、今の日本では、高齢者や女性はとくにサプリメントを怖がる傾向があるため、青汁で親近感を持たせるのは有効かもしれない。ただ、青汁を飲んだからといって、食事のバランスが取れるというような勘違いは防がなければならないと思う。

ルイボスティー
まず、ルイボスティーなるものを飲んだことがないので、珍しいものなのだと思う。いろんなお茶があって飲み比べとかできたら面白そうだと思う。最近は珍しい飲み物がバズる傾向があると思うため、この商品は現代の商品としては向いているのかもしれない。

ゲロ導入
ゲロ導入も新しい発想だと思う。吐くことを目的とした飲料は飲料と呼んで良いのか疑問ではあるが。ただ、わざわざ後から故意に吐くくらいなら、最初から飲む量を考えれば良いと思う。この商品も需要と供給のバランスが取れるかは怪しいところだ。

エントリーシート/手汗王

素敵な人生を送る十ヶ条
1、正しい知識を持つ
情報社会の現代では、誤った情報、エヴィデンスのない情報も短時間で多数に広がり、それが一般論として認識されてしまうことがある。情報の氾濫だ。だからこそ正しい知識を持つことにこだわる必要性がある。誤ったダイエットはやめましょう。
2、栄養摂取を第一に
体調が悪いとほざく奴のほとんどは根本的に栄養が足りていない。特にタンパク質が足りていない。人間の体を作るのはタンパク質であるということを今一度考え直してもらいたい。
3、休養を適切に
睡眠の重要性は大学生が一番よく知っている。しっかり寝るべきである。
4、生活にルーティンを
生活の中に何か軸となるものを置くことで1日にメリハリがつく。どこかでルーティンを決めることはコンディショニングにとっても重要だ。
5、目標は細かく
大きな目標を達成するためには、小さな目標を細かく定めて何かを追い続けている状況を作ることが一番だ。細かな目標のチリツモが一年後、さらに後の自分の人生を大きく変える。
6、マイナス意見は耳に入れない
プラス思考を持つことが大切だ。類は友を呼ぶ。プラス思考はプラス思考を呼び寄せる。しかし、プラスにはいつもマイナスが付いて回るもの。だからこそ、マイナス意見は耳に入れない。メリットだけを追い求めるべき。
7、モチベーションを大切に
モチベーションは大切だ。気分の乗らない時、疲れがたまっている時、無理をするのは良くない。サボる時にはとことんサボろう。辛い努力がいい結果につながるわけではない。正しい努力が大切。楽して成功するのが一番。
8、自らの変化に敏感に
自分の状態を把握することが重要だ。外面も内面も。過去と比較して、現状を把握する。現状の把握が次の課題設定、調整の基準点になる。
9、他人との比較を断つ
人生とは自分のものだ。誰もが自分の人生の主人公である以上、他人との比較にはほとんど意味がない。人生は常に過去の自分との比較なのである。
10、将来のビジョンを持つ
人生の理想形を定めて置くことで、生活に常に目的意識が生まれてくる。目的意識は、人生を素敵にするための大きな要因になる。

これは筋トレにおいてとても大切なことであり、延いては人生を素敵にしてしまうことである。

学生時代にそれぞれ、様々なことに取り組み、体験されてきたと思います。将来、自分の子どもが大学へ進学するにあたってアドバイスをするとしたら、どのような言葉を伝えますか?話しかけるようにお書き下さい(50文字以上400文字以内)

好きなようにやったらいいね。大学は自分の意識の持ち方次第でたくさんの刺激がもらえる場所になるね。目的を持って何かをするのに越したことはないけど、目的がなくてもいろんな経験をしてやりたいことを探すことが大切ね。それでも、もし、やりたいことがわからなければ、とりあえずダンベルだけ握っておけばいいね。

立方体を使って新しいスポーツを作ります。立方体の大きさ・色などは自由に設定して構いません。ルールを考え、そのスポーツの醍醐味をお書きください

手のひらサイズの立方体を投げて、飛ばした距離を競う、新しい投擲競技です。重さはソフトボールくらいにします。球体ではなく、立方体であることで、掴みやすさや、投げやすさのクセが強く、また、空気抵抗、回転なども考えなければならない為、的確な技術も必要になると考えられます。立方体の大きさを変えて階級別にするのも良いかもしれません。

.あなたをモノにたとえると何ですか?その名称と理由(200字)

泥団子
醜くても、栄養(砂)を与えて、ブクブクと大きくしていく様はバルクアップ期の自分と同じものを感じる。また、しっかりと休ませる(寝かせる)ことで、本体の筋密度(密度)はより高くガッチリとしたものになる。仕上げでは、表面を磨きに磨き上げる工程に入るが、弱点を補いつつ、醜かった部分を削り取っていく様子は、まさしく弱点部位を補強しながら脂肪だけを削り取っていく減量期と同じである。最後に日光に当たり、体表を黒光りさせることで完成体となる。

今までで忘れられない味は?

減量中のプロテイン ソルティッドキャラメル風味低脂肪乳割。今は何を食べても味なんてすぐ忘れてしまう。ただ、人は極限状態に追い込まれた時に栄養として摂取出来たものを美味しいと感じるのは間違いないと思った。それは味覚的な美味しさというよりも、整体維持機能からくる本能的な美味しさという感覚だろうか。「空腹は最大の調味料」という言葉があるが、あれはまさしくそれを意味しているのだろう。本当に美味しいものというのは長く辛い減量であればあるほど、その先に確実に待っているのではなかろうか。

3000万円あったら何をしますか?

格安でジム経営。自分が認めた人しか使えない。自分の独断と偏見から、最低限の選りすぐった器具を用意。フリーウエイト重視。従業員も特に雇わず個人経営する。
もしくは金がなくなるまで、ロサンゼルスに筋肉留学。筋トレにおけるメッカ、ベニスビーチのゴールドジム一号店を拠点として日々怪物たちとトレーニングに明け暮れたい。ハングリー精神を四六時中刺激することで、自分の筋肉と人間の質を高めたい。また、言語の壁を超えた、筋肉によって繋がるコミュニティーの形成について実際に体感したい。

集中講義/手汗王

善意にしても、悪意にしても、自分の価値観の押し付け合いがテーマだったようにも思う。
全ての人間が何かしらの考えを持っていて、それを相手の価値観を無視してでも押し付ける場面が多く見られたように感じる。
最終局面ではセルマがジーンのためにと、自らの命を絶つ結果に至ったように思えるが、それがジーンの価値観で見たときにどう映るのか、セルマの価値観の押し付けなのではないか、誰かの視点に立つと言う重要さを主役を盲目にすることで強調したかったようにも見て取れた。

結局人間はみんな全ての事象・感情を見ることなんてできなくて、そんな盲目な様を、自分は何も見えてはいないと自覚して、他人同士が寄り添えるだけの器を持つことが大事だと伝えられた気がする。

 

理不尽とか、どうしようもない事がこの世にはあると知らせてくれる、良い映画だったが、理不尽な現象はやはりこの世で一番嫌いな現象だと再確認できた。全ての理不尽を力で根絶できるようになりたい。

 

自分の見る洋画では、いつも目を引くようなマッチョ俳優が一人や二人出てくるが、この映画ではそういった筋肉獣は登場しなかったため、少し残念だった。ヨーロッパでも、ラテンとゲルマン、スラブでは好まれる役者が違ってくるのだろう。
役者・演者で映画の雰囲気もガラッと変わるのだろうと思う。

信者とアンチ/台風/手汗王

信者

  • 特定の宗教を信仰する者。別に信徒(しんと)、檀信徒(だんしんと)、「~教徒」とも言う。
  • 上記より転じて、特定の個人や団体や主義や製品などに熱中し、異なる主張を客観的に判断できない者。

 

アンチ

  • 「反対」「対抗」「違背」を表す接頭語。
  • 日本のインターネット用語では、より派生して、特定の個人・団体・企業・製品などを嫌悪し、掲示板等で執拗に叩く者、即ち「ヘイター」を指す(例:「アンチ巨人」「アンチ2ちゃんねる」)。度合いとしては、ファンの対極に当たる者から信者の対極に当たる者まで、等しく「アンチ」として表現される。

 

Wikipediaより

 

 

最近の暇つぶしといえば専らYouTubeを見ることになっている。

というのも先月の台風で、部屋のテレビが壊れたからだ。もう一ヶ月くらいテレビを見ていない。

テレビが使えなくなった当初、困惑の連続だった。

 

まず、一番響いたのはPS4を封印されたことだ。リモコンが反応しなくなったために、入力切り替えができないのである。ここで、僕のゲームというアイデンティティのひとつが削り取られた。なんだか寂しい気持ちになった。

あとは、電源を入れると、度重なるフリーズ、しばらくすると電源が落ち、またひとりでにつく、これを延々と繰り返していて、もうこの時点で怪奇現象害悪マシーンでしかなくなったので、コンセントを抜かせていただいた。

こうなってしまうと、三種の神器の一つであるテレビがない生活は想定外すぎて、不便なのだろうと思っていたが、案外そうでもなかった。

見たかった番組は違法アップロードされたものを、インターネットを介して容易に見ることが出来たし、大きなニュースはいつもLINEがお知らせしてくれる。気になる出来事はtwitterを見れば良い。

そうなってくると、テレビが使えなくなってもライフスタイルは大して変わらないものだと実感した。これにはネットテレビやYouTubeのような動画配信サイトの市場の拡大が大きな要因である事は想像に容易い。決まった時間に決まったチャンネルで動画がアップされるのは、もはやテレビとなんら大差がない。

結果、今の僕のテレビにあたるものはMacBook Proに映っているYouTubeの動画の数々だ。もはや家にいる間は常に動画が流れ続けている。音がないと落ち着かないからテレビをつけておく感覚と全く同じだ。

 

そんな僕の今のマイブームといえば、YouTubeの動画のコメント欄を読みあさることだ。中にはその動画の背景知識を与えてくれるもののような、一緒に見て、よりその動画を興味深くしてくれるものもある。

しかし、そのほとんどがくだらないキッズのコメントばかりである。

更には、ときどき信者とアンチの論争が繰り広げられることがある。この論争が結構キモい笑。誰得なのかわからないこの論争を高みの見物するのがとても面白い。揚げ足を取り合う感じが底辺の争いをしているみたいで愚かしい。どっちの主張が勝っても誰も得しないただの当人の自己満で終わるところがまた、バカバカしいと言うかなんと言うか。

最近でいうと禁○ボーイズやラ○ァエルといった大物YouTuberたちの復帰に際し、様々な場所で論義が繰り広げられている。数ヶ月前に何かとやらかして謹慎していた彼らだが、個人的に彼らの動画自体は他との差別化が図れていて好きな部類だった。信者とまではいかないが。

また、 筋肉YouTuberのコメント欄ではよく“見せ筋”という鋭い暴言が横行している。見せかけだけの筋肉→見せ筋である。悲しい気持ちになった。だが、信者たちはこの暴言に、“魅せ筋”=魅せるための筋肉と返しているところにレベルの高さを感じた。

コメント欄を見ながら動画を見るのは、過度な信者やアンチを見下して、自分に多少の優越感を与えるところがあるからなのだろう。他人のしょうもないところを外から眺めていると、自分はそこまでしょうもない人間ではないと感じられるだろう。

だが、結局、そんな分もインターネットを使わない人から見れば、ネット信者、YouTube信者な訳であり、誰かから見下される対象になっているのかもしれない。YouTuberの現状がそれを物語っているだろう。

人間は、それぞれに価値観がある限り、なんらかの信者であり、なんらかのアンチであることからは免れることはできないのだろう。そしてそうである以上、他の価値観を持った人たちと軋轢を生じることも避けては通れない。大きな話になれば、アメリカ、北朝鮮、IS、戦争、民族紛争、国際問題、などにも繋がっている話である。今あげたこれらですら、みんな価値観の違いで争っている。

大きな問題として考えると意識しにくい信者とアンチ。そんな、どうにもならない世界の縮図をパソコンやスマホというひとつの画面上で眺めることができるというのが、ネットテレビやYouTubeの本当の魅力なのかもしれない。

 

以上、台風でテレビが壊れ、ゲームというアイデンティティの一つも奪われた男の末路でした。

 

 

作    プロテイン信者兼アンチステロイド

 

 

 

 

今回自分は、台風に関して二千字ずつで2パターンの文章を手がけた。

一つ目の文章は、久しぶりに書く文章だったので、書き方を思い出しながら描き始めて見たが、何パターンか内容を考えてもそれぞれですぐ飽きてしまうので寄せ集めのようにして、うまいこと繋げてみた。書くための題材は割と増えていたが、書くという行為の難しさを改めて痛感した。

二つ目の文章は、新しいスタイルの開拓に少し挑戦してみた。書いていて意外と書けるじゃんと思いながら書き進めてはみたが、千字ちょいで行き詰まってしまった。結局、少し筋肉の力を借りて打開したが今後に向けて良い足がかりにはなったと感じる。

課題としては長い文章を書く際に、どうしても飽きっぽくなって本質を見失いそうになることが多々あったため、完成した作品へのヴィジョンを持つことが大切かと思う。理想の体を想像して筋トレするのとおんなじ事だ。頑張ろう。

 

他人の書いた文章を読むのも久しぶりであったから、恐れ多い感じで読んだが、結構ジャンルが様々で、面白かった。同じ形式のものを比較しながら読むのもそれはそれで良いところがあるとは思うが、いろいろな形式の作品を一気に読むと、飽きないというか一回一回リフレッシュされてなんか良い感じだった。いい刺激もらいました。

非日常/台風/手汗王

台風は非日常の象徴、悲傷の感情を顕著に表象しているように思う。

これは台風の日に多くの健康おたくが送る激しい一日だ。

 

暗雲

台風の日は外が真っ暗で目覚めが悪い。そもそも、人間の体は朝一日光を浴びることにより、体内でセロトニンが分泌されて、脳が覚醒状態に入るものだ。そうしてセロトニンがドーパミンや、ノルアドレナリンを抑制し、感情を落ち着かせる。セロトニンなしには人間の心身はまともに働かない。更に言えば、この日光による刺激から14時間後にメラトニンが分泌されるように時限システムが作動するのだから、日光がないと人間の時間感覚は狂い始める。夜メラトニン不足に陥ると不眠症が始まる。朝日の出ない日など、体内時計がリセットされないのだから、本来目覚めるべき朝ではない。こうして人の体、感情は朝一番の外的要因によって簡単に左右されてしまう。罪人が悪事を起こすきっかけも大元を辿れば、この暗雲によるセロトニン不足にあるかも知れない。そうなると、台風による日光を遮断する暗雲は人間にとって最大の敵と言えるだろう。ということで、今日は寝ていた方が良い。と、あれこれ考えて寝ようと思った結果、起きるのはクソだるかったけど、暗いからって昼まで寝て、栄養が欠如して筋分解するのが嫌すぎてその日は仕方なく起きることにした。

 

重さ

外の薄暗さで、気分も重くなる中、いつもの健康リサーチが始まる。パソコンを開いてブラウザを開き、赤の再生ボタンのマークを探して、ページを開く。ページが開くとまずは登録チャンネルのチェックを抜け目なく行う。見てない動画があれば再生する、再生、、っと、、、再、ん、、、、、、?いつもと同じように再生できない。重いのは気分だけではなかった。通信の重さに気がついた瞬間、より一層気分が重くなってしまった。通常ならこの時間でサプリメントやワークアウトをリサーチしその日の生活で実践してゆくのだが、それができずに頭の中が空っぽになってしまった感じである。しかし、こんなことでへこたれず食事で気分を盛り上げることにした。日頃の知識の蓄積を生かしてPFCバランスよくしっかりと食べる。体が重くなることで気分が軽くなった。通信が重くなったぶん、頭が軽くなった。

 

いつもの光景

いつもとはまるで違う、クソみたいな悪天候の日でもバーベルとの対話は怠らない。ジムへの道中、降り注ぐ雨風、水浸しの足元で道のりがいつもの倍以上に感じてしまう。通り道の公園にもいつもの子供達の姿はなく、殺風景漂う雰囲気だ。そうして重くなった足でようやくジムに着く。ダルそうに中に入ると、中にはいつもと変わらない形のシャフトがあった。持ってみると、ああ、やっぱり、いつもの重さだ。部屋のライティングもいい感じ。それからふと、辺りを見回すと、そこら中にいつもの屈強な健康おたく仲間たちの姿だ。「今日どこ?俺は肩。」「ま?俺胸だわー」「ちょっと足やって死んでくる、、、笑」いつもの会話がある。ここでは皆、台風による異様な空間から、現実の世界に戻ってこられる。なんら変わらない日常を再確認する。ただ変わっている、変わり続けることといえば各々の体のサイズくらいなものだろう。あれ?あいつまたでかくなったなあ。

 

喜怒

雨はますます強さを増して降り続いていた。しかし、すぐに栄養を補給しなければならない。それも早急に。傘をさして早歩きをするが、傘などもう意味をなしていない。雨風は地面と平行に吹き荒れていた。これほどまでに天変地異の類を止めたいと感じたことはない。怒りが募った。それからの帰路では、どうやったら雨を殺せるのか考えていた。アメリカでは、雲の上から乾燥剤の様な粉をばらまいて雨雲を消したことはあるそうだが、ものに頼っているだけな気がしてしまって物足りない。漫画『刃牙』にて、主人公刃牙の父『範馬勇次郎』は地震を地面にワンパンチして止めた。誰もが、こうした天災の殺し方に憧れる。そしてこれはこの作者や、それと同じように、天変地異を制したいと考える人間が少なからずいるという証明だろう。現状人間は自然に対して、外界に対して無力すぎる。結局自分と戦うことしかできない。台風による激しい風雨は自分たちの無力さを思い出させてくれるという面では感謝に値する。喜ばしいことだ。

 

台風の激しさ、厄介さ、規格外、想定外の存在の強さを身を以て知ると台風の目の存在には驚く。一度目の中に入れば、それは平穏そのものだ。しかし、台風という自然現象は目があることで台風という存在になるわけで、目がはっきすればするほどに強力な影響を及ぼすらしい。『台風の目になる』という慣用句がある。よく言ったものだと思う。とても強そうだ。騒ぎの中心にいる、周囲をかき乱すと言った意味で使われている。そして、デビューしたての健康おたくたちなら誰しもが大会の際に台風の目になれる様にと思いながら、でも心の内側でギラギラとした太陽を隠しているのが非日常によって垣間見えたりするものだ。

到達点/ネット記事/手汗王

http://www.yukawanet.com/51097/archives/5242376.html

えげつない、、、トップボディビルダーでもここまで極限の絞りができる人はそういない。段違いなバスキュラリティである。少し細めの足ではあるが、ここまで絞れていればベストボディで入賞はできるだろう。

人間はより強い部位ほどカットやバスキュラリティが出やすいと言われているため、ツールドフランスの選手は相当に脚が強いということになる。腕からも考えるに、この選手は体脂肪率もかなり低い。どんな競技でも極限まで極めるとその人の姿は、人類の到達点に近づくように感じる。かっこいい。

トレーニングに理由付けは必要ないが、強いて理由を付けなければいけないとすると、その一つに人類の到達点に立ちたいという願望がある。これは漫画「テラフォーマーズ」のマーズランキング1位、ジョセフGニュートンを見てとても感化されたのであるが、結局は様々な能力を引き出す上で能力の限界は筋肉で決まっているだろう。どんなスポーツ選手も筋トレは怠らないし、強ければ強い奴らほど、凄いトレーニングをしている。ラグビーニュージーランド代表、オールブラックスのトレーニング動画をみたが、自分がいかに底辺で争っているかを思い知らされる。自分の肉体に満足できた時、それはきっと人類の到達点に立つ時なのだろう。到達が先か死ぬのが先かの勝負だ。人類の到達点というと、もう一つ面白いものがあった。

http://tocana.jp/i/2017/07/post_13852_entry.html

人工知能を駆使して最強のソルジャーをつくることができるそうだ。世界がmarvel化してきている笑。これは、男なら誰もが通る道の一つ。スーパーヒーロー方面の人類の到達点だろう。超能力、超感覚をもった兵士など、キャプテンアメリカしか思い浮かばない。なれるなら一度はなってみたいものだ。筋トレを続けていればスーパーヒーローになれるのではないかとすら思っている。人間の進化は、どちらに進んでいくのだろうか。肉体的進化を遂げるのか。科学的進化を遂げるのか。二項対立、二者択一式の進化の方向に見えるかもしれないが、先にも述べたmarvelヒーローたちは、両方を追うことで人類に到達点を見せてくれているようにも見える。二兎を追うことで二兎を得ることもあるのかもしれない。

最強の人間になりたい

渇望/物申す/手汗王

俺の肉体が俺の精神を黙らせる。

最近は何かに物申す気すら湧かせてはくれない。何かに、誰かに物申す暇があるなら己がでかくなれば良い、強くなれば良い、と俺の足ををジムへと運ばせる。どんなに嫌なことがあっても、イライラしてもシャフトを握って汗を流しているその瞬間だけは有無を言わさぬ自分と向き合っている時間だ。ここ何日かは、筋トレの回数を増やしたくて仕方ない。1日一回で満足できなくなりつつあるのだ。身体が、いや、精神が鉄亜鈴を欲している。

もはや俺の頭は病気だ。食事管理に楽しみを見出しつつある。食事を減らせば身体はしぼむ。食事を増やせば身体は膨れ上がる。この、日々の些細な体重の変化、質感の違いすら朝起きるたびに、食事を取るたびに楽しみなのだ。そのため、鏡ばかり見るようになった。これをナルシストと呼ぶものもいるだろう。しかし、これはむしろ観察実験である。理工学部の彼らよりも熱心な研究をしていることになる。コンテストを意識してから、人生観がまたしても二転三転している。

これは渇望だ。トレーニングを欲している。理想の筋肉を追求したい。渇望が果てるところを知らない。なぜ惹きつけられるのかはわからないが。

そこで俺は物申す。自分自身に。ここで終わって良いのか?良いわけない。トレーニング中、最後の1セット、最後の1レップ諦めるな。この筋力、形、質感で満足してはいけない。筋肉痛が緩すぎる。人間の到達点を確かめるために、今日も俺は自らに物申し続ける。

TO 大人初心者/人生案内/手汗王

仕事をするって大変なことですよね。生活の質とか幸せとは何かとか、向き不向き、好きなこと、考え出すときりがありません。自分の手に入れたい生活がどんなものか、僕もイマイチ見つけられていません。

しかし、たくさんの経験を積むのはとても良いことのように感じます。なぜなら新しい経験を積むことや進歩することは、昨日の自分を超えることになるからです。毎日、昨日の自分よりも強く成長してゆけば、今現在が常に自分史上最強ということになります。そして死ぬときに自分が一番誇れる姿でいれることが最善だと考えているのです。すると、人間は死ぬまで可能性は無限です。

なので、とりあえず新しいことを吸収し続ければ良いと思います。そこでより自分を好きになれる道に進むことがベストではないでしょうか?自分自身を信じてみてください。

手っ取り早く新しいことがしたいなら筋トレはいかがですか????