「ぜんぶ雪のせいだ。」カテゴリーアーカイブ

薄氷/ぜんぶ雪のせいだ/リョウコ

寒そうですね、と12階のオフィスから、エントランスを出て行く黒い影たちを見送りながら呟いた。
窓枠に腰掛け、冷たいガラスに額をつけて、結露をなぞる。
「行儀が悪いよ」
就業中の長谷川さんの声がオフィスに放られた。ここには私と、年上の同僚である長谷川さんしかいない。ので、私が拾ってやるしかない。
「仕事とプライベートは分けるたちなんです」
「ここは会社だよ」
「仕事終わったんで」
レスポンスが異様に早い。話している暇があったら、パソコンとの睨めっこを早いとこ終わらせてくれればいいのに。
オフィスに沈黙が帰ってくる。
カチャカチャとキーボードを叩く音が聞こえてきた。やっと振り返ることができる。
冷たいガラスに今度は背中をつけて、長谷川さんのやつれた横顔を見つめる。
年末の頃より少し痩せたようで、顔の輪郭がいつもよりスッキリしている。
仕事納めから年始にかけて、何かあったのだろうか。母親の体調が思わしくないとこぼしていたのを聞いたけど、その後はどうだろう。
私はどの程度この人に許されるのだろうか。
「あ」
唐突に長谷川さんがこちらをみた。
重たい二重とバチッと正面から目が合って、狼狽える。
「なんですか」
ほら、と促されて窓の外を見る。
「うわ」
藍色の夜空を吹き抜ける風に乗って、ちいさな氷の粒たちが舞っていた。
「降っちゃったね」
ぶぅん、と小さく唸って、パソコンのエンジンが止まった気配がした。
長谷川さんは、このまま真っ直ぐ帰るつもりなのだろうか。
定時に仕事を終えてから、自分一人しかいないオフィスに二時間弱も居座っていた年下の同僚を金曜のオフィスに置いて、まっすぐ帰ってしまうのだろうか。
「春日さん、傘、持ってる?」
背後から、年上の同僚が歩いてくる。
長谷川さんの言葉を、私はどう打ち返したらいいのだろう。

雪の夢/ぜんぶ雪のせいだ/ねおき

 
初雪が降った夜

しんしんと雪は降り積もり
あたり一面真白になった
 
 
 
ぼてっとした大きい雪の粒
こんなに降った雪に嬉しくなって
早くに目が覚めた朝
僕は厚いコート着込んで
外へ出た
 
 
 
 
頭の上には
青く澄んだ空が広がっていて
凛とした空気が心地よかった
 
大きく息を吸い込んだ
 
 
 
 
 
 
ふと 白銀の世界のなか
僕は君を見つけた
君に出会った
 
 
 
朝の光を反射する
真白な雪は
君を照らすために
あるようだった
幻想的な世界のなかで
ふわふわの雪に触れて
無邪気に笑い喜ぶ君は
妖精のようで
とても眩しかった
儚げで 夢のような光景だった
 
 
君と出会ったあとの僕は
あの澄んだ空のように
ただまっすぐ 素直で
初めて誰かを愛せた
 
 
 
 
 
だけど
 
 
始まりがあれば
終わりは必ずくるもので
早すぎる終わりは僕らにも訪れた
 
 
 
 
冬が終わる少し前
君はいなくなってしまった
僕は空っぽな気持ちを抱えたまま
春を迎えたんだ
 
 
 
 
 
あの日君に出会ってしまった
冬が 雪が 僕らを出会わせた
こんな想いを
知ってしまった
 
 
 
 
どうしようもなく君に会いたい
 
 
 
 
ああ、ぜんぶ雪のせいだ
 
 

プレゼン資料/ぜんぶ雪のせいだ/ばたこ

『ぜんぶ雪のせいだ』

こちらはわが社が2013-2014年のJR SKI SKI のキャッチコピーとしてコンペに提出し、実際にコマーシャルに起用されたものです。この年はCMガールに女優の川口春奈さんを起用し、世間も大きく賑わいました。では、次のキャッチコピーをご覧ください。

『冬が胸にきた』

こちらが昨年度のCMキャッチコピーとなっています。こちらは『ぜんぶ雪のせいだ』と比較し、世論でも「微妙」「年々クオリティが下がってる」と酷評をいただいたのが事実です。実際に売り上げを比較したところ、昨年度は天候も良好でパウダースノーに恵まれていたにも関わらず2013年度ほどの営業成績を出せなかったと報告を受けています。

確かに『ぜんぶ雪のせいだ』を考案した坂井さんが産休からの育休で穴を開けてしまい、わが社がその穴を未だ埋められていないのも事実です。しかしクライアントの方々にはわが社の内部事情は関係のないこと。本年度のコンペには坂井さんがいるときと同じ、いや、それ以上の物を提出しなければなりません。

では本題に移りましょう。本年度のコンペに提出するキャッチコピーですが、それを考案する際の参考から説明させていただきます。まず2013年度の『ぜんぶ雪のせいだ』ですが、こちらは先ほどの説明の通り、出演した川口春奈さんの魅力が存分に引き出せるコマーシャル内容に加えて、『ぜんぶ雪のせいだ』という「恋愛とスキー場の関係性」を視聴者に刷り込むことに成功したキャッチコピーの内容が成功の要因として挙げられるかと思います。

次に以下のスライドをご覧ください。

「電車が止まった。ぜんぶ雪のせいだ」

「彼女に振られた。ぜんぶ雪のせいだ」

こちらはTwitterに投稿されたツイートの数々です。確かに第一印象としてコマーシャルの宣伝が視聴者の琴線に触れたのも事実ではありますが、それ以上の、当初我々が予期していなかった成果があったことが見て取れることと思います。実際にこれらの『ぜんぶ雪のせいだ』をネタとしたツイートは、JR SKI SKI のキャッチコピーが変わった後でも頻繁に投稿されています。

こういったネット上での二次創作が広告の成功に拍車をかけるといった傾向は、昨年度の映画『君の名は。』からも見て取れることです。そのため、我々は今回こういった現代の傾向にも着目し、キャッチコピーを考案しました。では今年度わが社の提出するキャッチコピー、私のチームの候補をご覧ください。

『泣けるほど、白』

こちらが今回私のチームから提出する候補となります。このコンセプトは先述の通り、「恋愛とスキー場」「二次創作性」の2つを高い水準での両立となっております。白、というフレーズからはスキー場のイメージの他にテストの答案なり溢した牛乳なり、様々な投稿のモチーフと関連させることができるものです。また、今回のCM ガールには女優の有村架純さんを起用したいと考えております。彼女の落ち着いた雰囲気と哀しさ、白いイメージこそ今回のキャッチコピーに最適だと推測します。

以上が私のチームのプレゼンです。ご清聴ありがとうございました。

ユーレイと雪/ぜんぶ雪のせいだ/きりん

ワガハイハユーレイデアル。名前は覚えてない。
今はとある眼鏡の青年に憑いています。
自分はユーレイにしては珍しく死んだ自覚があるほうで、そのせいで、というか自意識がいったん断絶しちゃっているから、生前のどんな縁でその人に憑いているのか自分ではもう思い出せない。私が憑いていても別に元気に過ごしているみたいだし、ちょっと申し訳ないけれど、まぁ自分の家みたいなものだと思ってる。ね?おうちさん。

今日、おうちさんはスキー場へやってきた。おうちさんが普段暮らしているあたたかな海沿いではなかなか雪が降らないから、私も久しぶりに雪をみる。憑いた人からはあんまり離れられないし、洋服もあんまり複雑なつくりは想像できないから結局いつも白いワンピース。ユーレイもなかなか不便なのだ。

生前はたぶん雪遊びにきたことがあった……気がする。コース半ばでお友達とはしゃぐおうちさんを頭の上から眺めていると、なんとなくもっふもふの雪の感触がよみがえってくる。ちょっと離れたところで、一人まっさらな雪の上にダイブしてみる。実体のない私のカラダは、何の跡ものこさずに雪の上へふわりと落ちた。そのままごろごろと転がってみる。雪へ沈み込む重さがないのはさみしいけれど、半分埋もれて見上げる雪空はいつかの記憶のままで、なんだか胸の奥が火を灯したみたいにあたたかくなった。

ちょっと離れすぎたみたいだから、一度おうちさんたちのところへ戻った。少しくだった端のほうで雪のかけあいっこしてる。ああ、おうちさんやお友達たちと雪合戦をしたり、カマクラをつくったりしたら楽しいだろうなぁ。普段なら彼らに干渉しようなんてぜったい思わないのに。なんだか体のまんなかがあったまって、逆にひんやりとした手足の感覚がもどってきちゃった感じ。
そうだ、ユーレイの必殺技「ポルターガイスト」!!あれを使えば、雪玉ぐらいはつくれるかもしれない。ちょっと不気味がられてもいいや!とにかく、雪をかき集めてぎゅっと固めていけばいいはず。おうちさんの傍らを陣どってふかふかの雪に意識を集中させる。うわ、全然動かない。片手ですくう感じをイメージして……。
なんとか片手分の雪を浮かせたときだった。わっ、と周りが騒がしくなった気がして、顔をあげた。
おうちさんがいない。
急いであたりを探しまわると、すぐ近くの崖を降りたコース外で見つけた。血は見えないけど、倒れて動かない。どうしよう、落ちてしまったのか。もしかして私の念の余波かな。浮かれてたから、暴発しちゃったのかな。せめてお友達のいる崖の上まで体を運んであげたいけど、手はすり抜けちゃうし、念では彼のうでぐらいしか動かせない。

どうしよう。
ぜんぶ雪のせいだ。

帰省の駅で/ぜんぶ雪のせいだ。/T

大学が冬休みに入って、年末最後のバイトを終えてから、鈍行と特急を乗り継いで帰省をした。

僕が生まれた街は、長野県の茅野市という山に囲まれた田舎で、とくに何も無い。別に、本当に何もないのかと言われれば、そうではないのかもしれなくて、寒いから高原野菜やら寒天が作れたり、スキー場があったり、あと全然関係ないけど縄文時代には人々が住む集落がたくさんあった「都会」だったらしい。歴史の教科書に載るような土器とか土偶がいくつか見つかったりしていて、駅のお土産屋さんにはそれらをかたどった「縄文クッキー」が、野菜と寒天の横に置かれていたりする。まさか土偶たちも、一万年の時を経て、自分たちがクッキーになるなんて思いもしなかっただろうが、そこは地元にまつわる何かをなんとか商品化できないかと考えた市の商工会議所の、町おこしへの涙ぐましい努力の証である。売れてるかどうかは知らない。

八王子から乗った「特急あずさ号」を茅野駅で降りて、夏以来に地元へ帰ってきた。重いスーツケースを引きずって外へ出ると、12月も終わりになるのに道路の脇に雪がまったく見当たらなくて、ちょっと驚く。ここに雪が多く降るのは、一月に入ってからとか、もっと遅いと二月の頭だったりするけれど、少しの雪も残っていない年末はあまり記憶にない。年末年始は全国的に穏やかな陽気ですと声の綺麗なアナウンサーがどこか言ってたのを思い出して、あ、そうだったねと納得した。

 

駅から実家が離れているので、親に車で迎えにきてもらうのを待つ間、久しぶりに駅の周りを散歩してみることにした。あまり寒いと動く気にならないけれど、穏やかな陽気は少しだけ体と心をほぐして、たまには運動するのもよいだろう…なんて朗らかな思考にさせる。とは言っても、駅の周りも何も無いのだけれど。(田舎あるある、「小中学生のたまり場やデートスポットがジャスコ」を地で行く田舎なので…)

それでも少し歩いていると、駅の駐車場の近くに、あの有名な縄文土偶たちがいるのを見かけた。気になって近寄ると、通称「縄文のビーナス」と、「仮面の女神」という土偶のレプリカが、「JOMON美土偶グランプリ出場」という謎の派手なタスキを掛けられて、寂しく並んで座っていた。どうも「全国の中でいま最も輝いている土偶」を決める大会(何それ…)に出馬しているらしい。まさか土偶たちも、一万年の時を経て、自分たちがミスコンに出るなんて思いもしなかっただろうが、これもたぶん市の商工会議所の涙ぐましい努力の証なんだろうな…と切ない気持ちになった。

…でも、自分がもし土偶だったら、クッキーになるのは別にいいけど、ミスコンに出されるのはちょっと嫌だなって思ったりした。長い間土の中にゆっくり眠っていたのに、いきなり掘り返されて、勝手に人前で、顔が良いだの胸が大きいだの言われるのはなんかムカつく。町起こしのためとか知らねえよ、私の体を利用しやがって女神だぞってイライラする。土偶なのだから、たぶん何か強大な力を持っていて、それを使って自分勝手な人間どもを呪って、来年の野菜と寒天を全力で不作にさせると思う。

…穏やかな陽気は、人を、朗らかな思考にする。

二十分くらいすると、駅に父が車で迎えにきた。自分の親だけど、少し会っていないとなんか人見知りしてしまって、「お久しぶりです…お迎えに来ていただいてありがとうございます…」なんてたどたどしく挨拶した。今年は暖かいねって言うと、こんな年めずらしいよねえと父も言った。土偶のミスコンの話でもしようかなとか思ったけど、父と息子で語り合う話題ではないよなあ、気持ち悪いとちゃんと思い直して、実家に着くまでの間は車の後ろの席に黙って座って外を見ていた。

冬が胸にきた。/ぜんぶ雪のせいだ。/なご

2014年2月15日を僕は忘れない。

3年前、この日は記録的な豪雪日だった。交通インフラもほとんどがストップするという危機的状況だった。

かくいう私は2回目の受験生生活を送っており、この日はKO大学の文学部の受験日となっていた。親は何としても私を受験会場まで送り届けようと必死になってくれていたが、私の方はどうせ行ったって受かりっこないという気持ちでいたので半ば諦めていた。

まず、家から出ることが至難だった。ドアが積もった雪のせいで開かないのである。ここは家の中からお湯をかけるなどして何とかクリアした。
次に、動いている路線の最寄りまで車で行こうとしたのだが、肝心の車が動かない。完全にタイヤが雪に取られてしまい空転してしまっているのである。まず、タイヤの周りの雪をかいて、進路を確保しようとするのだがうまくいかない。近所の人も手伝って車を押してくれたりしたのだが車は1メートルほど動いただけであった。そこから1時間ほどかけて何とか家の前を脱出することには成功したのだが、通りの雪もかなり積もっており、5分ほど走ったらまた雪に取られてしまった。もうこれ以上進んで途中で止まったら悲惨なことになるということで家に引き返し、受験することを諦めたのである。

さぁ家に帰り、受験料をどぶに捨ててしまった私であるが、ここからが最高にクズである。
私は受験生、しかも浪人生でありながら、このときバトルスピリッツというカードゲームに熱中していた。なんならこの日も大会が行われるので、受験が終わったらその足で向かおうと思っていたのである。しばらく家でデッキをいじっていたら電車も動き始めたので、親に塾に勉強しに行くと言い、大会が行われるカードショップへと向かった。友達と二人で行ったのだが、なんと雪のため、お店を早く締めることになり大会は中止になってしまったのである(別に受験は中止になったわけではない)。
大方予想はしていたものの、またしても無駄足となってしまった。2人で違うカードショップに行き、夕方までカードで遊び家に帰った。

カードゲームにはまって受験に失敗した私だが、今現在就活をしなければいけないにも関わらず、某坂道アイドルたちにはまってしまい何もしていない状態である。やはり人間は変わることができないのだろう。

溶けど消えない/ぜんぶ雪のせいだ。/温帯魚

僕が受験生だったとき、一番通った喫茶店でよく流れていた曲は「懐かしのストックホルム」だった。主題の格好良さと歯切れのよい演奏が好きだったのだ。

あの頃の僕はその曲をえらく気に入っていて、つまりセンスがサイアクだった。いやまあ今も良いわけではないんだけど。それにしたってひどい。

だってそうだろう。18歳が”dear old”なんて、ナンセンス以外の何物でもない。

 

成人式がもう10日前なんて信じられない。つまり、それだけ僕はその日から何もしてこなかったってことだ。この課題だって締め切りが終わってから思い出したようなものだ。

もちろんそれは「ぜんぶ雪のせいだ」、なんてわけではなく。正確には三分の一。成人式と、読んだ本と、そしてこの課題のせいで、えらく感傷に浸ってしまったせいである。簡単に言うと1718歳の、あのベッタベタに輝いていた頃を思い出し、あろうことか今の自分と比べ、それはもう何もやる気が出なくなった。こうなるとサボり慣れた僕はマジで何もしない。

だからせめて心の整理のために(このままだとゼミが決まらない。そもそも冊子の配布を知ったのが終わってからだったのが笑えない。誰か見せてくれ)。誰の役にも立たない思い出話ではあるが、少し語ってみようと思う。笑ってくれれば幸いだ。

 

雪と聞いたときに思い出すのは、17歳の冬の日だ。

その日は太平洋側には珍しく(というと日本海側から鼻で笑われるかもしれないが)腐るほどの雪が降っていた。休日で授業はなかったが、当時吹奏楽部だった僕には当然のように練習があった。

恐らく部長陣と顧問との談合の結果だとは思うが、結局その日は自由登校になった。危ないと思ったら来なくていい。来ても自主練。午前中のみ。欠席メール多数。

皆さんならどうだろうか。フツウに考えて、行かないだろう。さらに言うと僕は高校からすでにサボり癖があったから、絶対に行かなかったはずだ。こんなんで行くのなら普段から行けよ、というほど雪は降っていて寒い日だった。

行ったのである、よりによって自転車で。普段片道20分の道を。馬鹿みたいだが、完全に馬鹿だった。

皆さん知っているだろうか。雪の中を自転車で進むと、そのうちタイヤに雪がへばりついて動かなくなるのである。回転の運動がなくなり、重さ数キロの物体を雪道に滑らせる苦行が始まる。途中で捨てていこうかと何度も思った。

学校に部員は本当に数えるほどしかいなかった。今となってはむしろ数人いたことが驚きである。そこそこ頭のいい進学校だったはずなのだが。なお自転車で登校した奴は僕を含め二人だった。後にチャリンコスターという敬称がもう一人につけられたが、彼女は元気だろうか。

練習はひどかった。ロシアの音楽はチューニングが作曲の段階で数度低く設定されているということを聞いたのは大学に入ってからだったが、まあそんな感じだ。惜しむらくば発表場所は日本だった。

そうして練習を終えた僕たちは、一通り雪を投げて、積んで、壊して、滑って、はしゃいだのだった。なんと美しい記憶!なお帰り道はもっとひどかった。具体的に言うと向かい風で進めず、自宅まであと五分でまじで死ぬかと思った。

 

大人になることは楽しい。成人式で食べたローストビーフは美味しかったし、欲しい本もゲームもたくさん買えるし、こうしてお酒を飲みながら課題だってできる。

それでもじゃあ昔とどっちが幸せだったと聞かれたら、今の僕は昔と答えてしまうだろう。毎日を暗澹たる気持ちで過ごした、いつも誰かと喧嘩をしていたような、的外れなことばかり偉そうにほざいていたあの頃が、きっとこれからの人生と比べたって一番輝いていた。あの頃のように振る舞えない自分が、ひどくくだらないものに思えてくるくらいには。

20歳が何をと言われるかもしれない。それでもこれからどれだけ雪が降ろうと、もうあの青い春が訪れることはないのだ。久しぶりに聞いた”Dear Old Stockholm”はあの頃より湿っていて、もの悲しかった。

分からない後に知ること/全部雪のせいだ/縦槍ごめんね

今年も雪が降り始めた。私はこの時期が嫌いだ。それは私が幼少期までさかのぼる。

私は、おじいちゃん子だった。というよりも、おじいちゃんしか家族を知らない。具体的なことも聞いたが、詳しくは覚えておらず、両親は僕をおいて、家を出てしまったという話しをされたことは記憶にある。

おじいちゃんは、働いているのか定かではなかった。というのも毎日家にいて、私の相手をしてくれていたからだ。あまりに悠々自適な生活を送っているものだから、私は幼い頃「おじいちゃんて、何か不安なことってないの」って質問したことがありました。そしたらおじいちゃんは「うーん、確定申告かな。」と答えた。幼い私にはよくわからなかったが、このことからおじいちゃんは自営業だったんだなと、少し大人になって気がついた。

こんな働かないおじいちゃんでも、雪が降り始めると忙しそうにし始める。たくさんの手紙が届き、そして、毎日のようにどこかに電話をし続けていた。

この時期、おじいちゃんは、ピリピリしていた。いつもはやさしいおじいちゃんからでる独特の雰囲気に、いつもヒヨッて話しかけられずにいた。ご飯のときも寝るときも自然と口数は減り、僕は雪が降り始めるこの時期がトラウマになっていった。

そして、12/24、25。おじいちゃんはふと姿を消す。せっかくのX’masなのに私は一人で過ごす。寂しさをまぎらわすために、グラタンなんかつくっちゃって。むしろ、今までの雰囲気を思い出すと一人の方が楽なはずなのに、何か切なくなり、涙が出る。

「・・・帰ってきてよ、おじいちゃん。」

願いが通じたのか、ある年、おじいちゃんが帰って来た。何故か体は灰だらけでとても疲れているようだったが、憑き物が落ちたように笑顔だった。二人で談笑しながらグラタンをつつく。こんな幸せが永遠に続きばいいななんて思ってた。

おじいちゃんが、二年前に死んだ。私はおじいちゃんの仕事を継ぐことになった。

今年も雪が降り始めた。私はたくさんの手紙を読みながら、電話をかける。

ペットのトナカイに赤い鼻をつけて、12/24仕事を始める。今年も雪の中をソリを引いて、私は行く。

 

日常と非日常のあわい/ぜんぶ雪のせいだ。/あおいろ

日常なんて、簡単に非日常に変わってしまうんだ。
それが普通だったのか、それとも特殊だったのかなんて分かるのは過去を振り返った時だけで、渦中にいる時には結局そんな判断は不可能なのだ。
 
 
 
それは、私が小学生の時だった。
ある11月上旬、とてつもない寒波が私の住むこの町を襲った。そしてそれに狙い澄ましたようにやって来た雨雲。この両者の出会いによって、この町は季節外れも甚だしい大雪に見舞われた。
太平洋側に位置するこの町は、冬は穏やかな晴れの日が続くことが多い。積雪シーズンの1月2月でもこんなに雪が降ることはめったに無い。交通機関は完全に麻痺し、行政も対応に追われ、人々は慣れない雪道を懸命に歩いた。
雪が降り始めたその日、私は父と外出していた。家に帰ろうと建物を出た瞬間、ぴゅううと吹いてきた木枯らしにびっくりし、静かに舞い降りる白いふわふわにはしゃいだのだった。
 
 
これだけで済んだら、まだ単なる「季節外れの大雪」で終わっていただろう。しかし一度降り始めた雪は全く止む気配が無く、二日、三日と続き、そのまま一週間、そして一か月が経過した。
政府も気象庁も、この異常な事態に大慌てだった。全国的にも話題になり、この1か月でたくさんのメディアが何度も何度も取材に来た。
最初は雪に大喜びしていた子供たちも次第に飽きてしまい、休み時間も外で遊ばずほとんどが屋内に残っていた。
人々は雪に慣れてしまったけれど、雪に対応していないこの町はちゃんと機能できていなかった。相変わらず電車やバスは遅れ、お店は品薄になることが多かった。
 
 
皆が、異常な冬だねと噂し合った。早く春が来ないかと、太陽をまともに拝める日が早く来ないかと、誰もが待ち望んでいた。
 
しかし、何か月たってもこの町に春が来ることは無かった。
 
 
 
それから現在。
あの日から、私が大学生になった今まで、この町には年中雪が降り続けている。
もはや私にとっては毎日雪が降ることが当たり前で、少しでもこれが止もうものなら心臓が飛び出るくらいびっくりするだろう。
 
これまでの年月、色々なことがあった。
あまりに雪にうんざりした人たちは、この町から出ていった。
反対に、雪を活用したビジネスを始めようと、この町にやって来た人たちもいた。
この町は、ちょっぴり雪に強くなった。この町に住み続ける人たちも、ちょっぴり強くなった。
そんな中弱っていく彼女を見舞うために、今日も私は病院へ向かう。
 
 
私には、年の離れた妹がいる。
生まれつき少し体の弱い子だったけれど、それでも小さい頃は雪だるまを作ったり雪合戦したり、外に出て何時間も一緒にはしゃいでいたものだった。もう十分大きかった私は半ば母親気取りで、彼女の行くところならばどこへでも付き添って行った。近所ではちょっと有名な、仲良し姉妹だった。
でも、そんな風に無邪気でいられたのは、もう何年前のことだっただろうか。最初は単なる風邪だったはずなのに、どんどん体調が悪化していった妹は、気付いた時には入院生活を送っていた。
 
「どう?体調」
「んー……まあまあ」
「……そっか」
最近日に日に彼女は弱っていく気がする。
儚げな表情の彼女は、今にも融けて消えてなくなってしまいそうだった。
ベッドに沈む彼女がフッと消えかけたのは、私の視界が滲んだせいだと、信じたい。
 
 
ある寒い夜。
毎晩寒いのだけど、なんだかひときわ冷え込むような気がしたある夜。
妹の容態が悪化したという連絡を受けて、私は両親と病院へ向かった。
そしてその数時間後、彼女はこの世界から消えてしまった。
いつかこの日が来るだろうとは思っていた。
けれど実際に来るとなんだか実感が無かった。
妹がいるという私の日常はあっけなく終わってしまった。
 
 
 
 
 
ようやく私が重い腰を上げたころには、時計はもうとっくに朝だった。
一度空気を吸おう、と私は病院のエントランスへ向かう。
建物から一歩出た瞬間、何かがおかしいのに気づく。
 
 
私は空を見上げた。
 
雪が、止んでいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ああ、そういえば。
あの日は、妹の誕生日だったな。