「恋愛以前の悩み事」カテゴリーアーカイブ

TO 恋愛以前の悩み事

あなたへ耳障りの良い回答が多数寄せられる中、少し厳しい口調になってしまうのを先に謝っておきます。ごめんなさい。

あなたの「自己評価の低さ」に関する悩みは、ある種のナルシシズムを感じます。
奴隷のプライドとでもいうのでしょうか?
「他人」=「神」だから、きっと他人様はなんでもできるのだろう、そして自分自身は何一つできないのだろう。そう居直ることで、責任をすべて周りの人に転嫁し、自分は従者の身だからと易い立場へしがみついてはいませんか?
さらに言えば、あなたは奴隷という期待されてないからこそ守られた立場において、「神様のくせにそんなこともできないのか」と他人を見下してはいませんか?
自己評価の低さは、あなたを評価している人、好いてくれている人を大きく傷つけます。
自分が素晴らしいと思った作品を、「こんなもの」と作家自身が破り捨ててしまったら、どのような気持ちになるか、想像してみてください。

奴隷に居直ったあなたの捻じれた自意識過剰を治すのに最も効果的なのは、他人との会話と経験だと思います。
他人に共感する必要などないのです。
一塊に見える神様たちも、感情・価値観・感傷、何一つ共有しあえてはいないのですから。
そして最後にひとつ、留意してほしいことを。
あなたの投稿に用いられた言葉はすべて、自傷の言葉です。
このような言葉を使い続けている限り、あなたは奴隷のプライドを捨てられないでしょう。
他人とのコミュニケーションに必要なのはまず、自分に自信があると「みせかける」ことです。
奴隷のプライドを守る自傷の言葉を意識して使わぬようにしてください。
それだけで意味ある一歩が踏み出せると思います。

To恋愛以前の悩み事/人生相談/YDK

こう言うのって軽率にわかるよって言ったらダメなことをわかった上で言いますけど、すごく共感しました。私も基本的に他人を敬っているので、他人ありきの自分に押しつぶされそうになるし、物事に基本的に興味が持てない。さすがにこれではやばいかもしれないと思った私がとった方法をアドバイスとしたいと思います。

「みんなしたいことをしているだけなんだ」と思うことです。自分がどうしたからから相手がこうしたなんてことはなくて、相手はその時自分のしたいようにしたたけ。だから罪悪感とかを覚える必要は全くない、ということです。自分の行動を他人に非難された時も、自分はこれが正しいと思ったからこうしたんだ、君がそう思うんならそうなのかもね、私は違うけど、といったかんじです。すごい意固地でワガママに見えるけど、人間多少ワガママなくらいの方が人生楽しいんじゃないですかね。

to 恋愛以前の悩み事/さくら

ゼミの内容から拝借しますが、フロイトいわく、罪悪感というものは、人間が道徳的であればあるほど強まるのだそうです。自分を正当化するというのは、罪の意識を他人に擦り付けていることと同義に捉えるのならば、自分を正当化できない(罪を自分で受ける)というのは、道徳的に成長した証だと思います。もちろん過度なネガティブ思考は嫌われますが、同様に自己正当化と保身に必死な人間も嫌われています。

あとは、無理にでも自分を正当化する方法を考えましょう。ジンクスというものがあります。こじつけのようで、それがあたかも本当に関連性があるかのように語られます。「風が吹けば桶屋が儲かる」。ならばいっそ、「寝坊したのは太陽が早く上るのが悪い」「課題のやる気が出ないのは1日が24時間しかないのが悪い」くらいに、思い切って屁理屈立ててもいいんじゃないでしょうか。意外と、クソみたいな屁理屈でもそう思い込み続けると罪悪感が薄れるものです。今の悩みも、もしかしたら横国が急坂を超えないと通えない立地に原因があるのかもしれないのです。

TO 恋愛以前の悩み事/人生案内/手汗王

自分を正当化出来ない。最近このような悩みを抱える人が増えているのは間違いないです。

しかしこれは、要するに本気を出していないのだと思います。それならば解決するのは容易い。方法は単純。筋トレです。とりあえず筋トレして下さい。でも、しっかりと自分を追い込まなくてはなりません。本気の出し方を学ぶのです。限界まで自分を追い込んでこなした最後の1セットのラスト1回、これをやり切った自分はトレーニング前の自分よりも精神的に上です。数日経てば肉体も上のステージに上がります。そうした1日ずつの積み重ねが昨日よりも上の自分を作り上げるのです。だから、僕は昨日の自分よりも今日の自分が好きです。

こうして、日々全力を出しきった時に達成感がうまれます。この達成感こそが自己肯定感への道だと思います。しかし、どこかで妥協した者には自分を正当化する資格は与えられません。なので、とりあえず何か1つからでいいので、人生をかけて本気で取り組む事から始めてみて下さい。

出来るか出来ないか     ではありません。

やるかやらないか    も甘い。

 

人生、やるかやるか     です。

To 恋愛以前の悩み事/人生案内/やきさば

自分を正当化できない、相手に嫌われるのが怖い、わかります。もしかしたらその深度が違うだけで誰にでもある感情かもしれません。

わたしも全てのことにおいて自分を責めてしまう傾向にあります。何かの間違いが起きると、直接自分が加担していたわけでもないのに、あのとき自分がこうしていればな…とか、そもそも自分が拙いからいけなかったんだ、とか考えてしまいます。この性格、結構厄介でなかなか治りません。この考え方さえなければ、もっと生きやすいくなっていると思うんですけどね…。

けれど、わたしは考え方を変えることにしました。自分を正当化するのは必ずしも自分でなくていいはずです。誰か自分を正当化してくれる人はいませんか。その人に頼るのです。その人に自分を正当化してもらうのです。その日に起こった出来事を話して、自分がどう思ったのか事細かに説明してみてください。すると、「考えすぎだよ」の一言で片づけられるでしょう。その人にとってそんなことは他人事ですから、あなたが悪だとか、周りが神だとかいう判断はわざわざしません。少なくともあなたの考えよりずっと、あなたを正当化してくれるはずです。

私にもそういう人がいますが、その人がいつも決まってわたしに言うことがあります。

「自意識過剰なんじゃない?」

この通りだと思います。「全部私が悪いんだけどね」というと、必ずこう返ってきます。周りはあなたのことなんて考えていません。嫌う嫌われるの前になんの関心も持っていません。ましてやあなたが悪だなんて考えてもいません。他人の考え方にあなたが介入するなんて自意識過剰なんじゃないでしょうか。自分がどれほどの存在だと思ってるんでしょうか。

もっと自由に生きましょう。他人はあなたのことなんてどうでもいいです。少しずつあなたのことを正当化してくれる人に支えてもらいながら、そして、I自分は自意識過剰なんじゃないかと問いかけながら生活してみてください。自分を正当化しようとする必要なんてなくなってくるはずです。

to恋愛以前の悩み事/人生案内/rascal

確かに恋愛以前の悩み事だと思います。自分は悪、その他は神で憧れの存在。コミュニケーションは取りづらいし人の愚痴も言えない。

それならば極論ですが、必要最低限以外は他人と関わらなければいいのではないでしょうか。たくさんの人と関わるということはあなたにとっての神が増えるということになります。ただこんな神ばかりに囲まれた世界なんて息もしづらいでしょう。関わらなければいけない人間なんて最小限に抑えればせいぜい両手で収まります。それ以外は悪でも神でもなく物体として捉えればいいのではないでしょうか。

それと自分を正当化できないのであれば他人の粗探しをすることをお勧めします。自分=悪という構図はなかなかなくなりませんが、(私もそう思っている時期もあったのでなんとなく分かります)相手の間違っているところを探すのはまだ簡単にできます。間違っている相手と比べて自分はどう、というのとは別に間違っている部分が相手にもあるということを実感することが大事だと思います。例えば自分がミスしたことに怒鳴られて怒られたとき、「今のミスは完全に私が悪いけど、あの人の言い方もどうかと思うよな」といったふうにです。これを繰り返すと神だと思える他人も少しは普通の人間に思えてくるのではないでしょうか。そうすれば自己肯定まではいかなくても他人とのギャップが小さくなっていい方向に進むかと思います。

to 恋愛以前の悩み事/人生案内/あおいろ

相談者さんとは違うかもしれませんが、自分は周囲の目をすごく気にして生活しているので、共感しながら読ませていただきました。

「みなさんがどのようにして自分を正当化しているのか知りたい」とのことですので自分のことを考えてみたのですが、私の場合は自分の存在価値を自ら創造することで正当化している気がします。具体的に言うと、組織や集団の中で積極的に仕事を請け負うことにより自分がいないと困る状況を作るようにしています。それが単に自分の思い込みやうぬぼれであり、実際には自分がいなくても何も問題が無い可能性ももちろんありますが、責任が生じることで自分の中ではその集団に自分が存在する意味のようなものを見出せるので、何もしないでぼーっとしているよりは気が楽です。
世の中にはいろんな人間がいて、簡単に誰かを嫌いになる人もいれば余程のことが無ければ嫌いにならない人もいます。自分が同じ行動をとったとしても、それを見て嫌いになる人も嫌いにならない人もいるということです。つまり、わりとどうしようもないことなので、気にしすぎても仕方がないと思います。
と、言っても難しいと思うのですが、私も克服できていない部分なので共に頑張りましょう……(解決できていない)

to恋愛以前の悩み事

 自分を正当化できない、という相談者さんですが無理にする必要はないと思います。

自分が全て正しいなんて思っている人はいないわけです。しかし自分が全て間違っていると思いながら生きている人もいないはずです、そしたらまず自殺しそうですから。

他人に嫌われているかもしれない、これも嫌われたところで何があるんでしょうか。

 嫌われるという時点で関心を持たれているわけですから全く知らない人よりその人は近しい人なんです。

 

もし周りの人に嫌われたとしても、他の人はどうでしょうか赤の他人です、しかし敵でも味方でもない。

全員を敵にするのと1人味方を作るのはどちらが難しいでしょうか。

 1人でも味方がいれば心強いのでは?

to 恋愛以前の悩み事

 

「自分を正当化できない」は、謙虚で自己理解ができているとも言えます。傲慢で自信たっぷりの人間が優れているとは言えないので、自分を最下層に置くことはないと思います。が、出来ていたら悩みませんよね。

嫌われてるのに気づかないのと、嫌われてないのに嫌われてると思い込むのと、どっちが幸せなんでしょうね。どっちもあまり幸せじゃないですよね。
じゃあ何がいちばんいいのか。

1.実際好かれていて好かれていると思う
→カップルは普通こうであるはずですが、好きはずっと持続するものではない。好きの重みが違うとかで大体別れますよね。浮気されたりもする。
2.実際好かれているのに嫌われていると思う
→もったいないですね。近づかないから深まらない。
3.実際嫌われているのに好かれていると思う
→勘違いの力はすごい。かなりうざがられていること間違いなし。周りからも冷ややかな目で見られる。
4.実際嫌われていて嫌われていると思う
→お互い近づかない冷戦状態。同じグループ内にいると気を遣いすぎて疲れる。

どれも微妙じゃないですか?好かれるに越したことはないと思いきや、付き纏われるのが重荷になったりもします。どのパターンもたいして良くないです。人間関係に悩むのは時間の無駄です。自分の好きなことにひとり没頭し時間を忘れましょう。