「あったかい」カテゴリーアーカイブ

短文でごめん/あったかい/ばたこ

朝、重たいあたまがもっと重たいからだを引きずって支度をする。時間がない。授業の準備もしてないし、バイトの予習だって終わってない。どうにかスーツを身にくるませて、コンタクトを着けていえを出る。ご飯なんて食べてないし、途中で温めた紅茶だって飲まないで出る。

大学に入ったときに買ってもらったロードバイクをかっ飛ばす。家から2キロで駅。なだらかな下り坂だから、頑張れば10分くらいで着くはず。時間がない。本当に時間がない。昨日のゼミの発表はボロボロだったな。週末三日間熱でダウンしてたし、このごろ期限まっしぐらの教習所もあるから今だけじゃなくてずっと時間がないし仕方ないんだけど。やっぱり何事も早め早めにやらなきゃいけないな。

そろそろ半分地点の大きな交差点に差し掛かる。遠くに見える信号が真っ赤だから、ゆっくりとブレーキをかけて減速する。その途中で青に切り替わる。それから少しずつ加速して、ギアを上げていく。急がなきゃ。授業もバイトも待ってくれない。ギリギリなんだ。今も、これからも。

勢い良く交差点を通過する。その時、電柱にあるものがくくりつけてあるのが眼に入った。

花束

この五年間くらい、この花が枯れてあるのを見たことがない。いっつも丁寧に車道側から見えるようにくくりつけてある。この人は五年間忘れられたことなんて無いんだろう。そして多分、この花をくくりつけてる人は、忘れてほしくないんだと思う。そのために、歩道側じゃなくて車道側。多分。

減速して、ギアを少しずつ落としていく。遅刻したって良いじゃない。バイトなんて知ったことじゃない。バイトの予習は授業中にしよう。駅についたら上島珈琲で授業の準備をしよう。そういえば手袋を忘れたから手が冷たいな。駅についたらカイロを沢山買おう。大丈夫。自分はこれでも頭がいいんだ。全部きっと、なんとかなる。

日記/あったかい/T

日記をつけることなんてしないだろうと、たいした理由も無く、でもずっと思っていたんだけれど、先月になんか気が変わったので、日記はじめてみることにした。

 

私のおばあちゃんが結構まめな人で、もう何十年も毎日、その日起こったことを丁寧に日記帳に書き記していたりして、お前もやってみなーと何度か自分に勧めてくれたりした。おばあちゃんが、自分の日記帳を見ながら、去年の今日はこんなことしてたねーとかつぶやいて、なぜか楽しそうにしてるのを見て、へーと思ったけれど、俺は根気ないからずっと続けられないだろうなとか言って、今まであまり興味が持てずにいた。

妹も1年前くらいから日記を始めていて、日記いいよーって、その効果を説かれたりしたけれど、自分はいいかなってそのままにしておいていた。何か書き記しておくほど、抑揚のある生活もしていないし、中学生の頃、毎日の宿題だった生活記録を書くのが面倒で、毎日お天気のことばかり(今日はすごく肌寒かったです。明日は暖かいといいです…とか)書いてた記憶も残っていて、そうやってもなぁ…と思っていたし。

 

 

そんな感じだったのだけれど、今年の夏休み半分過ぎた頃から、色んな事があったり無かったりして、モヤモヤ鬱屈とした感じが自分の中でなかなか消えなくなっていて。ある大人に「お酒たくさん飲んで、酔いつぶれて、その時に口から出てきたことが本当の気持ちとかやりたいことだよ。頭スッキリするよ…。」という大人のアドバイス(?)を頂いたのだけれど、私はほんのちょびっとのアルコールで顔が真っ赤になってしまう下戸なので、その方法を使うと口から出てくるのは言葉じゃなくて、たぶん…。

あとモヤモヤしていた理由の一つに、年末が近づくにつれて、今年1年自分が何をして生きていたのか…という疑問や不安があって、それを2016年の最後の最後だけでもなんとか解消したい(今年本当に何も成し遂げていないような気もするけれど)、気持ち良く夜眠りたいと思って、なんとなく避けていた日記をつけてみようかなというところに行きついたのでした。

 

毎日寝る直前に、その日あって頭の中に残っている出来事や思ったこと、読んだ本なんかをばばっと綴る。手書きが良いのか?と思ったけれど、自分の汚い字だと見直すのに苦労するだろうと思ったので、パソコンで。眠くてぼーっとした状態で、文体とか段落とかはあまり気にせずにできるだけ早く打ち込んでいく。酔った状態まではいかないけれど、ぼんやりした頭で、内容は大雑把に、出てきた思いの通りに書き込む。

この方法で毎日日記をつけてみると、想像よりも楽しくて、発見だった。キーボードを打つスピードが、書きたいように書くためのスピードに追い付かないかもしれない…と思っていたけど、大学の課題等のおかげで、自分のタイピングが上達していることにも驚いた。そこそこ流れるように綴れて、気持ちがいい。

あと、その日の出来事に対して持った自分の感情とか考えが、なぜか書くことではっきりする。綴っていてホクホクしたり少し興奮した気分になる出来事は、やっぱり嬉しかったんだなって気付くし、辛かったことは、もう一度傷口に塩を塗っている気分になる。「何もない一日でした。」という事には、書いていると意外とならない。内容の大きさはともかく、何もしないよりは多少の充実感と穏やかさを持って布団に入れる。

 

まだ1か月ちょっとしか書いていないし、前に書いたことを振り返ったりもあまりしていないけれど、今のところ日記つけるのも悪くないな…と思ったので、とりあえずこのまま続けようかなと思っている。溜めずにいつまで続くかな…。

さむいけどぬくい/あったかい/YDK

人と寝るのが好きだ。

寒い冬ならなおさら、暑い夏でも関係ない。人肌恋しい、というとメンヘラくさいけど単純に昔から1人で寝ることがなかったせいだと思う。高校を出るまで、同じ部屋にだれもいない状態で寝たことは数えるくらいしかない。昔色々あったせいで、母親がわたしを1人で寝かせることを大変嫌がったからだ。それからずっとこたつなりソファなりで母親のいびきを聴きながら寝る毎日だった。

話を戻そう。

1人で寝るのが苦手だ。人の体温というのはどうしてこうも安心するのか。もちろん寝返りは打ちにくいしシングルベッドだから狭いし布団は取られるしでいいことなんてないのに、ふいに1人で寝る日は大抵寝つきが悪い。広いベッドにそわそわするし、空間に自分しか感じないと、色々なことを考えてしまう。お化けとか泥棒とかへの不安はもうないはずなのに、暗闇と瞼を閉じた時が一緒になって自分が目を閉じているのか閉じていないのかわからない。自分がそこにいるのかいないのかわからない。そのまんま溶けていくような、孤立するような、不思議な感覚にとらわれる。

それに、ふと思った何気ないことを話す相手がいないのも原因かもしれない。大体はTwitterに垂れ流すのだけれど(ブルーライトが不眠の一因説はある)ねぇ、といったらなに?と返ってくる状態は一度知ってしまうと戻れないし、それを当たり前に感じるようになったらもう終わりだ。ヒトというのはおかしなもので、当たり前に慣れたらそれまで当たり前ではなかったはずなのに、それがないとおかしな気分になる。悪い意味で順応してしまう。

ひとりはさむい。ふたりはあったかい。布団が取られてさむいけどあったかい。布団に包まれてあったかいけどさむい。ひとりで心があったかくなれたらいいのに。おしるこを飲んでもこたつで丸くなっても心はあったかくなれない。いま横で寝てくれるのは身体の関係だけの人。あっちがわたしを求めてくれることがあったかすぎて暑いけど、わたしも心を許したらもっとあったかくなれるのだろうか。逆に関係が落ち着いて冷めてしまうのだろうか。今の関係はきっと涼しいくらい。決してあったかくはない。セフレの関係から恋人同士になったらもっとあったかくなれるのかな、なんてことを悪びれもせず彼に聴きながら今日も2人で訳のわからない温もりを抱いて寝る。

求人/あったかい/ねおき

 

“寒くなると人恋しくなる“

 

横浜に来るまでは、そんなことを感じたことがなかった。寒さでいったら地元のほうが断然寒いし、雪も降るし地面は凍る。高校への道のりなんて地獄のようだ。まっさらなもっさり積もった雪の中を、うえ~うおお~って言いながら歩く。そのゾーンをなんとか抜けると、次に待っているのはでかい極寒の水たまり。しかも水深が深い。タイツと靴下の上にブーツをはいていたけど、ブーツはムートン生地だったので、雪には勝てても、水には無力だった。水にぬれて色が変わり別人のようになったブーツを引きずりながらようやく学校に着くころには、寒さで石のように体が固まっているし、顔も固まって「おあおうおあいあう~(おはようございます~)」と言葉を発する能力がなくなる。

こんな冬を過ごさなくてはいけなかった。だけど、人を恋しくなんて感じなかった。。人に対して感情が生まれなかったのかな、冷たかったのかな、って今は思う。

 

 

横浜に来てはじめての冬がきた。こっちでも寒い寒いと言ってしまうけど、雪が降らないから足からくる冷たさはまったくないし、寝坊して急いで家を出るときにマフラーを忘れたとしても、なんとか外を歩ける。こっちのほうが暖かいのは確かなのに、とても人恋しくなるのだ。人の温度がほしくなるのだ。もともとは人に寄って行ってくっつくようなキャラじゃなかった。むしろ、冬の全校朝会の前に体育館で抱き着き合っている女子たちを見て、ハァ?なんでそんなことできるの?と思っていた人だった。でも今は、人に会えると嬉しいし、まだ少しためらいもあるから無言でだけど、人にくっつきに行く。学校に来たら友達に会えるのは、地元もここも同じなのに、どうしてだろう。違うのは、家に帰るとだれもいなくて、ひとりにならざるを得ないっていうことだけ。それがこんなキャラ変のようなことを引き起こしてるんだろうか。

ひとりになりたくて家を出て、ようやくひとりの時間と場所を手に入れたけど、結局人が恋しくなってしまった。人と関わりたいと自分から思うなんてなあ。

 

 

心地のいい人たちに会いたい。恋しい人たちに、これからはもっと素直に「会いたい」って言ってみようかなあ。

 

 

カエルたちはよく眠る/あったかい/五目いなり

……ん?
あれ?
あちゃあー、やっちゃったよ、もう10時だ。
アラーム、6時からずっと鳴りっぱなしだったのかな、全然聞こえなかったけど。
あーあ、一限どころか二限もこれじゃあ間に合わないね。
夜更かしすると、外が明るくなるまで起きれないから嫌だよね、そのせいでカーテンも閉められないし、寝坊助には困ったもんだよ。
……え?
だから無理だって言ったんだ、って?
んー、いや、まあ、言われたけどさ、仕方ないでしょ、美味しい朝ごはん作ってあげたかったんだから、そんなに怒らないでってば。
ま、でも起きれなかったもんは仕方ない。
仕方ないから、今日の朝ごはんは適当に昨日の残りでいいよね?
そう、春雨スープ。
すぐ食べれるし、きっと体も温まるよ。
つるっと食べれちゃうから、食欲ないとか言わずにさ。
朝寝坊した奴がいうのもあれだけど、朝はしっかり食べた方が良いって。
だから、いつまでも布団に入ってないで、早く起きなよ。
ほら、ご飯の準備してくるから、窓開けて換気しておいて。
どうせなら朝の綺麗な空気を暖房に掛けて、温まった方が心地良いでしょ。
……あれ、そういえばゴミ、捨てておいてくれたんだっけ?
ああ、ありがとう、通りでシンクが綺麗だと思ったよ。
やっぱり朝早く起きてゴミ捨てるの、難しいよね……夜更かしの良いところって、夜の内にゴミ捨て忘れないことだね、あんまり早すぎると、怒られそうだけど。
いやー、それにしても、寒い、寒い。
換気したいとは言ったけど、やっぱり外の空気は冷たいね……って、何布団入ってんの。
いやまあ、寒いけど。
……。
……もうちょっと向こう寄って。
……ふはあー、やっぱり布団はいいわ……。
ぐあー、これは起きれない……子供体温に捕まって起きれない……なんで君そんなにあったかいのさ……。
……って、やばいやばい、鍋煮えちゃってる、火掛けっ放しだった!
うわー、スープ蒸発しちゃってるわ……まあ、食える食える、大丈夫。
ちょっと、テーブルの上片付けておいてくれないかな、昨日の空き缶とか瓶とか、おつまみとか。
うん、コップも。
全部こっち持ってきて、テーブル綺麗に拭いといて。
あとついでに、もう窓も閉めちゃっていいよ、どうせあとで洗濯もの干す時に開けるし。
あ、お箸置いといてくれたんだ、ありがとう。
早速、食べようか。

いただきます。

……ん、食べないの?
調子悪い?
え、あんまりお腹減ってない?
……でも食べた方がいいよ、胃の中アルコールとおつまみだけで学校行くのはあんまりお勧めしない、いやこれほんと。
美味しいのになあ……じゃあ置いといてくれたら、食べるから。
あ、そう言えば、昨日見たやつ、今日返さなきゃいけないんだっけ?
続き早く観たいな、今日、ついでに続きも借りちゃおうか。
……あ、そうだったっけ、今日出掛けるのか。
うん、いいよいいよ、行ってらっしゃい、DVDは返しておくから、うん。
とりあえず続きは明日にしようかな、どうせなら一緒に観たいしね。
……ふー、温まってきた!
あれ、食べないの?
……ああ、そっか、お腹減ってないんだっけ、要らないなら食べちゃうよ。
うん、ちょっとでも食べといた方がいいって。
……ほら見ろ、美味しいだろ!
へっへっへ、じゃあお皿洗ってくるから、それ食べちゃってね。
終わったら、洗濯と掃除、頼んだよ。
三限は行くんだからね。

星をむすぶ/アッタカイ/エーオー

11月の木枯らしが、乾燥してひび割れそうな頬に切れ込んでいく。墓参りも終わり、親戚一同の正面ではお坊さんがなにやら話を始めるようだ。
「蓮、もう小学生でしょう。ちゃんと立ちなさい」
遠くに出かけるときは持ち歩いている星の図鑑を開き、座りこもうとすれば母にたしなめられた。この調子では父が本を取り上げてきそうだし、大人しくあきらめることにする。

「みなさん、しらすは分かりますか。君も、分かるかな。ご存知の通り、日本人はあの白い小さな魚たちをご飯に掛けたり、しょうゆにつけたりして食べますよね。なんてことない、当たり前の食べ物です。

「ところで先日、外国人の方に『日本にはこういう食べ物がある』と話すと、彼は言ったんです。それは残酷だと。驚いて、よくよく聞いてみるとこういうことでした。彼の故郷の村では山羊を食べるんだそうです。その山羊をたくさんの人に分けながら、四、五日かけてひとつの命を頂く。なのに、日本人はこの無数の命を一度に食べつくしてしまう。それが、残酷だということでした」

風があかぎれをなぞって初めて、本を握る手の力が強すぎることに気付いた。でも生きることにはしかたのないことですよね、とお坊さんは朗らかな笑顔で言う。いただきますは、命をいただいているということなんですよ。そこで話は終わり、みなぞろぞろと予約した料亭に向かうべく、駐車場の方へと歩き出した。

蓮は黙って、図鑑の表紙の星座を見つめていた。歩きながら、どうしてか分からないのだけど目に水がたまって、白い星たちはそこに溶けてほそながく尾びれを伸ばして、泳いだ。

給食係がいただきますの号令をかけた。蓮はこの時間がいっとう嫌いだった。
「おまえ、今週のスイハンジャーみた?」
「見てねーよ。おまえまだそんなもん見てんのかよ。だっさ」
「は? ださくねーし。新山さんも見てるのにそんなこと言うなよ」
「わたし見てないよ」
一年二組では給食の時、近くの席の生徒と机をくっつけて食べる。班のメンバーによって自然に会話が生まれたり、生まれなかったりするのだが、今回は男子が随分にぎやかな班になった。
蓮は喋るのが苦手だった。聞き役に回ることが多い。話に耳を傾けながら、やさしげなうぐいす色をしたお盆の上のメニューたちと一対一の孤独な戦いを強いられる。ぼそぼそとしたコッペパンは一向にかさが減らない。白いんげん豆は相変わらず噛んではいけない味がする。
「うそつけ。見てんだろ」
「見てないってば」
新山は髪の毛を耳に掛けながらスープを吸った。先の割れたスプーンがぴかっと光る。班で唯一の女子の新山は男子のからかいをもろともしなかった。
周りの生徒がどんどん皿を空にしていくなかで、蓮はコンソメの海にただよう玉ねぎを彗星に見立てていた。どうせ今日の昼休みも、担任が丸点けをしている横で給食を片付けるのに使われる。図書室には行けそうもない。
おえっ、と喉がたわんだ。
「レン、また残すのかよ」
「あれだよ。世の中には食べたくても食べれない人がいるんだよ」
席から立ち上がりながら寺尾が言った。新山は遥か遥か遠くの給食台の列に並んで器を片付けている。

さて、こんな調子におのこしでお残りさせられ続けているため、母はある作戦を決行することにしたらしい。
「それじゃあ、エプロンと三角巾をつけ終わった人から手を洗って来てください」
ほがらかな男性の声がかかった。それが、蓮のいる班の担当のユスラウメ先生だった。共働きが増えているとはいうものの、親子料理教室で男性の先生はやはり目立っている。
つまり、母は蓮の食への関心を高めるために自分で作ってみてはどうかと考えたらしい。成果がどうなるかは分からないが、ともかく食べることに対峙するよりは気が紛れてよかったと蓮は思った。
「お、蓮くん。包丁を使うのが上手いね」
合いの手の入れ方が心地よく、母親たちに囲まれがちなユスラウメ先生は、しかし器用にそれをくぐり抜け子どもたちに話しかけてくる。蓮はお、とか、あうとか不明瞭な返事しか返せなかったが、先生は涼しい顔で待ってくれている。父が少し乱暴な性質なのでこの先生は新鮮だし、好きだと思った。
「蓮くんは、何が好きなの」
めげずに先生は話しかけてくれる。今度は朔にも答えられる質問だった。
「星とか、宇宙」
「へえ、すごいな。ロケットとか、宇宙ステーションとか?」
「ううん。星座が好き」
「あ、そうなんだ。いいねえ、浪漫があるね。オリオン座とか先生もやったなあ」
みじん切りにされた玉葱がきらきらと潤んでいる。次に手に取った合挽き肉はひんやりとしていた。

***

だから大丈夫だと思ったのだ。なのに、蓮の手は動いてくれなかった。
調理も盛り付けも終わり、自分で作った料理はいつもより輝いて見えた。実際、半分くらいまではいいペースで食べることができた。
でも、ハンバーグの残り半分に差し掛かるともうお腹がいっぱいだった。いつもの学校の教室のほこりの臭いが蘇ってくる。母が別の親子と話していてこちらを見ていないのが幸いだった。気付かれたら食べなさいと言われる。そうこうしているうちに、一番気づかれたくない人が来てしまった。
「蓮くん、もうお腹いっぱい?」
蓮は顔を上げられなくて、ユスラウメ先生のエプロンの名札をじっと見つめるしかなかった。この人にだけはばれたくなかったけれど、人をよく見ている人だから見つからないはずもない。
「無理に食べても辛いだけだからさ、食べれる分だけ食べればいいよ。どうしよっか、もうごちそうさまにする?」
先生はユスラウメという、へなへなとした名前が良く似合う細い身体をしていた。布巾をたたみながら、先生はそっと待ってくれている。その白くなったジーンズの膝を見つめたまま蓮は口をほどいた。
「ごちそうさまって、なんですか」
「え?」
「いただきますは命をもらうって意味だっていうから」
「学校でならったの?」
「ううん、お坊さん。日本人はしらすをいっぱい、食べるから残酷なんだって。でも、世界には食べられない人もいるから、食べなきゃいけないからって、だからね、どっちがいいのかなって」
ユスラウメ先生の顔から、静かに静かに温度が滑り落ちていった。脚の感覚がなくなっていったけれど、先生の手が手首を握った。その暖かさに励まされるように、蓮はじっと待つことにした。
「食べることを幸せだと思うことと、食べることを幸せだと思おうとすることは、違うよ」
さっきまでのなめらかな口調ではなかった。ひとつひとつ言葉を辿るように、ゆっくりと先生は言った。
「そのいただきますの意味はね、変な大人が勝手につくった嘘なんだ。大人はずるいから、自分で言っておいていちいちそんなこと考えてないんだよ。先生もね、そんなこと考えてない。心はだませないからね、蓮くんが幸せだと思ったことだけ、覚えていればいいんだよ」
重かったね。命なんて重いよねと、背中をさする先生の方が苦しそうだった。蓮は、胸のあたりに絡まっていた重りがじわじわとほどけていくように思った。

さめれどもさめれども/あったかい/縦槍ごめんね

突然だが僕に、彼女ができた。優しくて、とても気配りのできる素敵な女性だ。20年以上彼女のいなかった非モテ男の僕にはもったいなさすぎる。おそらく生涯、僕に彼女以上の女性なんて現れないだろう。何故彼女が僕と付き合っているのか、ちゃんと僕のことを見てくれているのかもわからない。とにかく色々自信がないのだ。

だけど、いやだからこそ僕は彼女のことを失いたくない。世の中に僕より優れている男性なんていくらでもいる。そんな素敵な方々に彼女が心を奪われてしまうことだってあり得る。いや、きっと僕のことが少しでも嫌になったら奪われてしまうに違いない。だから、僕は出来るだけ、彼女に自分の弱点を隠すことにした。

その僕の弱点とは、極度の猫舌であることだ。

そんなこと? と思われるかもしれないが、僕の猫舌はパンピーたちが考えているそれより遥かに重症だ。ホットコーヒーが飲めないのはもちろんのこと、ラーメンは熱すぎるので、セルフサービスのお水のなかに入っている氷を口に含んだ状態でないと食べられない。レトルトのカレーは湯煎したところで、冷めるまで待たなければたいけない。最近はもう湯煎せずにそのまま食べている。

とにかく、僕は食べ物に関して、温かいと感じたことがない。熱いか、冷たいかの二択だ。秒速5センチメートルで明里ちゃんが渡してくれたほうじ茶もきっと、口に含んだ瞬間に吐き出してしまって、そのまま第3話までたどり着くことはないだろう。

こんな弱点を彼女に知られてしまえば、きっと、気持ち悪がられて、別れを切り出されるにきまっている。彼女と別れるなんて絶対に嫌だ。

しかし、この冬という季節は猫舌にとって一番厄介な季節なのだ。猫舌の大敵とも言える、鍋の野郎がやってくるからだ。今までの外食では、辛うじてごまかしてきたのだが、今日の彼女の自宅で、鍋をやることになった。逃げ場がどこにもないというこの状況は非常にまずい。・・・我慢して食べるしかない。

そんなこんなで、はっきりとした打開策が見つからないうちに彼女の家にやって来た。すでに鍋が用意してあり、直ぐに食べることになった。目の前には美味しそうな鳥鍋。

僕にとっては地獄絵図だ。しかし、ここで変な小細工をすれば間違いなく、ばれてしまう。覚悟を決める。鶏肉を口に運ぶ。脳が暑いと感じる前に飲み込むんだ、俺。しかし、先程までグツグツと煮えたぎっていたそれは、容赦なく僕を苦しめた。そして、その苦しみは涙へと形を変え、僕の頬を流れ落ちた。その姿を見ていた彼女が不安そうな面持ちで僕を心配してくれた。

「あんまり、美味しくなかった?」

「い、いや、すごくほいひいよ!」

無理だ、熱すぎて、まともな反応ができない、しかしここで、水を飲むとあまり美味しくなかったから、水で流し込んだと思われる。どうしたら!

「熱かった?ごめんね、猫舌なのに食べるの急かすみたいになって。」

彼女が優しい声でかけたきた言葉に、僕は驚いた。え、え、ばれてたの?

「え、え、ばれてたの?」

考えていたことがそのまま言葉として口から飛び出た。

「うん。だって、外でごはん行くと色々挙動不審だったし、特に食べるときに。というよりも隠してたんだ。」

「・・・だって、気持ち悪いかなと思って。」

「なんで、気持ち悪いのよ。そんなことカッコつけて隠そうとしてるほうがよっぽど、気持ち悪いわよ。」

あ、そっか、僕が、不安に思う必要ないくらい、彼女は、僕のことを見ていてくれたんだ。

「・・・ごめん。」

「謝ることなんて、何もないでしょ。ほら、冷める前に食べよ。あ、猫舌だから、冷ました方がよかったかな?」

彼女は少し笑って、鍋を取り分けだした。この時以降、猫舌の話しはあまりしなくなった。というよりも、僕が気にしなくなったのだろう。

「・・・いただきます。」

鍋ってあったかいんだな。

生態調査/あったかい/なべしま

獣は高級な絨毯のように毛深く、指がすっぽり埋もれてしまうくらいで、あちこち絡まって目を隠し、爪を隠し、この世の毛糸玉全部を解いて滅茶苦茶に被せたような惨状。汚らしく貧相、見るだけで不幸になりそう。
幼い頃からのこの風貌、忌まれ疎まれ遂に墓守に就任したという。名札もなし、立て札もなし、事前に獣についての予習を怠らなかった彼のような人間でなければ単なる不潔な化け物に見えたことであろう。事実五分前、彼はこの墓場から一目散に逃げ去る人物を目撃している。
彼が礼儀として団子を差し出したらば、獣は茶を出しもてなしてくれた。獣は作法には厳しいらしく、ただ彼の作法は心地良いようで、普段ならば不届き者の脛には噛み跡がつくのが通例であるが、温かい湯気に包まれて和やかに談笑が始まった。

ではお聞きしますがとペンのインクを確かめ、ボードに紙を挟んで、そして獣の様子を、嫌ではないかとチラリと見ると表情は見えずしかし別段気にしてもいないようで、彼はそれではと座り直した。
普段はなにを食べるのですか、と聞くと獣は考え込み、特になにも食べてはいないと返したようである。なにせ獣は口の形状、見えないのだか人間のものとは違うらしく、唸り声混じりの母音のような言語で話す。これを聞き取るには一級の耳が入り用であり、彼には才能があった。獣は毎日空気ばかりを飲んで、吐いて、そこになんの栄養源があるのか、空気中にも微生物などという極微の生物が浮遊しているらしいから、もしかしたら驚異の燃費を誇っている可能性があると記入する。それからもでは団子は食べないのか、いや食べる、他に嗜好品はあるのか、煙草なんかはどうだ、いいや吸わないが燐の香りは好きであるなどの質疑応答。彼は学者であるらしかった。獣の生態を解明し、然るべき地位に分類するという。
それならばなぜ趣味だの好物だのを聞き出すのかはサッパリ判らぬ。終いには電話番号さえ判明した。ペンは持てぬから爪先で粘土板に書き付け渡すほどの優しさで番号の受け渡しがなされたが、獣の厚意に感心するばかりである。

ある冬の話。/あったかい/あおいろ

ある冬。

私は友達から、マフラーをもらった。
それはとってもあたたかくて、私の熱を逃がさないというよりマフラーそのものが熱を持っているような、そんな風に感じるものだった。
そのあたたかさが嬉しくて、私は毎日そのマフラーをしていた。

ある日、その友達とたまたま出会ったことがあった。
その日も私はそのマフラーをしていた。
私は友達に、
このマフラーありがとう とってもあったかいよ
と伝えた。
そしたら友達は、
当たり前よ だって それはオコジョなんだから
とさらりと言った。
へえ そうなんだ
と私は返事をした。
オコジョでできているマフラーなんてめずらしいな、と思いながら。

 

ある冬。

私は友達から、耳あてをもらった。
それはマフラーと同じようにあったかかった。そのうえ、私がどんなに走っても落ちないくらい耳にぴたりとくっついて、とてもつけ心地がよかった。
そのあたたかさとつけ心地が嬉しくて、私は毎日その耳あてをしていた。

ある日、その友達と一緒に遊ぶことがあった。
私は友達に、
この耳あてありがとう あったかい上につけ心地が抜群だよ
と伝えた。
そしたら友達は、
当たり前よ だって それはリスなんだから
とさらりと言った。
へえ そうなんだ
と私は返事をした。
こんな会話、前もしたことがあるなと思いながら。

 

ある冬。

私は友達から、ニット帽をもらった。
それはマフラーや耳あてと同じようにあたたかかった。そのうえ、羽でも生えているかのように軽くて、嬉しくてスキップしてしまうくらいだった。
そのあたたかさと軽さが嬉しくて、私は毎日その帽子をかぶっていた。

ある日、その友達と一緒に帰ることがあった。
その日も、私はその帽子をかぶっていた。
私はその友達に、
この帽子ありがとう あったかくて 軽くてとってもいいね
と伝えた。
そしたら友達は、
当たり前よ だって それはウサギなんだから
とさらりと返した。

ねえ
私は足を止めた。
友達も足を止めた。
いつもそうやって返すけれど それってどういう意味なの?
別に 本当にオコジョやリスやウサギでできている訳じゃないじゃない
友達は、私のことを見た。

そうだね そろそろもういいかね

友達がそう言った瞬間、ずしり、と頭に重みを感じた。
えっ?
何が起こったか分かっていないうちに、今度はぐいんと頭を押された。
わっ
少しよろめいて顔を上げると、そこには白く光る一匹のウサギがいた。
ぽかんとしていると、次に耳と肩も重くなって、それらは今度はたったかと私の体を伝って降りていった。
それは、同じく白く光る二匹のリスと一匹のオコジョだった。

そして、その四匹は私ことをちらりと見ると、ぱたぱたとどこかへ走っていってしまった。

 

もう春だね

友達は、そう言った。

氷から逃げて/あったかい/ふとん

「北海道出身なんだ!じゃあ寒いの平気なんじゃない?」

こっちに来てから1億回された質問。「全然平気じゃないしとてもとても寒い」という回答を与えるのも1億回やった。仲良しじゃない人との会話なんて、お互い偏見がなくてもあるふりをして提供し合わないと続かないし、考えずに返せるこういう質問はむしろ楽だと思うからこの中身のないやりとりに文句はない。

何億回でも同じ答えが出るくらい、冬のわたしは寒がりだ。家にいたら暇さえあれば電気ケトルのスイッチを入れる。はじめはココアや紅茶にしょうがを入れたのを飲むけど、10杯近くなると全ての味に飽きてお湯をそのまま飲む。毎日お風呂を沸かすせいでガス代水道代がひどい。暖房は設定温度を下げて付けっぱなしで家を出るから電気代もすごい。学校で耐えきれなくてすぐ自販機のあったか〜いに課金する。熱量が欲しいのか、夏は食べない甘いチョコレートやクッキーを摂取しないと落ち着かない。

特に足先と指先は氷になる。昔は、隣に寝ていたお母さんのあったかい足にくっつけてあっためようとしたけど、毎回あまりの冷たさにビクッとして逃げられた。彼氏と眠るとき、彼のふくらはぎに足の甲を当てると、ヒャーと悲鳴が上がる。いまは我慢してあたためてくれるけど、いつかもっと寒い日に、足をくっつけるのを拒否される未来が見えていやだ。

 


 

授業中、ペンを持つことがつらくなるくらい指先が冷たくなったから、自分の首に指先を当ててみた。あったかい私の首は指先の冷たさをどんどん吸収して、冷たい指先は首のあったかさを奪っていく。

これはなんだろう。わたしが、わたしを使ってわたしをあたためているのと同時に、わたしが、わたしを使ってわたしを冷やしている。ふしぎな行為だと思った。結局あたためてるのか冷やしてるのか、それとも、何もしていないのと同じなのか。

小学生のとき、チャレンジに毎月付いてきた読みものが大好きで何回も読んだ。だから、「夏暑いときは、太い血管が通っている首や手首に濡れタオルや保冷剤を当てて冷やすと、冷えた血液が全身に回ってすずしくなるんだよ!」って書いてあったのも覚えている。そうだとしたら、わたしは自らの指先で太い血管を冷やすことで、指先を含む全身の血液を冷やしていることになるね。

すごい発見だ。濡れタオルや保冷剤という外部からの援護なしに、わたしはわたしを冷やすことができる。これを永久機関というのか。首を指先で包み込んで冷やしたら、そのうち体温は0℃より下がって、凍死してしまうんだろう。死体は首を締めるようなポーズになるから、自殺したと思われてしまうかもしれない。

もう絶対に、指先を首であたためようなんて思わない。うっかりやってしまわないよう、気をつけないといけない。わたしは日差しの当たっているあったかいおふとんの上で死にたいから。