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フィクション一人相撲/昨日、髪を切った。/奴川

1.

昨日、髪を切った。

別に大したこだわりもないくせに、成人式まで惰性で伸ばしてしまった髪だった。

これどれくらい行っちゃっちゃっちゃいます? とやたらとスクラッチがきいたチャラめのお兄ちゃんに言われたので、宇多田ヒカルみたいにして下さい、と答えた。

 

宇多田ヒカルのことは割と好きだ。どのくらい好きかというと、確かエヴァの映画の主題歌をやっていたな、というレベルで好きだ。つまりほとんど何も知らない。この間の椎名林檎とのデュエット曲が良かった。

 

それよりも彼女について印象に残っていることがある。一昨年くらいにしたとあるツイートだった。まだギリ女子高生で自分のことをそこそこ頭が良いと思っていてイキり倒していた私は感銘を受けた。メチャクチャ感銘を受けたので、いくつかのアカウントでお気に入りにした記憶がある。以下引用。

「経済力のある男性が優しくてかわいくて自分を一番に思ってくれる女性(経済力低め)を選んだってなんの不思議にも思われないのに、性別が逆になると問題があるかのように思うのは非常に非理論的だ。男の子って大変ね。」

 

金と地位と権力と才能を兼ね備えた彼女だからこそ言える台詞である。そう、金と地位と権力と才能が無ければ認められないタイプの発言なのだ。今調べるとそこそこ物議を醸していたらしいが、発言者によっては物議どころかフルボッコにされるやつである。私は所有物じゃない! って発狂する女性とか、あとなんとなく男性の何かしらの神経も逆なでしそうだ。イメージで物を語っている。

まあつまり、「ヒモを飼うのの何が悪いんだ!」と言う文脈で発された文章であり、なるほどいざと言うときはこんな風に開き直ればいいのかと感心してしまった。だからなんだろうか。女子高生のときほど、私は自信に満ち溢れた存在ではなくなったけれど。

 

やっぱり彼女をロールモデルとしたい気持ちがどこかにあって、だからこんなオーダーをしたのかもしれない。金と地位と権力は正義だ。なれるもんなら私は宇多田ヒカルになりたくて、でもきっとなれないのだけれど、ああまあもういいや、今日は妹とケーキを食べに行こう。宇多田ヒカルになりたいなあ。

〈某日8時 トーストが焼けるのを待ちながら〉

 

 

2.

姉が、髪を切った。

成人式を終えたからだろう。やたらめったら斜に構えがちな面倒くさい姉は、まるで「自分は成人式に全く興味がありませーん」、みたいな顔をしていたけれど。「自分の髪でまとめ髪をした方がいいのかな」なんてウキウキで聞いてきたし、実際のところ相当楽しみにしていたのである。20歳にもなって、かなりのヒネクレ具合だ。あたしはああはなりたくない。

 

髪切ってくる、とこれまた(自分の中では)クールだと思っているのだろう口調で告げた姉がルンルンで帰ってくるものだから、まあ見れるレベルにはなっているのかな、と思ったら阿佐ヶ谷姉妹だった。阿佐ヶ谷姉妹は面白いし彼女らに髪型を寄せること自体は良いと思うが、姉の狙いはおそらくサブカル系おかっぱなのが悲劇だ。それは選ばれしサブカルにのみ許された髪型。すなわち顔面偏差値がグッドである必要がある。残念ながらあたしと寸分狂わないようなブスである持つ姉には全く相応しくない。

 

いい加減姉の見栄っ張りはどうにかして欲しいものだ。姉は確かにサブカルかぶれで、親戚には「私、あたまいいから」なんて吹聴して回っていて、うっかりそれに騙された愚かな親戚から「しっかりもののお姉ちゃんを持って良かったわねえ」なんて言われるあたしの身にもなって欲しい。あんだけ死ぬほど、泣きながら勉強した割に大してあたしと成績が変わらない、そんでもって超絶弩級のコミュ障。もうすぐ就職活動だ、なんて言っているが、あの様子じゃ相当ひどい目に遭うんだろうな、と思う。

 

向かい合ってケーキを頬張っている姉は、今日も気丈に笑えているつもりらしい。いい加減崩壊しかけているっていうのに、無理矢理に姉の表情を作るものだから、鬱陶しいったらありゃしない。もしかして今あたしに優しくすることで、将来介護でもしてもらおうってのか?いやあ勘弁してよ。

 

〈同日16時 妹と向かい合って〉

 

3.

どうやらアイツは、髪を切ったらしい。

まあ成人式を終えた女子はこぞって髪を切りに行くしな、アイツもそうだったんだろう。

それにしたってどうしようもない奴だったなあ。同窓会、みんな楽しみにしてたのにさ、アイツだけ中学の頃と全く一緒で萎えた。微妙に着飾って、誰かに寄られるでもなく微妙な表情を浮かべてて。輪に溶け込めないなら来るなよ、まさに空気読めないやつって言うか。しかも二次会のカラオケまで来やがって、微妙な顔して座ってやがるし。あ、信号変わった。

〈同日19時 彼を見掛けて〉

 

4.

うわキッモ。

〈同日19時半 男子高校生とすれ違って〉

 

5.

……みたいなことを、みんな思っているんだろう。

以上、誇大系被害妄想である。みんな誇大妄想だ被害妄想だ言うし、実際そうなのかもしれないが、実際聞こえるのだから仕方ない。いや、まだ幻聴はないんだけれど、「この人達こういう風に思っているのかな」って考えてしまうのって、もう幻聴の一歩手前だと思うのだ。しかも他人と話しているときにはほとんどエンドレスでこの状態なんだから。

 

確かに昨日、髪を切った。

本当に何が宇多田ヒカルだ。美容師さんに彼女のMVのスクショを見せた時、「うわキモ」って顔をされたのは分かってるんだ。何勘違いしてるんだこの女って思われてるんだ。顔に思ってることが出ちゃうタイプらしいその美容師さんはでも腕は確かで、バッサリ髪を切りそろえてくれたけれど。でも仕上がりは爆笑モンだったし、実際美容院のひとたちは笑っているように見えた。

 

ちょっと色気づいたことをすると、妹の視線が怖い。高校に上がって色付きリップを買った時に、「お姉ちゃんって彼氏なんていらないんじゃなかったの」と言われたのが未だに耳にこびりついている。すぐに孫の顔がみたいだなんだと騒ぐ親と、二人で戦ってきたっていうのに。ここで私が裏切ったら。そりゃあ恨まれる。いやそうじゃない、妹は私の欺瞞を見抜いているのだ。親戚はほとんど気づいていないが私はかなりのハリボテだ。もう限界だ。

 

同窓会は本当に怖かった。でも行きたかったのだ。今だったら、クラスメートとも上手に喋れるかもしれない。今思うとなんでそんな勘違いをしたのか分からないが、うっかりそう思ってしまったのだ。全然うまく行かなかった。そりゃあそうだ、最近まず同級生と喋っていない。バイト先と妹としか話していないのだ。道行く人の目線だって怖い。もうだめだ。最近独り言が大きくなっている自覚もある。自意識が過剰だ。それも分かっている。でももう勘弁してくれ。だってこの自意識をどうしたらいいのか分からないんだ。

 

明日はアルバイトだ。なんでこんなメンタルで塾講師を続けているのか分からない。どんどん仕事は増やされるし、そりゃあ生徒が合格したってのは嬉しかったけれど、でも彼らにとって私はただの悪人だ。生徒にとって先生は宿題を課す悪魔に過ぎないじゃないか。いや待て落ち着け、これじゃあダメだ。本格的に駄目だ。宇多田ヒカルのことは忘れて、ロールモデルを変えよう。私は明日、林修になるのだ。一度だけ生で会ったことがある、あのやたらと堂々とした東大卒になるのだ。ああ、東大卒になりたい。

〈同日25時 布団の中で〉

 

バタフライエフェクト/奴川

映画に対して全く知識がないと言っていい私だってこのタイトルは知っていた。『いやだってシュタゲってバタフライエフェクトのパクリじゃん』というフレーズを散々聞いたことがあったからだ。

 

シュタゲについては面白いアドベンチャーゲームですという説明で済ませておくとして、多くのタイムトラベルもののパクリ元と言われる本作である。パクリ先のエンタメ作品ばかり観ていたせいで『こんなもんかあ』と思ってしまうのは本当にダメだ。作品に触れるには順序があるということが良く分かる。ただ、この映画を観てよかったな、と思うのは自分の『君の名は』に対する思い込みが解消されたということだ。

 

あの映画のラストシーンで、すれ違ったヒーローとヒロインがお互いを振り返ってしまったのが、『秒速5センチメートル』の全否定みたいで大っ嫌いだったのだ。それは大きな勘違いだった。本当にすみませんでした、どちらかっていうとあのシーンはバタフライエフェクトのラストシーンのパロディだったのか。あれもタイムトラベルものっちゃタイムトラベルものだし。でもあそこで振り返るのは、パロ元に対するリスペクトが足りないと思う。いやこれを言っちゃうとシュタゲのオチもだめなんだけども。多分、単純に私が最近の新海誠作品を苦手としているだけである。

 

このままでは『君の名は』の悪口で規定字数に行ってしまいそうなので、バタフライエフェクトの方に話を戻そう。ディレクターズ・カット版には、胎児時代にタイムリープして臍の緒によるダイナミック自殺をかますというバージョンがあるらしいが、ちょっとこれはダイナミック過ぎて良くわからない。タイムリープ先の脳に今までの記憶が移る際、あまりの情報量で鼻血が出るシステムのみたいだが胎児にそれを流し込んだらいよいよ脳が爆発しそうである。結果として劇場公開版の全てを無に返すオチで良かったんだろうとは思う。ただそう思ってしまうのも、この劇場公開版オチに近いシナリオのエンタメ作品を観まくってたからだいうのは否めない。

 

当時この映画が公開された時は『陳腐で手垢がつきまくっていたタイムトラベルものをシリアスに、斬新に仕上げた』みたいな絶賛がされていたようだ。2004年公開ともなればぼちぼちインターネットが普及しているため、当時の感想記事を何本か見ることが出来たがだいたいそんな感じである。それから10年以上経って、今度は『シリアスタイムトラベルもの』に手垢がつきまくっちゃったんだなあと言う感想を持った。好きなゲームやアニメの、あのシーンやこのシーンの元ネタらしきものを見れたのは収穫だが、それはつまり初見なのに既視感に溢れた映画だったということでもある。原典に触れてこなかった自分が悪いと言えばそれまでだ。ただ、視聴中ずっと居心地が悪かった。

意外な彼の一面!/シラサキマイ/奴川

「キャー!」

 

女の子たちの黄色い悲鳴が飛び交う会場で、わたしはぎゅうぎゅう押されていた! うっかり隣のひとの足を踏んでしまって、『痛いわよこのグズ女!』なんて叫ばれてしまう。うう、ひどい…、、だってわたし、こんなところ初めてなんだもん!
突然のキス事件からはや三ヶ月。あれからはダイキくんもケンタもあんまり何もしてこなくて…。シラサキマイ、案外平穏な学校生活を送っちゃってます!

 

そんなある日、『いつもお世話になってるから』ってダイキくんがチケットをくれたの! なんのチケットだと思う??!! ダイキくんがボーカルをしてるバンドの、ワンツー…えーっとなんだっけ、そうだ! ワンマンライブ! のチケットなんだって!
わたし、バンドなんて、今まで全然キョーミ無かった。でも、ダイキくんのなら特別! だってわたし、ダイキくんのこともっともっと知りたいもん! 周りの女の人にちょっと押されちゃってるけど、ダイキくんのため頑張るんだ!
よおし頑張るぞ〜〜! って手をグーの形にしたところで、ダイキくんがステージに上がった。すると、周りの女の子たちが次々に叫ぶ。

 

「ダイキー! 大好きー!」

「こっち向いてー! ダイキー!」

 

す、すごい…。わたしはびっくりしてしまった。だってダイキくん、とーっても人気なんだもん! ダイキくん、本物の王子様だったんだ! でも、でも…。ダイキくんのかっこいい歌声を聴きながら、わたしは心の中がモヤモヤしていくのを感じていた…。

 

ダイキくんにはこんなにファンの子がいるんだ。わたしなんて、もしかしてただの遊びなのかな?? こっちにも気づいてくれないみたいだし…。

するとステージ上から、

「そこの落ち込んでるガール!」

って声が聞こえた。え? わたし?!

「そう、キミさ!」

慌てて顔を上げると、ダイキくんがこちらに向けて、手でピストルのポーズを作っている。うわ、めっちゃかっこいい! 学校にいるときは凄く礼儀正しいのに、今のダイキくんはとってもワイルドだった。うう、ドキドキする…。

このままピストルが発射されたら、わたし、どうなっちゃうの??!! お願い、これ以上かっこいいところ見せないで!! でもワイルドなダイキくんは、

「パーン!」

という掛け声と共にこちらにピストルを打ち込んじゃった。ズキューン。か、完敗です…。

 

 

うう、ドキドキした。ダイキくん、カッコよすぎるよう。ふらふらとした足取りで会場を後にしようとしたわたしは、出口の近くに見知った人を見つけて思わず叫んでしまった。

「あれ!? ケンタ!?」

「よう、遅くなるって言うから迎えに来たぜ」

え、なんでわたしが今日ライブだって知ってたの…? わたしはおそるおそる聞こうとした。そしたら、ケンタにぐいっと腕を掴まれちゃった!

「…帰るぞ」

どうしたんだろう。ケンタ、怒ってる? うう、どうしたらいいんだろう〜〜!!! 今日はいい日だと思ったのに〜〜!!!

 

自伝/明るい小説/奴川

「木って」

5歳のころのわたしが外遊びの時間に園庭のすみで丸まっていても、先生たちは何も言わず横を過ぎていった。「あーあ」と叫んでも誰もこちらを見ない。触らぬこどもに祟りなし、といったところだろうか。

不貞腐れているわたしは、地面にからだを放り出した。頭上にはクレヨンで塗りたくったような青い空が広がっている。このまま消えてしまえないか。死にたい、という言葉を得る前のこどもは、そんなことを願っていた。

 

「サキちゃん、どうしたの」
「わあっ」

上から誰かに覗き込まれて、思わずわたしは飛び上がった。そのままそのひとにおでこをぶつけてしまいそうになり、慌ててからだを右にずらす。ふう、なんとかぶつからず済んだ。

「びっくりさせちゃったかな」
「なんだ、トオル先生か」

年中組担当の、男みたいな名前の先生だった。他の先生と違って、髪もまつげも短い。年長組のわたしにはあまり接する機会がないひとだ。

「土のところで寝てたら、背中汚れちゃうよ」

そう言いながらトオル先生は、とても自然な流れでわたしを立たせて、背中の土を払った。そして膝立ちになった彼女は、わたしと目線を合わせると、こてんと首をかしげた。

「それで、何があったの?」
「こんどのお遊戯会の劇、シンデレラなんだけど、わたしは木の役って言われて。でも。シンデレラに木の妖精なんて出てこないし。それで、それで」

話していて、だんだん情けなくなってきて、わたしは言葉に詰まってしまった。先程まで憤りで塞がれていた悲しみが、遅れてわたしのところにやって来る。わたしがひっく、とひとつしゃくり上げたところで、トオル先生は口を開いた。

「だったら木を思いっきり楽しみましょうよ!」
「えっ」
このひとは何を言っているんだろう。目を白黒させるわたしに対して、彼女は続けた。
「衣装は? どんなのか決まってるの?」
「ううん、自分で紙を切ってワンピースに貼れって言われた」

シンデレラや魔法使いには貸衣装があるみたいだけれど、わたしみたいなチョイ役は自ら衣装を作らなければならなかったのだ。衣装を作らされる、という一点でみれば、わたしって結構シンデレラみたいかも。魔法使いは来なそうだけど。

さらに己の惨めさに落ち込んでしまったわたしの肩を、トオル先生はがっしり掴んだ。やたらときらきらとした目でこちらを見ている。

「よっしゃ。思いっきり派手な木にしましょう」
何を言っているのだろう、この人は。仕方なくわたしが、
「クリスマスツリーみたいな?」
と合わせると、トオル先生は大きく頷いた。

「いいね! シンデレラのドレスよりずっとお洒落で、豪華なものにするの! そうだ、サキちゃんは木のおひめさまなのよ。魔法使いの力の源は実はあなたのひみつの力。全ての黒幕はあなたと言っても過言ではないわ!」
「先生……?」

 

 

 

 

〈某日・喫茶店〉

「あの、どうでした」

恐る恐る感想をうかがった私を、透先生はまっすぐ見据えた。もともと目付きの悪い彼女だ、ちょっと睨んでいるように見える。いやもしかしたら、本当に睨んでいるのかもしれない。そして、私の顔を一通り眺め終わった透先生は、

「自伝映画を作ってもらえるなんて、あなたも偉くなったものよね。……私、あんなこと絶対言ってない。あんなにおもしろキャラでもないし、そもそも私とあなたってそんなに似てないじゃない、全く」

などと不服そうに呟きながら、コーヒーに角砂糖をひとつ、いや、ふたつ目まで入れた。もちろん当時のサキは知らなかったけれど、透先生は甘党らしい。

「すみません」

映画の中の彼女が、やたらと愉快な人物になってしまったこと関しては、非常に申し訳なく思っていた。脚本家に乗せられてぽんぽん話をしていたら、良くわからないトオル先生像が出来上がってしまったのだ。『トオル先生』は、多分に脚本家の色が乗せられたキャラクターだった。

「でも、ほんとうのこともあるんですよ。私が女優をやってこれたのは、先生のことばがずっと胸にあったからです」
「どのことば」
抑揚のない声で、ひとこと言った透先生は、コーヒーをすすった。

「思いっきり楽しめ、ってやつです。映画でのエリコ先生も、そう言ってましたよね」
「ええ、私に扮したあなたがそう言ってたわね。でも、私にはその言葉を言った記憶、あまりないのよ」

ばっさり。そんな擬態語が似合うような清々しさのあることばだった。いや、そんなはずはない。脚本家にも散々、このセリフを入れて欲しい、と念押ししたはずなのだから。
思わぬことで黙り込んでしまった私を、しばらく申し訳なさそうに見ていた透先生は、ふう、と溜息をついた。

「でも、正直うれしいの」
透先生はコーヒーカップを置くと、両手を机の上に重ね置いて、柔らかく笑った。

「生徒の記憶に残るようなことを言えたのだとしたら、もしも本当に言っていなかったのだとしても、私はうれしいの」
そう言う彼女の顔はとても晴れやかだった。あの頃とあまり変わっていない、若々しい顔に薄っすらと皺が滲んでいるのを見て、ああ、あれから何年経ったんだっけ、と思った。

 

20年も住めばそりゃ/好きなこと/奴川

横浜生まれ横浜育ち、骨も横浜に埋めて欲しい。

私は生粋のハマっ子だ。自分のアイデンティティの8割をゲームに依存している私だが、残りの2割を占めるのは横浜愛と言っても過言ではない。横浜が好きだ。メチャクチャ好きだ。今しがた宗教勧誘をされたがどうでもいい、私は横浜を信奉しているので無理です。巣に帰れ。

 

横浜がなんで好きか。まあぶっちゃけ切っ掛けは、市を挙げた洗脳のせいだと思っている。横浜市は用意周到に、小中学生を洗脳するプログラムを築き上げている。その代表的な例が、皆さんご存知横浜市歌だ。なんか市歌の存在は有名みたいだけど、歌詞までは知られてなさそうなので要約すると『横浜は世界一!』みたいな詞である。ありがとう森鴎外大先生、いい仕事だ。

そしてこんな歌を、義務教育の9年間、徹底的に刷り込まれる。私の通っていた小学校なんて、月イチの朝礼の度に熱唱させられた。小学生がイキイキと『この横浜に勝るあらめや』と熱唱するのだ。異常だ。いかにも小学生が好きそうな、高揚感のあるメロディラインなのも非常によろしくない。完全にプロパガンダ。

 

でもまあ、そんな洗脳小学生だって成長していくうちに『横浜は世界一じゃないや』ということには気付いていく。私だって流石に気がついた。受験先の大学は横国以外みーんな東京にあったし。大学見学がてら東京に行くとなんかすごく引け目を感じるし。明らかに人間のレベルが一段階上だ。

じゃあ今はなんで横浜が好きなのかって、どう見てもよくある地方都市なのに『世界一です』と言い張るダサすぎる精神性がかわいいからである。キモかわいいみたいなのと同じ感性だ。

オシャレなカフェはどうしても流行らない一方でスターバックスばかり増えるダサさ。横浜駅西口のダサすぎるイルミネーション。今年度のイルミネーション、中途半端に青かったりして見てると体が痒くなってくる。もしかして青の洞窟意識しちゃってます?みたいな。あと西口は臭い。もともと臭かったけれど最近はウンコのスメルがしだしたのでそろそろ末期だと思う。末期のくせに一生懸命オシャレな店を誘致する健気さ。ぶっちゃけ毎日客が来ているのはドンキとヨドバシだけだ。平日のみなとみらいなんて人一人っ子いないぞ。

 

だからたまにテレビで『オシャレな横浜特集!』みたいなのを見ると「そうじゃないんだよなあ」とか訳知り顔で突っ込みたくなるのだが、どう考えても気持ち悪い。彼氏について「このひとの本当の顔は私だけが知ってるの」とか抜かしている女と同じことをやっている。でも横浜のぐっちゃぐちゃ加減を見ているとこんなんでもいいかなと思えるし、ダサくてもまあいいかと思えてきちゃうし。妙な自己肯定感を与えてくれるような気がする。いいところですよ横浜。

集中講義フィードバック

『ダンサー・イン・ザ・ダーク』。グループ活動の時に「みんなで鬱になろう」といった感じでおすすめされた映画だ。ハッピーエンド至上主義者的には明らかにしんどい気がしたのだが、怖いもの見たさで投票した。とても個人的な話で申し訳ないが、こういう普段なら絶対観ねえだろ的なものに触れられるのは人文の醍醐味であるように思う。

そんなこんなで相当覚悟を決めて視聴した。重い気持ちにならなかったと言えば嘘になる。嘘になるが、映画を観ている間、オタクってアホだよなあということばかりを考えていた。オタクはアホだ、しかしラクである。そしてセルマはオタクの中のオタクだった。少しそういう話をしたい。

 

 

まず、オタクはアホ、という話。セルマはミュージカルオタクだ。そして、音楽文学漫画映画演劇ジャニーズ、あらゆるジャンルに存在するオタクたちは、辛い毎日を趣味に没頭することで忘れることが出来るという標準機能を持つ。アホな機能だ。そんなことをしても現実は変わりやしないのに。いくら高らかに歌い上げた所で、彼女は下がりつつある視力を誤魔化しながら工場で働く悲しきシングルマザーなのである。

但しこの機能を使うと、非常にラクだ。精神的にも、肉体的にも。だから多かれ少なかれ、誰もが「逃げる」ためのアイテムを持っている。しかしタチの悪いことに、セルマのその機能は常人より数段高いレベルにある。私は映画を観ている間ずっと、「こいつ凄えな」と思い続けていた。

もしもセルマが平凡なオタクだとしたら、途中で我に返ってしまうはず。ありきたりなオタクのセルマがいるとしたら、工場のシーンで「よく考えたら工場員は歌わねーよな」とか言って憂鬱になると思う。しかし実際のセルマはミュージカルに行ったきり、戻ってこない。その割に、現実がちょっと優しいとき(息子が自転車に乗れるようになったときとか)にはこちら側に戻ってきている。

そんな様子を見て、なんであんなに都合よくミュージカルと現実を行き来できるんだ、美味しいどこ取りじゃないか、と内心羨ましく思っていた。あそこまで『好きなもの』をうまく使えるならどんなにいいだろう。いやフィクションのキャラだから都合がいいのは当たり前でしょと言ったらそれまでなのだが。

 

 

というわけで、私はセルマを、オタクの最終形態のように感じている。究極の趣味人、でもいいのかもしれない。とにかく、あいつは死ぬときまでミュージカルを演じやがった。最強だ。いいなあ。

 

明日からは/自分が今情熱を注いでいること/奴川

なぜゲームが好きなのか、と問われることがある。大体『えーだってゲーム面白いじゃないですかー』と言って話を切り上げるわけだが、もうちょっと考えてみようと思う。だって、私が情熱を注いでいることがあるとしたら、それくらいしかないのだから。

 

 

ゲームはだるいものだ。無駄に時間を食う。しかも最近のゲームはスマホゲーへの対抗心からかやたらと大作化している傾向にあって、一本あたり100時間とか取られるのもザラだ。アホか、勉強しろ。勉強はさておいても、ゲームを一本やる時間で世界中の素晴らしい小説やら映画やらをたくさん観ることが出来るはずなのだ。多分そうした方がいい。

それでもどうしてゲームを買ってきてしまうのだろう。ポエミーなあれこれを排除して言うなら、ゲームはコスパが良いのである。支払った金額の割にたくさんの時間を潰すことが出来る、それがゲームの良いところである。欠点と美点は表裏一体というわけだ。

 

 

例を挙げてみよう。私は年に5回ほどディズニーシーにインパ(インパ:入園のこと。どのジャンルにおいてもオタクは気持ち悪い造語を作るものだ)する。廃人からしたら『舐めとんのか』と言われそうな頻度だが、チケット代がクソ高すぎるから仕方のない事なのだ。ディズニーシーの開園時間は最大14時間、それに対して大人1名様7400円! 年間パスポートは大体10万円するので無理。さて本題に入ると、7400円でお釣りがくるゲームとしては『キングダムハーツ』がある。最近出た総集編は7344円だ。

そう、7344円なのでほとんどディズニーシーに行くのと同じ価格だ。パッケージにはミッキーも描いてある、ミッキーとの連携技もある。完璧だ。要はディズニー映画の世界で闘うゲームだ。まあこれが時間食い虫であり、実際に私の夏休みを食い散らかした戦犯である。ちゃんとやりこみまで回収してたら200時間くらいかかった。200時間/7344円。このゲームを買えば、ディズニーシーの20倍以上の時間、ディズニーワールドに浸れるということである。

体験の密度とかそんないまいち測定もできない指標は当てにならないので無視しよう。とにかく、ゲームは必要経費の割にたくさんの時間を潰すことが出来る。

 

 

つまり私は暇なのだ。ぶっちゃけゲームをしていなかったらめちゃくちゃ暇である。飲み会に行ったって酒は一杯しか飲めないしそもそも友達は少ないしで、多分やることがなくてずっと寝ていることになる。ゲームを買わなかったらアルバイトする必要すらないし。

話がなんだか悲しい方向に逸れてきたが、要はそういうことである。お金もないし時間もないし友達もいないし、でも面白いことがしたいからゲームをしている。ゲーマーはいつもやたらめったら忙しそうにしているが、そいつからゲームを取り上げたら何も残らないのである。

 

 

そのくせ最近のゲームはやたらとメタいネタをぶっこんでくる傾向にあるから困る。なんかボスキャラと戦っていたら「お前友達いないだろ」とか言われるし。そろそろゲームを卒業したらいかがですかと、ゲームの側から説教されるようになっている。非常にまずい、オアシスが私を殴ってくる。自分がそういう要素ばかり汲み取っているっていうのはそうなんだろうが。そんなことを書いていたらポケモンの新作が届いたので、とりあえず筆を置くことにする。この期に及んでゲームなんてやっている奴は、現実を先送りにするのが得意なのだ。だから私は明日から、アローラ地方に踏み出していく。

いい肉/いい〇〇の日/奴川

「今日はいい肉の日だからな、特別だぞ」

 

びっくりしている小学生のわたしに、お父さんは言った。このラーメン屋にくるのは初めてではなかった。小学生のわたしは、たまにこうしてお父さんとラーメンを食べることがあった。夫婦喧嘩の末お母さんが家を飛び出しちゃったときなんかは、一週間連続でラーメンを食べることになりさすがに飽き飽きした記憶がある。

あの頃の我が家には本当にお金がなくて、外食にお金をかけるなんてできもしなかった。かといってお父さんは料理が全くできない。だからお母さんが家にいない時は、絶対にラーメン屋さんにいくことになるのだった。わたしの住む街のラーメンは、味もカロリーもかなり重たい方だったから、一杯で育ち盛りの腹を満たすことが最適だったのである。

カウンターの向こうで腕組みする強面のお兄ちゃんに注文するのはお父さんだった。だからわたしが食べるのは、一番シンプルな480円のラーメンだった。トッピングはほうれん草に白ネギに海苔、そして申し訳程度の薄いチャーシューが1枚。そんな食べ慣れたはずのラーメンが、その日はなんだか違ったのだ。

 

「チャーシュー!」

私が小声で叫んでしまったように、チャーシューが違ったのである! 手のひらほどに厚みがある肉の塊が、3つも乗っていた。

わたしは大慌てで「いただきます」と言ったあと、箸でその肉をつついた。何時間も煮込まれたそれは、箸をつけたところからほろりと崩れていく。

小学生のわたしの箸使いでは、その掴みどころがないお肉を取ることが難しかった。仕方がないので、ははやる気持ちを抑えながらレンゲでお肉をすくい取る。お行儀悪いなあ、と他人事のように思いながらレンゲを口に運んだ。

 

「わあ」

そんな馬鹿みたいな声が漏れた。ほとんど脂身である肉を煮込みきったそれは、口にいれた瞬間にスープの中にほどけてしまったのだ。とってもおいしい。嬉しくて嬉しくて、父の方をみると、ラーメンをすすっている父と目が合った。父もあのお肉を食べているのかな、と思って覗き込んでみたら、どうもいつもと同じ薄い肉だけだ。

「うまかったか、そりゃよかったな」
「お父さん1枚あげるよ。いい肉の日なんでしょ?」
「いやー、俺はいいよ」

そうやって照れくさそうに笑うお父さんは、全然かっこよくなかったけれど、でもちょっとかっこよかった。

 

――――――――

「やっぱりいい肉は違うよなあ!」

酒が入って上機嫌の父は、そういってわたしにしなだれかかってきた。目の前に並べられているのは、日本のどこかで育ったらしい牛のフィレステーキである。握りこぶしよりも小さなそれは、半分ほど手を付けられた状態で放置されていた。

「いい肉の日だからね」

わたしは小さくつぶやいた。大学の友だちがそんなことを言ってたんだ、と父に話題を振ったら、こんなところに連れてこられてしまった。中目黒の一等地、国産熟成牛が売りのお店らしい。よく知らないけれど、そう父が言っていた。

「普段は会社の人と使ってるんだよ。お前もいいトコ勤めたら、こういう所で会食したりするんだぞ。金を出せば出すほどうまいもんが食える、お前も頑張れよ」

そう言って、父はまたワイングラスをあおった。もう何杯目か分からない。完全にできあがっている彼の目は赤く腫れ、潤んでいた。

「そうだね」

私は父に気のない返事をしながら、なんだかなあ、と思うのだった。生活はあの頃よりずっと良くなった。いい肉はやっぱりおいしい。それもわかる。でも、なんだか。なんだかなあ。

雑魚を狩れ!/自分が今情熱を注いでいること/奴川

年がら年中ゲームをしています。友達もそんなにいないので空きコマは食堂で携帯機を弄っています。そしたらこの間宗教勧誘の人に話しかけられて、なんというか自分自身のあり方について考えさせられました。いやー、最近食堂に良く出るみたいなんでぼっちの人は気をつけてくださいね。

そんな話はいい、どうでもいいんです。ゲームの話をしましょう。本当はずっとゲームの話をしていたいです。「あなたのおすすめのゲームはなんですか?」ゲーマーキャラを売りに生きているとたまに聞かれることがあるので答えると、今は『undertale』です。ここ一週間ほど、寝食を放棄してプレイしています。

結構有名なのでオタク界隈の人は聞いたことはあるのではないでしょうか。というかメチャクチャ流行っており、私が購入したのもミーハー心からでした。元々はアメリカのインディーズゲームと聞いていたのでヒャッハー系かと思いきやそうでもなく、古き良きRPGって感じのテイスト。いいですね!

まあでもただのレトロ風良作RPGじゃ流行らないんですよね。悲しいかなこの大スマホ時代において、ゲームはバズんなきゃ売れないのです。さあバズれバズれ。じゃあこのゲームが話題になったのは何か、それはキャッチコピーに現れています。undertaleは

『誰も傷つかなくていいRPG』

なのです。つまり、ザコ敵を倒す必要がありません。このゲームでは攻撃コマンドの他、『こうどう』というコマンドがあります。このコマンドを使ってザコ敵と会話することで、相手の殺る気を削ぐことが出来るのです。んでさっさとトンズラこけばオーケー。ザコ刈りの手間なく、ラスボスまで進むことが出来ます。

ただ、会話もめんどくさいんですよね。ぶっちゃけ倒したほうが速い。こっちが会話を持ちかけて来ている間にも、向こうは攻撃してくるし。不公平なんじゃないのかマジで。そんな感じのRPGに染まりきった戦闘狂も大丈夫、勿論従来のRPG通りザコ敵をぶっ殺すことも出来ます。ザコ敵の命は私たちの手の上にあるわけです。

 

 

さて、ここからちょっとだけネタバレ。でも核心に触れるつもりはありません。このゲームシステムからしてなんとなく想像はつくと思うのですが、このゲームは敵キャラの交流具合で後の展開が変わってきます。会話の末に和解した元敵キャラとおうちデートして友情を育んでみたり、虐殺の末に町からモンスターが消え失せたり。そうして進めば物語は感動の、または王道の、または地獄のようなエンディングを迎えます。

ここまでもよくある分岐ゲーじゃんといった感じですが、このゲームがここまでウケた理由であろう要素を最後にひとつだけ。分岐ゲーだと察したプレイヤーは、きっとデータをリセットするでしょう。「あー面白かった、次のエンド回収しに行こう」と。しかしその行為を、ゲームの中のキャラクターが感知できるとしたら?

そんなキャラクターが、このゲームには登場します。さて、そろそろこの文章は終わりです。ただひとつだけ言えるのは、このゲームはゲーマーであればあるほど重たいゲームであると言うことです。私は3日連続で悪夢をみました。

あんなにたくさんの友達が出来たのに、全部無かったことにするのか?あんなに酷いことをしたのに、今度はみんなを救うだなんてそんなことが許されるのか?このゲームでは、リセットボタンに手を伸ばしたことがある全ての私たちが、やり玉に上げられているのです。

商業的うんこ/ネット記事/奴川

http://news.livedoor.com/article/detail/13348453/

うんことは、小学生(主に男子)にとって必要不可欠な存在である。バイト先の小学生は宿題が終わっていないことを「おれ今日めっちゃうんこだわ」と言うし、ちょっと目を離せばノートのすみにうんこを描いている。そして離席するときも決まって「ちょっとおれうんこ行ってくる」。頼むから60分くらいはちゃんと座って勉強してくれ。お前らもう夏休みなんだからパワー有り余ってるだろ。

 

ともかく、子どもたちにとって、うんこは神聖にして不可侵だった。太古より小学生は「うんこ」と口に出しては親やら教師に「品がない」とたしなめられると決まっている。それでも子どもたちはうんこと言い続けてきた。それはまるで、神を病的に崇めるように。

大人になればその魅力を忘れてしまうという特異な性質のおかげで、子どもたちのうんこ聖域は守られ続けてきた。なのに最近、大人たちがこの聖域に土足で踏み入りだしたのだ。みなさんもネットなどで見たことがあるだろう、例のドリルを代表とする児童向けうんこビジネスの幕開けである。ちなみに件の小学生にこのドリルを勧めたら「でもそれ漢字じゃん」だそうだ。当たり前だ。

 

あのドリルをこぞって買っているお母様方、これがうんこ小学生のリアルな反応である!そもそもうんこと勉強という概念が相容れなさ過ぎる。そしてなんで売れている。親が買ってきたこのドリルをニヤニヤしながら解いているであろう小学生よ、君たちはそれでいいのか。そのうんこは作られたうんこであり、君たちの精神性は一切合切含まれていない! これは高学歴にあぐらをかいた編集者どもがなんとなーく君たちに歩み寄ったフリをして作っただけの偽装うんこなのだ!

悪口みたいになってきたのでそろそろ終わりにする。実際の所、塾長が買ってきたのでパラパラ読んだのだが、ドリルとしての質は普通に高くてなんだか悔しい。編集者へのヒガミだって?うるさいわ。