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レポートによる死を覚悟した/遺書/きりん

遺書状

 

遺言者きりんは、この遺言書によって、父きりんパパ、母きりんママ、友人くま、ひつじ、とら、いのしし、あざらし、りす、ふくろうに対して次の通りに遺言する。

 

1. 現金全額を父きりんパパに相続させる
2. 私室の蔵書から当人の好むものを友人くま、ひつじ、とら、いのしし、あざらし、りす、ふくろうに託す
3. フルートを友人あるぱかに相続させる
4. 楽譜の全てをあにまる国立大学管弦楽団へと寄付する
5. 焦茶色のマグカップ一点を友人いんぱらに相続させる
6. 残り全てを母きりんママに相続させる
7. 全ての臓器を臓器移植へと提供することに同意する

 
記     平成29年1月31日

住所     神奈川県横浜市保土ヶ谷常盤台●-●●-●

遺言者  きりん   印

 

 

これで良し。
あとは印を押すだけ。

ユーレイと雪/ぜんぶ雪のせいだ/きりん

ワガハイハユーレイデアル。名前は覚えてない。
今はとある眼鏡の青年に憑いています。
自分はユーレイにしては珍しく死んだ自覚があるほうで、そのせいで、というか自意識がいったん断絶しちゃっているから、生前のどんな縁でその人に憑いているのか自分ではもう思い出せない。私が憑いていても別に元気に過ごしているみたいだし、ちょっと申し訳ないけれど、まぁ自分の家みたいなものだと思ってる。ね?おうちさん。

今日、おうちさんはスキー場へやってきた。おうちさんが普段暮らしているあたたかな海沿いではなかなか雪が降らないから、私も久しぶりに雪をみる。憑いた人からはあんまり離れられないし、洋服もあんまり複雑なつくりは想像できないから結局いつも白いワンピース。ユーレイもなかなか不便なのだ。

生前はたぶん雪遊びにきたことがあった……気がする。コース半ばでお友達とはしゃぐおうちさんを頭の上から眺めていると、なんとなくもっふもふの雪の感触がよみがえってくる。ちょっと離れたところで、一人まっさらな雪の上にダイブしてみる。実体のない私のカラダは、何の跡ものこさずに雪の上へふわりと落ちた。そのままごろごろと転がってみる。雪へ沈み込む重さがないのはさみしいけれど、半分埋もれて見上げる雪空はいつかの記憶のままで、なんだか胸の奥が火を灯したみたいにあたたかくなった。

ちょっと離れすぎたみたいだから、一度おうちさんたちのところへ戻った。少しくだった端のほうで雪のかけあいっこしてる。ああ、おうちさんやお友達たちと雪合戦をしたり、カマクラをつくったりしたら楽しいだろうなぁ。普段なら彼らに干渉しようなんてぜったい思わないのに。なんだか体のまんなかがあったまって、逆にひんやりとした手足の感覚がもどってきちゃった感じ。
そうだ、ユーレイの必殺技「ポルターガイスト」!!あれを使えば、雪玉ぐらいはつくれるかもしれない。ちょっと不気味がられてもいいや!とにかく、雪をかき集めてぎゅっと固めていけばいいはず。おうちさんの傍らを陣どってふかふかの雪に意識を集中させる。うわ、全然動かない。片手ですくう感じをイメージして……。
なんとか片手分の雪を浮かせたときだった。わっ、と周りが騒がしくなった気がして、顔をあげた。
おうちさんがいない。
急いであたりを探しまわると、すぐ近くの崖を降りたコース外で見つけた。血は見えないけど、倒れて動かない。どうしよう、落ちてしまったのか。もしかして私の念の余波かな。浮かれてたから、暴発しちゃったのかな。せめてお友達のいる崖の上まで体を運んであげたいけど、手はすり抜けちゃうし、念では彼のうでぐらいしか動かせない。

どうしよう。
ぜんぶ雪のせいだ。

“共作”がお題とはつゆ知らず/共作(添削)/きりん

カフェ

珈琲はお好きだろうか。それともお茶派か。
先日、大学のスタディツアーでオーストリアの首都ウィーンを訪れ、異国文化としてのカフェを体験した。このツアー、もちろん事前からの研究と事後の公開発表付きなのだが、同級生がテーマにしていた“カフェ”がなかなか面白そうであったので少し便乗させてもらう。

多くのガイドブックで、ウィーンはおしゃれなカフェの街として推されている。ザッハトルテやフルーツタルト、コーヒーの数々。目の保養とばかりに写真の多い特集ページ。

カフェといえばヨーロッパなイメージが強いが、コーヒーを出す店舗としては1554 年、現在のトルコ、オスマン帝国の首都イスタンブールが最初である。
オスマン帝国がウィーンを包囲し、神聖ローマ帝国が絶対絶命の危機に陥ったのが1529年と1683年。宗教的にも対立するなか、当時のローマ法皇が「悪魔的な飲み物にしては美味し過ぎる。異教徒に独占させておくのはもったいない」と言い、洗礼したとかしないとか。
そうしてウィーンで最初にカフェができるのは、果たして1683年のことである。

余談が長くなってしまった。
実際のところ、日本と違うと思ったところは3点あり、まず1つ目としては店の多くが個人経営である点だ。スターバックスのようなチェーン店もあることだし、また裏で巨大ファンドによって繋がっている可能性も否定はできないが、店内の照明やケーキの選び方、コーヒーの種類など、店ごとの個性は非常に豊かである。
次に、一人客が少ない点。おしゃべりに興じる客が割に多い。まだ保育園にも入っていないような幼子を連れた家族も訪れる。ともかく、店内でノートを広げて勉学に勤しむ、あるいはパソコンを叩く人は少ない。
そして、一部のカフェが観光地化している点だ。ザッハトルテの有名なホテル・ザッハーのカフェなど、まず観光客しかいない。あんなに外国人の多い店を日本では見たことがなかった。

結論として、日本とウィーンではカフェの用途が異なることがわかった。日本におけるカフェの用途はウィーンと同じように人が集い、団欒を楽しむ場と、個人が自宅以外でくつろげる場という二極化しているのだ。
ということは、いっそコーヒーの飲める自習室のような、静音カフェを設置し、客層をわけるというのはいかがだろうか?おしゃべりを楽しむ人も、静かに没頭したい人も意識が集中できて良いと思う。

午前11時のカフェでつらつらと考えている。

残るのは幸せだけ/食レポ/きりん

「大きなスプーンで、大胆に食べて?」

そんなCMを思い出した。今日の贅沢はハーゲンダッツ・チョコレートブラウニー。

このアイスクリームは溶けるのにすこし時間がかかる。これもCM情報。確かにカチコチであったので、先に熱いお茶と、それから大きめのスプーンを傍らに並べてスタンバイOK。
そろそろ良かれとフタを外し、まずは端からなめらかな表面にスプーンをたてる。いただきます。最初の一口はブラウニー少なめ。濃厚なチョコレートの香りが口中に満ちる。でも後味は思いの外甘くない。次の一口にはブラウニーが。存在感はあるのに、すぐにとろけてゆく。程よい苦味が心地よく、ついたっぷりと味わいたくなってしまう。

気がつけばカップは空っぽ。チョコレートのほろ苦い甘みと気配だけが私を包んでいた。ああ、幸せ。

 

あなたもぜひ、楽しんでみて?

ジャンプと文豪/夢の対決/きりん

ごめん、こないだの牛乳代、今日持ってくるの忘れた

手元に30円しかねえ

いいよ別に

明日でも

どしたの?今日めっちゃ機嫌いいじゃん

いやね、ついさっき、古本屋で好みどまんなかな素敵装丁の芥川を獲ったb

あれ!?自主休講かな⁉︎

なんにせよお疲れ様です

こちらは月曜お昼のジャンプというささやかな喜びに浸るわ

あいかわらずのジャンプwww

お前にいわれたかねーよ活字中毒者wwwコッペパンとジャンプで俺の月曜日は支えられている

確かに月曜一限をぶっちし、とりあえず一読するために三限に間に合う気もないけれど、それは芥川が講義より優先されるというだけで、月曜日に限らず俺の日々の生活は小説によって支えられている

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うるせぇ。明治の書生ですか?中二ですか?

いつまでたってもヤンジャンに移れない奴に言われたくないな

週刊って実際コスパ悪い

ジャンプなめんなwww

いや実際未読本をツムツムするより金かかんないし

そういうとこさっさと読んで再生紙リサイクルした方が資源の有効活用だろ

てか何ヶ月も間あいたら内容忘れるしな

おまえが明治期の貴重な輸入本を

あっ、これボロボロじゃん!捨てとくな!

という図がいま脳裏をよぎったから、今度からおまえをうちに呼ぶのはよしとく

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 てかおまえ今日ジャンプ買わなかったら牛乳代払えたろ

ジャンプは必需品。月曜日限定。

百円玉は逃げない

てかお前今日来ないんだろ?

なんかさっきコンビニで見えたジャンプの表紙が急にひどくむかつくものに思えてきたから、ちょっと買ってくる!

破壊用に

(°Д°)

やめれ

イブの格闘/大作戦/きりん

「サンタさんまだかなぁ!」

暖炉の前に陣取り、今か今かと待ち構えるこどもを横目に、私と旦那はこっそりと顔を見合わせた。
中古の一軒家、築30年の我が家には、とっておきのオプションとして煙突と暖炉がある。するとどうだろう。恐らく日本の多くの家庭で行われる
ママ!どうしよう、煙突がないからサンタさん来られないかも…!
大丈夫よ、窓か玄関か、その辺から入って来られるから
みたいな会話が発生せず、つまりサンタの入口は特定されてしまうわけで「僕、ここで待つ…!」と、暖炉の前からてこでも動かないこどもが1人出来上がる。
暖炉は滅多に使わないし、煙突なんて掃除もしてない。そもそも成人男性の入れるような太さでもない。それでもお子様の概念的サンタさんは入り込めるらしい。プレゼントは寝室のクローゼットの一番上に隠してあるから良いけど、このままでは暖炉がある居間のクリスマスツリーのところへ置くのは難しい。
時刻はすでに11時近い。24時を越えたらもうクリスマスになってしまう。その時まだ起きていたら、息子はクリスマスになったのにサンタが来なかった、とギャン泣きするだろう。

なんとかして寝かしつけなければ。

作戦1
「ほら、もうこんな時間よ。早く寝なさい」
「やだ!サンタさん待つ!」
失敗。

作戦2
「あなたは段々眠くな〜る、あなたは段々眠くな〜る」
無言ではたき落とされる手。
失敗。

作戦3
「パパとママが見張っておいてあげるから、少し寝ておいで。サンタさんが来たら起こしてあげる」
「え〜パパもう寝てるじゃん!ママだと気づかなそうだし」
何を舟漕いでいるんだ旦那。
「明日寝坊するわよ!」
「しないもん!」
失敗。

作戦4
眠気を誘うような海外のクリスマスソング、もとい聖歌をかける。そして大人はワインを楽しむ…!
「……。」
おっ!効き目があるようだ。
有効。

作戦5
「わかったわよ。今日はここで寝ていいよ。そしたらサンタさんが来てもわかるでしょう」
「うん」
居間のソファーに毛布を用意し、被せてやる。親2人でほっと一息。
成功。

結局24時を目前にして息子は寝落ちし、あとはこっそり置くだけだった。
まだまだサンタの正体は悟らせないぜ…!

発つ鳥跡を濁さずに/かたづけ/きりん

 朝日のまぶしさで目が覚めた。時計をみる。6時53分。悪くない。ぬくぬくとしたベットを降り、タンスの引出しをあけて、時間をかけて着替えと下着を選ぶ。かわいいもの。今着たいものをゆっくり探る。決めたら着替えて、タンスのなかの残りはダンボールに仕分けて詰める。

 あらかた詰め終えて、ようやく朝食。コーヒーの為にお湯を沸かしながらパンを温め、ブロッコリー、トマト、チーズを挟んでサンドイッチにする。これで冷蔵庫はきれいに空。ここまで空っぽだと、ちょっとした達成感がくすぐったい。食べながら時計を見た。8時47分。約束の時間まであと1時間と少し。化粧をせねば。

 「ごめん、待った?」
 「んや?大丈夫」
 「なら良いけど」
 「どこ行きますかね〜」
 「どこいきましょうね〜」
 彼と2人で出かけるのは何度目だろう。まだ片手の範囲内かな。もう超えたかもしれない。会ってからは4年が過ぎようとしている。私はこんなに期待しているのに、相変わらずな関係。進める勇気は多分お互いになくて、仲が良い、のまま。今日こそはどうしようかとも思ったけど、やっぱり顔をみるとアクセルを踏み込むようなことはする気が失せてしまう。でも、せめて手は繋いでみたいかも。そこまでならまだ甘えで許してもらえるかな。他愛もないことを話しながら、彼の袖に手を伸ばした。

 食事を食べ終えてちょうど席を外したところで、携帯が鳴る。最近では珍しくもないが、姉だ。
「もしもし?」
「もしもし~?お姉ちゃんだけど。また洋服届いたわよ」
「あ、そうそう。お古で悪いけど、あんまり着てないのも多いから。お姉ちゃんか佳奈ちゃんが将来着られるようなのがあれば良いんだけど」
「いや、ありがたいけどさぁ」
どうやらこの前送った荷物が届いたらしい。
「今日ね、また冬物送ったから。そのうち届くよ」
「また?」
 適度に切り上げて席へ戻った。ぽかぽかと暖かい陽気に目を細め、彼は外を眺めている。視線が合うと、向かい合って座る互いの顔があまりにも眠そうで、二人して笑ってしまった。

 夕方、「じゃあね。もう会わない」といって彼と別れた。驚いた顔してたな。私は私史上最高の、渾身の笑顔がつくれていただろうか。

 海際の岸壁を照らす日が暮れていく。灯りの無いこの場所だと、そろそろ文庫本の文字を追うのが難しくなってきた。選びきれないからと思って大概の本は売ってしまったけれど、読んでいると本というものはやっぱり面白くて、一冊だけでも鞄に入れっぱなしになっていてよかったと思う。
 「残された時間は、あと二か月ほどだと思ってください」
 あのとき渡された二粒の錠剤を手のひらでもてあそぶ。飲んでから二時間ほどの間なら、応急措置をすれば助かるらしい。安全装置?とか。ご丁寧に砂糖でコーティングされてたり、そんなところ、要らないのに。この薬をもらう目的はただ一つなのに。

 わざわざ足を延ばしただけあって、風が気持ち良い。

 目を閉じて、錠剤を口へ放り込む。目をあけて、藍色の空に見守られながら、喉元の違和感を飲み込んでしまう。

 海が温かいといいな。そう思いながら、ゆっくりと落ちた。

monolouge/きりん/気になるあの人

何がすごいかって、あの文量を全部カタカナ変換したことだ。なんとも無意味で全力のはけ口。彼に敬意を示して。

22:59 yujin kara studio kadai ni hissi tono renraku. Watasi ha sokode youyaku omoidasita. Yaraneba. Demo sono mae ni ohuro hirou.
(室内)席を立つ音。しばらく後、ドアの開閉音。
Rarachmaninov piano concerto No.3

23:24 kaika ni ori, oyu wo wakasu.
(室内)テレビの音声。
(私)「お茶飲む?」
(父)「いいねー」
Tuideni cici no bun mo. Watasiha mag cup ni, cici no bun ha yunomi ni. Trump si to Clinton si no daitouryousenn ni omaturisawagi no NHK. Amari jyoudangotodehanai to omou. Sate report ni torikakaraneba. Cup wo motte heya ni modoru. PC wo kidou.
Khachaturian Masquerade

00:19 itunomanika ongaku a togireteirunoni kizuku. Aratani mebosii kyoku wo sagasite kakenaosu.Owaku ha siagatta darouka.
(室内)ビニールをあさる音。咀嚼音。
Cyoubun wo kangaeru mae ni chocolate wo kuci ni hourikomu. Yatterarenai. Attoiuma ni hukuro ha kara ni naru.
Khachaturian spartacus

00:48 kijyounokuuron, enikaitamoci wo tumikasaneteikunoha nakanaka kutuu. nigatu no cikasa ni odoroku. Mou rainen ga semaru. Toki ga tomarebayoinoni.
Khachaturian cello concerto

01:25 mada nemukunai. Demo sorosoro atama ga ugokanakunaritutuaru nowo kanjiru.
Shostakovich cello concerto No.1

02:36 mada nemukunai.

02:57 manga wo tebanasu. Kami wo kawakasite sorosoro nenakereba.
(室内)席を立つ音。しばらく後、ドアの開閉音。
Utada Hikaru 道

03:34 mada nemukunai.

あんぱん/食べたい/きりん

「あんぱんまん食べたい!」
そんなことを長女・4歳が言い出したのは土曜の午後2時。おとなしく録画したテレビを見ているかと思ったら、こちらがいつものように朝食・おやつ用のパンをつくろうと粉やらヘラやらを取り出す音をききつけたらしい。長女の横で寝そべっていた長男・6歳も急に起きだし「お腹すいた~」などと言いだす。画面には顔がアンパンの彼が勇ましく飛んでいく姿。見てすぐにいただくのはなんだか悪い気もするけれど、しかたない。
「じゃあ、今日はあんぱんまんつくろうか」
「うん!」
幸いにして、こないだ買ったあんこが冷凍にあるし、生地は朝つくった分が寝かせおわっているから、あとは包んで焼くだけ。今日は汎用の生地にしておいてよかった。食パンの生地ではさすがに難しいだろうから。ごまは、子どもたちには必要ないか。

あんこを解凍し、少しだけお湯を加えて練る。そのまま食卓へ持っていき、新聞紙を広げて上に置く。
「ほら、じゃあおやつ食べたいひとはお手伝いしてちょうだい?」
「やる~!」
「え~」
「お兄ちゃんも!あんこ丸めて、ほら、これぐらいに」
不満げでもまだかろうじて素直な上の子をお手本に仕立て、こども二人にあんこはおまかせ。そのあいだに私はパン生地のほうを成形する。
「ママ、おわった~」
台所に顔を出した二人はまる外科医のようなポーズ。ああ、時々ゆびについたあんこを舐めていたのは見逃してあげよう。
「そしたらあんこはそこに置いといて。手、あらってきな。」
ふっくらと、空気をすいこんでおふとんのようになった生地をつぶさないよう、手早く餡を包んでいく。あんこ団子の大きさがまちまちだから、自然と個性あふれる仕上がりだ。手洗いから戻ってきた長女も目をらんらんとさせて覗き込んでくる。鉄板に並べ、うっすらと溶き卵を塗って加熱済みオーブンへ。一度には入りきらないので、まず第一弾。

パンの焼ける香ばしい香りに引き寄せられて、主人が書斎からさまよい出てきた。
「何焼いてんの?」
「あんぱん!はながね、あんぱんまんが食べたーい!って」
さきほどからオーブンの前をうろついて落ち着かない長男が駆け寄っていく。はな、長女にいたってはオーブンの前から動かない。
「あっ、ねえ、ちょっとスーパーまで行ってこない?2人連れて。チョコペンがあれば顔がつけられるから」
「はあ。まァいいけども」

「はい第一だーん!」
チョコペンをかまえて準備万端の2人の前にやきたてほかほかのあんぱんをおろす。こんがりと茶色で出来は上々。夫と長男からおー!という歓声がもれる。が、長女の反応が芳しくなかった。
「あんぱんまん、頭まるくない……」
どうやら後頭部が真っ平らなあんぱんまんがお気に召さなかったようす。彼女の理想はまん丸だったらしい。ややぐずりモードにはいる。たしかにアニメの頭部は完全な球体っぽいしなぁ。現実では重力とか熱のつごうで平らになってしまうんだけど、どうしようか。
「わかった!まん丸なあんぱんまん作ってあげるから、ちょっと待ってて」

結局私は第二弾のあんぱんをそのまま揚げて、あんどーなつにした。一応これで球体にはなったので、長女も満足したらしい。
以来、我が家での“あんぱん”は実はあんどーなつだったりする。

心地好い風/夕方/きりん

日本料理店、山路。今夜もちらほらと暖簾を揺らして、お客がすいこまれてゆく。

「ようこそ、いらっしゃいませ」
日も暮れた夕食どき、18時に現れたのは中高年のカップル。白髪の男性が連れのために暖簾を押さえて、先に通した。最近旦那は隠居を始め、奥方はエアロビクスを極めつつある。2人でこの店に来るのは記念日や、気がむいた時の偶の贅沢。予約をとって、ちょっとしたデートを楽しむ。
18時半、女性の二人連れ。久々に二人でゆっくりとごはんを食べようという話になり、なら私がいつもランチで行く和食に、夜行ってみようか。ということらしい。食事とお喋りへの期待に笑顔がこぼれる。
仕事とプライベートの中間、背広姿の男性らが暖簾をくぐったのは19時を過ぎたころ。内の一人は店の常連だ。今や昔の話と言われようとも、商談相手と美味しいもの、美味しいお酒は欠かせない。勤め先が近いこともあり、ここに店が出来たころからもう随分長く通い続けている。
出汁やお肉、お抹茶の香りに満ちた穏やかな空間の窓で、巨大観覧車の時計は静かに時を刻んでいく。

「来月いっぱいでお暇をいただきたいと思います」
「お暇とは?」
「職を辞するということです」

辞めるのは苦手だ。小さい頃の習い事、塾、サークル。体のどこかに、終身雇用制とか、永遠の忠誠、とかが染みついているのだろうか。相手が死ぬまで死なば諸共みたいな。自分の名字からすると、多分ご先祖は農民なはずだが。

「理由は?」
「資格の勉強を始めましたので、学業に専念したいと思いまして。また再来月には学校の研修で約3週間、シフトに穴をあけてしまいます」

店長にはあっさり承諾され、これからもよろしくと挨拶をしてシフトを上がった。和装ロッカールームで足袋を脱ぎながら、一人ほくそ笑む。うん、辞めて欲しそうだったもの。こちらの要領が悪過ぎて。
料理の蓋をつけ忘れる。注文の変更を伝え忘れる。先輩に注意されて慌てて直し、そこまで目をつけられている自分とか、そこまで使えない自分とかに対して今さらながらに失望。周りの人にとっては、なんて言うまでもない。
年中18度設定の空調だけが気持ちをとりなすかのようにゴウンゴウンと奏で続ける。ロッカーの隣に設置された壁面鏡から、なんとなく目を背ける自分がいる。
汗だくで重い制服を引っぺがして、髪を解き、さぁ帰ろう。

とっくに日の暮れ切った22時の帰り道は、なぜか夕方のように優しい、穏やかな風が吹いているような気がした。