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アーメンなんてくそくらえ/模倣/キリスト

こんにちは、イエスです。皆からはキリストって呼ばれてます。仲のいい友人からはキリちゃんて呼ばれてます。弟子達からは先生なんて呼ばれていい気なもんです。「キリスト先生おはよう!」と言われて、「イエス!」って答えると少しだけうけます。

まぁどうでもいい話なのですが私は、こんな他愛もない関係が楽しくて仕方がなかったのですが、私が教えを皆に説き始めた辺りから、皆の態度が一変しました。なんか弟子達はよりいっそう私のことを持ち上げるようになり、友人達も凄い凄いと私を褒め称え、全員今までタメ口だったのに、敬語を使うようになりました。

いやいやいや。教えってあれほとんど私の妄想だから。なんであいつら真に受けてんの。イエスジョークだよ。いつもやってるやつじゃん。なんで教えのときだけ持ち上げてきてんだよ…。よく考えればそんな凄いこといってないぜ!

そして、あのバカ達がこの話を信じこんで無駄に私をこのこと持ち上げたせいでユダヤの方々に目をつけられて私は処刑されることになってしまいました。「うわ、もう最悪だよ!」嘆いている私に「でも先生は神の子だから死んでも生き返るんでしょ?」…はぁ?ここに来て私はいかにここにいる奴等がいかれているかということに気づきました。

そんなこったで処刑の前の日の皆さんもご存じの最後の晩餐の日です。あの絵もあんなかっこよくかかれてますけどあの時の空気は最悪でした。みんな私の復活を勝手に祝っているわけです。さすがにこのまま死ぬわけにはいきません。ていうか死にたくもないので、影武者をたてることにしました。

作戦はこうです。まず影武者に死刑台にまで上ってもらって殺されてもらいます。私はというと、私を埋めることになっている場所より少しだけ深いところにあらかじめ埋まっておきます。そして、皆が涙と共に影武者を埋め終わったところで今まで埋まっていたはずの私が土の中から勢いよく飛び出し、復活と。正直穴はありそうですがこれにかけるしかありません。

そして、処刑当日、影武者はさすがのできで、私のためなら死んでくれると言っていました。これは行けるぞと思っていたのですが最後の最後に問題が発覚しました。
土の中では息が出来ない。あまりの苦しさに私は、埋めるよりはやく土の中から出てきてしまいました。皆が困惑していたので、なんとか誤魔化さなくては思い、ザ・たっちの幽体離脱のギャグをやると、思ったより誤魔化せました。後は私に皆が触れられるということが問題でしたが、それも凄い体に水をかけることで「冷たいだろ、これ死んでるんだぜ」とかいうとなんかみんな泣いてくれたので万事解決です。

こうして、なんやかんやで私は神になりました。色々今の世の中神様のせいにするやからが増えていますが、このように私をはじめとする神様にはなんの力もないので皆が強く生きていきましょうね。

死ね / 模倣文 / 卍死神卍

はーまじうぜー。

ぶっころしてやる。

生徒にも権利はあります✋

昔は悪い事してたって自分で楽しそうに喋ってたやつが良く注意なんて出来るよね。

それに法律をやぶっても、罰していいのは警察のはずです✋

こっちは受験生だから一日でも多く学校行きたいんですけど

しねよ、まじで。

涙あれやそれ/匿名

私は最近涙脆い。映画とか音楽とかですぐうるうるきてしまう。でも以前はほとんど泣かない子だった。意地張って泣かない、というのもあるけれど、自分の力の及ばない理不尽なことに直面したとき、諦めてしまうともう何にも出てこないのだと思う。
お葬式ではいつも泣かないように必死だった。でも全く泣かなかったことがある。初めてお葬式に出たのは自分のお爺ちゃんのときだった。小さい頃はとてもかわいがってくれた人らしいが、残念ながらアルツハイマー症で、最後の数年は多分私のことを自分の孫とは分かっていなかったと思う。お葬式ではびっくりするほど実感がなくて、泣けなかった。涙は枯れていた。施設や病院にお見舞いにいく時の方がよほど悲しかったぐらいだ。しばらく後にクラスメイトがお爺ちゃんを亡くして、教室で泣き出してしまったとき、なんだか羨ましかった覚えがある。お世話になった人のお葬式で涙が出ないということは、自分をキリキリと締めつける。誰かにつられてじゃないと涙が出てこない人もいることだし、お葬式で泣くさくらの話も少しは有効かもしれない。
泣こうと思って泣くとき、涙と一緒にストレスも流している気がする。これも小学校高学年の頃だが、美容院で髪を切ったら思いのほか短くなったことがある。美容師さんは悪くない。その場では納得して帰宅したのであるから。帰宅してからなんだか妙に短かい気がしてきて、珍しく大泣きしたような記憶がある。多分当時の家庭のストレスとかをまとめて洗い流すためだったのだろう。
昔は意地でも泣かなかったが、歳のせいだろうか。うるっとくることが多くなった。映画を見ていると、いかにも感動させるぞと伝わってくるシーンであるのにもかかわらず、思わずうるっときてしまう。小説や漫画は涙が出てくることはあまりないのだが、映画だと音と映像がダイレクトに伝わってくる。そのせいだろうか、思わず涙が出てきてしまうのは。最近では、劇場版コナンを見に行って、エンディングに入ったところでうるっときてしまった。正直、なぜ涙腺が緩んだのか自分でも分からなかった。
日常生活ではよく泣いてる?と聞かれる。申し訳ない、大抵あくびのせいである。半夜行性なのだ。いついかなる時も、いかんせん眠気がとばない。睡眠時間は割ととれているはずなのに、気がついたら突っ伏している。依然テレビで見たのだが、脳が休んでいるノンレム睡眠が足りていないと、睡眠の効率が悪いらしい。睡眠周期に合わせてアラームを鳴らす起床アプリもあるらしいが、1時間半の周期ごとにしか鳴ってくれないのが残念である。目覚まし時計といえば、漫画に出てくるベルのなるものがメジャーで、それを使えば大音量と神経に突き刺さる音で起きれると思うが、階下、隣室の住人を起こしかねないので、気になる人はおとなしくケータイのバイブレーションに頼ったほうが無難であろう。
極論、早寝すれば昼間は覚醒している。

死神からの贈り物/模倣文/さるみん

誰か助けて……。

 

部活から帰ってきて、疲れて居間で眠ってしまった。もうくたくた。

そんな折友達のよっちゃんが、テスト範囲を教えて欲しいということで、自宅に電話をかけてきた。まだ携帯電話は持っていなかったので、わざわざ家電に電話をかけてきた。

私は眠っていたので、電話を取ることができず、代わりに弟が出たらしい。弟は中途半端に私を起こしたため記憶はあいまい…。

 

「テストの時間割教えてくれる?」

「ウン。デモワカンナイ……」

「あ、そっか…。今何してるの?」

「イマネ、ライオンサンの絵カイテルの」

「え…!? ライオンさん? へ、へぇ~」

 

「ヨッチャン!! お人形サン持ってる?」

「へ!? お人形!? 持ってない、持ってないよ……」

「え!? 大変じゃん! じゃあ今からよっちゃんち、オムカエイクネ!」

 

「――」

 

ガチャッ。プーッ、プーッ、プーッ……。

 

 

***

 

私には何か特別な力があるのかもしれない。力というよりは体質かな……。抜けてるとか天然とか言われるけど、なにかこう負のオーラがにじみ出ているというか、それもちょっと違うかな。とにかくうまく言葉にできないけど、普通の人とは違うみたいだなって最近になって気づき始めたんだ。

よく転ぶくらいならかわいいものなんだけど、やっぱり一番は人間関係だと思う。

 

こころに闇を抱えた人が私の周りに寄って来る。

 

この体質は、年を重ねるにつれてどんどんひどくなってくるみたい。バイト先でも気に入られたのか、突然鬱っぽいおばさんに人生相談されたりとかそんなことばっかり…。

彼氏も欠かしたことはないけれど、いわゆるダメンズみたいなやつばっかり。何回浮気されても別れられない。私が必要だって言われるともうダメ。

 

何が原因かって言われてもはっきりとはわからない。

でもある人がいうには、生い立ちに由来するものかもということ。

私は幼少期、重篤な喘息だったために死の淵をさまようようなことは多々あった。入退院を繰り返して、薬もいっぱい飲んで……。

誰かに助けを求めることで、それを感じ取れる一部の人が自分と同調して近寄ってくるのかな。

The point of laughing/模倣文/シベリア少女鉄道

世界から争いは消えない。綺麗事で片付かないその事実は、休日だろうと御構い無しである。

ここにもまた争いがあった。人々は争い、奪い合い、周りより秀でようとする。同じ人間であるのに。同じ職業で、互いのことはよく分かっているはずなのに。中には出自が同じもの同士でさえ、敵となる。奴らの違いといえば、自身の「色」ただそれだけなのである。

誰かが周囲に差をつけようと果敢に攻めれば、やられる前に、と、他も負けじと攻める。永遠のいたちごっこだ。何を以って争っているのかさえ、その時々で違いさえする。理由なんて関係ない。そう、みんな、争えさえすればよいのだ。その中で自分だけが高みに到達すること、それだけを思い描き争いに参加する。手を結ぶ事はあっても、最後に笑うのは自らだけだという思いは変わらない。それぞれの「色」は、交わる事なく、個としてあり続ける。

気づけば、観衆もまたこの争いに夢中になっている。観衆はそれを楽しみ、手を叩いて笑っている。争いの最中に見える赤いものさえ、見慣れてきてしまう。一つ争いに区切りがつくと、また次の争いが生まれる事を心待ちにするのだ。

争いを楽しむ人々。狂ってしまったわけではない。観衆が争いを楽しめるのは、他でもない「神」の存在があるからだ。

神は全てを見通している。そして、争いの中でしかるべき裁きを与えていく。人々が争いの中で求めるものは、全て神の手によって分配されるのだ。神の施しは時に誰かだけに与えられ、神の一撃は時に皆の全てを失わせる。そこには事情も序列も何も関係ない、神が全てなのだ。神の機嫌が良きところに恵みがあり、悪きところでは奪われる。神はすべてを見据えられる位置に鎮座し、人々を操る。

争いあるところ、必ず神が存在する。だからこそ観衆は、安心してよいのだ。「これはやりすぎだ、神から罰がくだるに違いない」「これはいいぞ、神だって喜んでいる」と、争いの結果を司る神の存在を担保に、それを楽しむことができるのだから。

争っているやつらだって、神の存在を無視できない。冒涜するものもいれば、崇め奉り、赦しを得ようとするものもいる。だが中には神の存在なんてお構いなしで、やりたいように行動するものもいる。「色」で腑分けされた奴らには、文字通り自分なりの「色」がある。

神の存在も、絶え間ない争いも普遍である。ほら、今日もまた、こんな日曜日に、「色」を持つ奴らの争いは始まる。最近あらわれた、新たな白き神のことばを皮切りに。

 

 

 

 

 

「皆さんこんにちは、笑点の時間がやってまいりました、司会の春風亭昇太です…」

人生/明るい

(かっこいい現実逃避)

俺の親父は明るい。おそらく、僕が知り合ったなかで人のなかで、断トツで明るいと思う。親父曰く俺もお前みたいな年のころは全然明るくなかったぞと昔を懐かしむような目をした言っていた。そして、大人になるにつれて、色んな事を経験して段々、明るくなっていたんだよとも言っていた。

親父はそうは言っていたが、高校生の僕の回りにも、明るいやつが結構いる。特に運動部に多い。しかし、そいつらの明るさというものは僕にはひどく嘘っぽく見える。あいつらはほんとは真面目なのだ。真面目に部活に打ち込み、真面目に友達と付き合っている。その明るさは親父の明るさとは違って、まだ人生経験が浅い彼ら(まぁ、僕も変わらないのだが)はひどく無理しているように僕には感じられるのだ。

明るい人は、身の回り以外にもたくさんいる。例えばお笑い芸人。あの人たちの中にも物凄く明るい人もいる。しかし、それも一握りでほとんどは偽物だ。

やはり、親父以上に明るい人は僕は見たことがない。でも親父はお前は俺と似ているから、いずれは俺のようになるよと言ってくれる。だが、僕には自信がない。僕も彼のように明るくなるのかまだまだわからない。

(かっこ悪い現実)
親父はすごい、禿げてる。ほんとに一本も残っていない。見事なもんだ。

野球部、バスケ部とか自ら坊主にするとか、信じられない。でもあれは恐らく、くそみたいな伝統で決まっているんだろう。よくそこまでして、野球もバスケもやるなと思う。

あばれる君は個人的にあんまりすきじゃない。

あー、禿げたくない。

意外と何とかなる/明るい話

つい先日、高校の先輩と上島珈琲の喫煙所で久しぶりに会った。前回会ったのは半年とちょっと前に横浜駅のハママナステーションだった気がする。高校の先輩とはいっても学年にしたら三つも上で、中学一年生の時に高1だった彼の世話になった程度の関係だ。それでも彼の弟が僕の一つ下の学年にいてかなり僕が面倒をみたり、僕の弟が先輩の弟の後輩として世話になったりと意外と関係し続けていることも間違いではない。ここまで長々と先輩と僕の家庭について触れてきたが、結局のところ伝えたいのはただ一つ。僕らは直接会うことは無くとも、お互いの事をある程度把握することができるのだ。

 

だから大学に入ってからの先輩の断片的な情報を僕は知っていた。

 

「一浪の後に一留した」

「慶応のSFCに通っている」

「飲みサーでひたすら飲んでいる」

「家でひたすらエロ同人のタグ付けをしている」

「ヨドバシカメラでアイフォンの販促バイトをしている」

 

断片的な情報と酒の肴の集積のためかなり意味不明ではあるものの、先日までの僕の持ってた先輩の情報はこんな感じだった。以下では先日の一時間ほどの会話の断片を説明していこう。

 

まずその日、先輩の格好はスーツ姿だった。僕の三個上の先輩が二回ダブっているので、それは就活のためだと即座に理解した。しかし朝の11時から上島珈琲の喫煙所にいるのだから、きっとそれは正しくない。詳しく聞いてみると、どうやら彼は就活もサボっているらしかった。スーツを着込んで家を出て、就活と言いつつ喫茶店で時間をつぶす。ニートの理想像みたいな状況がそこにはあった。しかし彼はとっくに野村証券などの大手二社とベンチャー企業二社の内定を手にしているらしい。慶応という一見エリートな学歴を歩んでるがゆえに両親が安定した会社への就職を希望しているが、当の彼はベンチャーへの就職を希望しているといった話だった。

 

就活の話が深まるにつれて彼の謎は解けていった。そもそもアイフォンの販促バイトはアップルへのインターンであった事。エロ同人のタグ付けは、大学の友人数人と共に起業したエロ同人サイト運営の業務であった事。その仕事は調子のいい時は月に40万円の給料を発生させていたこと。その延長でDMMとの飲み会で横に成瀬心美が座った事。ベンチャーをやっていた時の社長が薬をやって捕まった事。これらはもちろん明るい面だけで、基本大学生活は酒飲んでいただけだということ。

 

なんだか文章のまとまりが欠如してしまったものの、つまりは大学弱者と思われる僕のような人にも未来は、人生は明るいと思わせてくれたという話です。

この世で最も幸せなこと/明るい話

「ハハハハハ……」

笑いが止まらなかった。

俺のスマホの画面の中で可愛らしいキャラクターが動いている。その可愛らしさの中にそのレア度に見合う能力を持っているのだと思うとさらにこのキャラが愛おしく思えた。

時計を見てみればこのキャラのガチャのピックアップ期間が終わる直前だった。今週は仕事が忙しくピックアップ期間になかなかガチャを回すことが出来なかったのだ。

「何とか間に合ったな。まったく、このピックアップ期間が終わればもう通常時のガチャでは引くことが出来ないなんて今引くしかないじゃないか」

素晴らしく清々しい気分だった。今だったらイベント中の運営の急なメンテナンスも許せる気がする。

このキャラクターを当てるまでに諭吉さんが何人も消えることになったが、それも些細なこと。たとえそのキャラクターが当たる確率がどれだけ低いのだとしても出るまで回せばそれは百パーセントだ。昔の偉い人はこう言った「回せ。回転数が全てだ」と。

 

ガチャは俺の人生。そう言えるようになったのは。三か月ほど前からだっただろうか。その三か月までは無課金兵だった。それからイベントのときに走り足りなくて少しだけ課金をして気づけばそれがいつものこととなり、俺は微課金兵となった。そして三か月前のガチャの新キャラがどうしても欲しくて俺は当たるまでガチャを回し続けた。至福の時だった。

今では新キャラが出ると当たるまで回すのが俺の習慣だ。欲しかったキャラ、新しいキャラが当たった時の喜びは言葉に言い表すことができない。俺の頭が、俺の右手がガチャを回せとささやくようになった。ソシャゲの行動力が溢れることが飯を食べないよりも苦しい。たまにふと「こんなのは所詮データだ、こんなことに金を賭けるなんてバカらしい」という思いが頭をかすめる。

「いや、そんなことはない! ガチャは素晴らしい。あのガチャを回すときの緊張、当たらなかったときの絶望、新しく諭吉を溶かしていくときの興奮。そして何より当たったときの喜び! ガチャはいい。ソシャゲはいい。ああ俺はこんなに楽しいゲームを楽しめて心から幸せだ」

それは心からの言葉だった。だが、くそ運営だけは許さない。もっと詫び石を寄こせ。

 

ピコン、と右手に握っているスマホが音を出した。どうやらメンテナンスも終わり、新しいイベントとピックアップガチャが始まったらしい。

これでまたガチャを回すことができる。俺は満面の笑みを浮かべてガチャを回し始めた。

そんな1日。/明るい話

朝目覚ましが鳴る前に目が覚めます。
カーテンを開けると今日は青空が広がっています。
つけたテレビでは、芸能人の結婚報道で祝福ムードです。
朝食の目玉焼きは双子の卵です。
今日は新しい歯ブラシを封切ります。
時間をかけて新しいヘアアレンジに挑戦してみます。

 
信号に一つも引っかからず学校に行けます。
2限の授業は抜き打ちで行われる出席を取る日です。
早めに授業が終わり、学食に並ばずに入れます。
3限は大好きなあの人が見える席に座ります。
校内でいつもはそっけないあの子も今日は近寄ってきて撫でさせてくれます。
帰り道、新しい裏道を発見します。

 

今日は多めの買い物で豪華に料理を作ろう。
ずっと見たいと思っていたあの映画をレンタル屋で借ります。
家について携帯を確認するとずっと待っていた返事が返ってきています。
いつもより上手に料理ができた気がします。
お腹いっぱいになって、飲み物を片手に映画鑑賞をします。
そしていつの間にか眠っています。

 

 

 

そっと布団を私にかけてくれたのは隣で映画を見ていたあの人でした。

 

そんな1日。

勝ち組/明るい話/YDKわず

 

「好きです。付き合ってください」

 

人生初の告白は、中学三年のとき。割といけるかなぁって思ってたんだけどだめだった。あえなく玉砕。清々しいくらいにフラれた(笑)でもいい人だったからそのあとも結構引きずってた。大好きだったんだ。その子に彼氏ができても、内心ぐぬぬぬって感じだったけど忘れられなかった。
「ピーーーーーーッ」

 

負けた。初めての部活の試合。PKを止められなかったのは俺の責任だと思った。みんなは、PKまでもつれこませてしまった全員の責任だとはいうけれど、そんな慰めも俺を暗に責めている気がしてつらかった。でも部活は絶対に休まなかったしやめなかった。メンバーと喧嘩も良くしたけど、たのしかった。引退の時はやっぱり泣いた。みんなのまえでは泣かなかったけどな!!!
「君、もう辞めていいよ」

 

クビだ。驚いた。悲しいとか悔しいよりも、驚いた。なぜクビなのか聞こうと思ったけど、たぶん意味がないと思ってやめた。会社も辞めることだし。(うまい)バカはこの上司だと思おうとしたけどそれを思ったら負けな気がして、尊敬したまんまやめた。もともと尊敬していたかは置いといて。あのハゲ野郎が。
こうして振り返ると、俺の人生は失敗してばかりだ……って思うだろう。ふっふっふそれは勘違いだ。実は今、
「おかえり〜〜」
俺の横にはずっと好きだった彼女がいる。サッカーも続けて今ではプロだ。信じられるか??俺も信じられないよ。こんなに人生うまくいくのかって。あの頃不幸の貯金しといたおかげかな。今スッゲー幸せなの。練習終わって家帰ったら、中学の頃の初恋の相手がおかえりっていってくれんの。もう死んでもいいね。いくらなにがあっても未来は明るい可能性があるってことを身を以て知ったよ。まぁでも、つらいときはつらいから頑張るのが一概にいいとは言えないけど。なんせ俺は今めちゃくちゃ幸せだ!!人生最高!!!お前らも頑張れよ!!!