今日、髪を切った。
「うわぁ、だいぶ切ったねぇ。意外と似合ってるじゃん」
「首元スースーしちゃって落ち着かないんだよね」
あれだけ髪を切ることを渋っていた彼だけど、なんだかんだいい反応を示してくれている。まぁ、わたしのことを好きだから今更髪型なんてどうってことないんだろう。明日会社に行けば、きっと友達には失恋したの?とか御愁傷様、とか勝手な憶測を並び立てられることは間違いない。失恋したら髪を切るなんていう文化、一体誰が最初に作ったんだろう。そのせいでおちおち髪も切れやしない。失恋するために、髪を切ることだってあるかもしれないのに。
あの娘は、どういう反応をしてくれただろうか。
5年前
「髪バッサリいこうかと思うんだけどどう思う?」
「いいんじゃないすか?かっこよくなりそうなんで私的にはむしろ推したいまであります」
「お前それが彼女に言うことかよ〜〜」
「先輩は彼女ってより彼氏ですもん(笑)」
あぁ、こんな会話を今思い出すなんて。切った髪と一緒に忘れてしまうはずだった思い出はこんなにも簡単に蘇ってきてしまうものなのか。どうしても彼女の彼女でいたくて、5年も切れなかったこの髪の毛も無くなってしまえばこんなもの。同じように彼女との思い出もどこかに行ってしまうと思っていたのに。あの娘は今ごろどうしているだろう。
〜彼女side〜
明日、髪を切る。
今日、教育実習先の高校から帰ってきたら郵便ポストに見慣れないちょっと派手な便箋が入っていた。送り主とそこに書いてある文字を読む。
その単語だけであらゆることを察してしまい、疲れがドッと溢れてくる。
「そっか…ついに先輩も結婚か…」
誰に聞かせるわけでもない独り言は、ドアを閉める音にかき消された。ガチャリとカギを閉め、カバンをベッドに投げる。さすがにすぐあの封筒を開ける気にはなれなかった。でもあの先輩のことだ、間違いなくギリギリに招待状を送って来たのだろう。私に対して迷いなく招待してくるほど、あの人はバカではないはず。私の元カノ、なんだから。
「私がもし、貴女以外の人と結婚する時が来たら、絶対に呼びたいと思うの。でもそれがすごく残酷なことだってわかるから難しくて」
「まぁ、私たちに将来ってないですからねぇ」
事も無げにいった言葉に、先輩がどんな反応をしたのかはさすがに見ることができなかった。でも、それは本当だし、そこに嘘をついて今の幸せを盲目的に信じられるほど私だってバカではないつもりだ。でも、彼女の言葉に肯定的な答えも否定的な答えも出せないのは、やっぱり私の弱さか。
あぁ、これで、ちゃんと私たち終わるんだな。思い出に浸るのもそこそこに、招待状の出席に丸をつけて、いろんな想いを断ち切るために、私は美容室に電話をかけた。
〜彼氏side〜
これで良かったのかな。
左手の薬指に光る指輪を見ながら、今更どうしようもない考えを巡らせる。プロポーズをしたのはひと月ほど前。付き合って3年の記念日だ。ずっと前から決めてはいたことだけど、やはりいざとなるといろいろ思うところはあるみたいだ。俺も彼女も。髪を切ったと急に告げてきた彼女は、何事もないように振舞っていたから、俺も似合うとしか言わなかった。その行為には、どんな意味が込められているのだろう。さすがに、俺の口から失恋したの?なんてことは聞けるわけもない。
彼女と付き合って、半年くらい経った頃だろうか、不意に言われたのだ。
「私、彼女できたわ」
と。正直なところ、全く意味がわからなかった。そりゃそうだ、二股宣言をされたようなものなのだから。というか、このまんまだと俺が捨てられるのか??とも思ったが、そうでもないらしい。彼女はきちんと俺たちのことを愛していた。俺たちってなんだって話だけど、事実なんだから仕方ない。そうやって割り切れてしまう俺も相当あいつのこと好きなんだろうな、逆かもしれないけど。ずっとこのタイミングでプロポーズはしようと思っていて、彼女が今相手の娘とどうなっているかはあんまり詮索しないでいた。どう転んでも俺の方が捨てられる気がしていたから、しかも縋る方を捨てるっていうのを二股かけてるやつからよく聞いてたしな。彼女がずっと伸ばしていた髪を切ったことに、なんの意味もないとは思わないが、その切り落とした髪にいったいどんな想いを託していたのか、今となっては聞くこともないし、知りたくもない。俺は選ばれたはずだから。
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新婚としては来賓に挨拶する文化があるらしく、受付を終えた人に1人ずつ会わなければならないと説明された時は卒倒しそうになった。結婚式ってめんどくさいなとかってよりは、あの娘とどう考えてもキチンと顔を合わさなければならないという事実に対して。来るか来ないかわからないはずなのに、胸のどこかで間違いなく来るだろうと思っている自分に少し呆れながら、最早何度目かもわからない定型文を並べていた、その時。
「やっほ。久しぶりですね。」
私は、うまく笑えていただろうか。
「…。久しぶり。髪、切ったんだね。」
「先輩こそ。だいぶバッサリいったんじゃないですか?…こんな時までタイミング一緒なんて、奇遇ですね。あ、大事なこと言いそびれてた。この度はご結婚、おめでとうございます。」
こういう時にすごく明るく振る舞うところ、変わってない。想いが消えることなんてそんなこと、あるわけないの。よくわからない涙が出そうになるのを堪えながら、ちゃんと「私と仲のいい後輩」をしてくれている元恋人に精一杯の「仲のいい先輩」を、する。
「来てくれてありがとう、…楽しんでいってね。髪、似合ってる。」
「ふふ、先輩こそ。」
……かーっ!!!こんな小説書いて普通に病むわ!彼氏と結婚して彼女のこと捨てる感じの未来無理すぎる!!限界です!彼氏物分かりいいふりなのなんなんですか!彼女いるまんま結婚するの許してほしいです!というわけで、この話の状態としては大体ノンフィクション(彼女と彼氏がいて彼氏は結婚を考えている)なので、彼氏と彼女との将来とか色々考えてこういう内容にしました。どっちを取ってもみんな幸せになることはないのが辛い。この前3人で飲むことがあって、(彼氏彼女と私)その時に彼女に言われた「3人とも幸せになんてなれないですもんね」が胸に刺さりすぎている…。まじ日本が間違ってるなとか思うんですけど、そんなこと言っても仕方ないのわかってるんでため息しか出ませんね。最近はポリアモリーとかいう複数愛の形もあるらしいですけど、普通に単なる浮気性じゃんって言われたら言い返せないのも事実だったり。個人的には浮気してるつもりないんですけど…二人に一途だからなんか、説明難しいんですけど。どっちとの将来も思い描けるのに、どっちかはありえない未来だって思うと不思議。どっちも選ばない選択肢とか、もはや死んでやろうとか思うけどそれは逃げなのかなとも思う。難儀です。どっちの方が好きなのとかすごく聞かれるし、周りの人には普通に彼氏にしときなよとか言われるのは結構しんどい。普通にってなんなんですかね…「社会的に普通」が多分周りから見た幸福なのかもしれないし、実際そう。「自分の中での幸福」を選ぶのか、それとも「社会的に見た幸福」を選ぶのかっていう二者択一に、遅かれ早かれ間違いなく迫られてしまうんだろうけど、しばらくはこのままでいるつもりではあります。大切な問題を全部後回しにする癖へのツケは間違いなく大きいし、彼氏彼女にとってもきっと苦しい思いさせるんだろうけど、どうしてもまだ選べないし、そもそも選ぶという行為が理解しきれていないのが現状なのかなと思います。こういう物分かり良さげな文章書くことで少しでも選べるようになるのかなとか思ったけど逆に無理なもんですね。世の中のうまく二股してる人!!どうしたらいいのか教えてくれ!!!