「初恋」カテゴリーアーカイブ

初恋はかくれんぼ/初恋/のっぽ

その曲は僕の奥の方にずっと隠れていた。

なんとなく歌う鼻歌の中に顔を出すけど、「この曲だ!」と見つけた瞬間、また奥の方に隠れてしまう。

見つかりそうで、見つけられない、そんな曲が隠れていた。

 

僕が3月に1回、楽しみにしていることがある。姉が読み終えた漫画の新刊をTSUTAYAの白い袋に入れて、100メートルほど離れた彼女の家まで届けに行く。胸の中にはたくさんのわくわくと、ちょっぴりのどきどきと。目線の高さにあるインターホンを押す。わくわくとどきどきが膨れ上がって、胸がいっぱいになってくる。15秒もするとドアが開いて、隙間から彼女がひょこっと顔をのぞかせた。

 

昨日のこと。昨日ではなく昨日。
なんてことはない。食器洗いの時に流す曲をyoutubeで適当に探していた。本当はしたくないけど、そろそろやらないとご飯も食べられなくなるから。少しでも億劫な気持ちを紛らわすために曲を探した。ポケモンのメドレーを選んだのにも特に意味は無かった。適度に長いのと、皿洗いの前にポケモンのまとめを見てたから、程度。

 

彼女が転校してから3か月が過ぎた。桜も散って、僕は6年生になった。そんなある日、家に帰ると母から手紙を手渡された。淡い水色の封筒だった。奪うように手紙を母の手から取ると、階段を駆け上がり、自分の部屋へ転がり込んだ。
宛名には、彼女の名前。

 

この間の僕の誕生日、彼女からFacebookでメッセージが届いた。

 

何より誰よりかくしてた。

結局僕は手紙に返事をしなかった。

バレバレなのに見えないふり。

 

どんなに遠くに離れても…

どんなにかくれても…

どんなに小さく静かでも…

ずっと終わらないから。ずっと忘れないから。

初恋の「かくれんぼ」。

 

Whiteberry「かくれんぼ」

30+1なお店へ/初恋/きりん

比較的温暖なこの町でも、12月頭ともなるともう冬である。電車から降りると深々とした寒気が身に染み入ってくる。
私の真っ黒なコートの裾が微かに引かれた。見やれば、今年5つになる娘がこちらを見上げていた。
「ママー、今日は?」
「今日は寒いから、いいでしょ?」
正直、仕事を終えて、お迎えに寄って、さらに帰ってからの家事もあるのだからさっさと帰りたいんだ、ママは。寒いし。
「……でも今週まだ行ってない」
今日は木曜日。駅前を通るのは平日ぐらいのもので、明日は恐らく送迎バスの日だ。
「えー。持ち帰りだよ?」
「うん!」
ぱっつんにした前髪を翻し、ショッキングピンクのダウンコートでもこもこな4才は、私を通り越してバタバタと階段を駆け下りていった。普段は大人しいくせに、こういう時だけあの子は活発になる。

一緒に帰るときの私と娘の暗黙の了解、それはアイスクリーム。駅前には全国チェーンの小さなアイスクリーム屋があり、おばあさん、に近いおばさんと時折親類らしき兄ちゃんがやっている。閉店時間に間に合う帰り道にはしょっちゅう寄っているので、もうすっかり顔なじみの常連だ。我ながら甘いが、平日は親が2人して仕事ばかりなので、ついつい娘を甘やかしてしまうのだ。いわばお詫び。
ああ、またきらきらとした目でこちらを待っている。アイスクリームが他の何より娘を喜ばせるなら、なおさら。

ショーケースにひっついて眺める娘は、まるで恋する乙女である。結局いつもチョコレートにチョコチップの入ったフレーバーを選ぶのだが、それとこれとは別らしい。う〜、などと唸りながら、ケース前を右往左往。今日はお兄さん店員だが、無表情ながらも苦笑が漏れている。
「ほら、決めなさい。お兄さんもママも待ってるから」
「うん。……このチョコレートのください」
結局いつも通り。店員さんがはい、と応えてアイスがぐるぐるぐると削られていく。
「ママは?」
「ママは寒いからいいよ。一口ちょうだい」
途端娘の顔が曇った。
「え〜。……まぁいいけど」
私の一口はデカいと不評だ。

「ありがとうございました〜」
お店を後にし、うちまでをてくてくと歩く。隣りを歩く娘は至極上機嫌だった。まだしばらくは、こんなアイスクリーム好きな娘でいて欲しいと思う。

私のたまの楽しみは、母親と寄るアイスクリーム屋さん。冬でもぜんぜん関係ない。

アイスクリームはもちろん好き。
このときはママが甘やかしてくれるから好き。
お店のおばちゃんが笑ってくれるのも好き。
あと、ときどきお兄さんだとどきどきする。
でもちょっとだけ笑ってくれるから好き。

ママとパパが夕飯を食べる横で、私はアイスクリームをかじる。次に行くのがまた楽しみだな。

結局のところ/初恋/眉毛

初恋の定義ってなんだろう。広辞苑で調べても「初めての恋」としか書いていませんでした。そのままです。たぶん世間的に聞かれる初恋は幼稚園のときに好きだった竹原一樹くん。竹原一樹くんも私のことが好きで、周りに「ちゅーして」とかはやしたてられた記憶はある。でも、そんな幼稚園児が恋なんてわかるはずもないから、これは却下。次に思い出すのは小学生のときの津川達也くん。照れくさいお年頃だし周りがはやしたてるから、特に言われたわけではなかったけど、「お前とつーちゃん両思いやからな」みたいなのを男子が言ってたのは覚えてるし、とにかく仲が良かった。中学生になって津川くんはヤンキーになってしまい、あんまりしゃべらなくなったけど、さいきん何故かラインとツイッターに申請がきて、ちょっと懐かしく申請許可したら、なんと地元のヤンキーとデキ婚してた。なんかちょっと寂しかった。そっとリムった。他のヤンキーが誰と結婚してようが何とも思わないのに、津川くんは寂しい。これ、ちょっと初恋の人っぽい。その次は高一のときの初めて付き合った人。さすがにここまで来ると名前なんて書けない。書けないあたりがガチっぽい。「お付き合い」というものを高一ながら初めて経験した人。とにかく好きで、嬉しい気持ちも悲しい気持ちも淋しい気持ちも切ない気持ちも、この人で初めて知りました。今までの「好き」はお子ちゃまの「好き」で、この人に対する「好き」はより高度な本物の「好き」だ、とか思ってたような気がします。書いててすごく気持ち悪い。その次は高校を卒業してから大学入ってしばらく付き合ってた人。前の人はとにかくわたしが一方的に好きだった分、とにかく独りよがりだったように思うけど、ちゃんと相手のことも考えて付き合ったのはこの人が初めてのように思います。そう思うと「初めて」っていうのがどんどん更新されてるし、毎回前の人より今の人のほうが高度な次元で好き、とか思っちゃってるから、初恋って余計なんだろね。竹原一樹くんと津川達也くんは「初恋の人」として名前出しても恥ずかしくないし可愛いけど、確実に本当に「恋」とかいうものを経験したのはその後の人たちだよ?

今の彼氏は初恋と聞いて思いつかない。今の彼氏にも当然「初めて」は存在するのだけど、なんか、もうお互い22歳だし、それなりにいろいろ経験してるからかな。いや、たぶんもっと歳をとると「この時もまだお子ちゃまのくせに」って思うんやろうけど。あれかな、一応現在進行形やから、初恋じゃないのかも。初恋って、過去の恋を美化させるための言葉なのかもね。

初恋みたいな…/初恋/T

昨日の夜、いつものようにネットでエロ動画を漁っていたら、

「初恋みたいなSEX」

という謎のタイトルのAVを発見した。

「初恋」みたいな「SEX」である。「初恋」なのに「SEX」である。なんだ、なんなんだこの感じは。なんかひっかかる。

 

AVのタイトルって、「満員電車で痴漢…」とか「私、真面目そうに見えて…」とか内容が予想できる長ったらしいものが多い気がする(というかみんな題名から作品を選んでるのか…)のに、これは見る人に割と想像の余白を残したタイトルである。そして簡潔。てかAVのタイトルって誰が考えてるんだろう。

「初恋みたいなSEX」

ソフトな感じなんでしょうかよく分かりません。激しくはなさそうです。「初恋みたい」っていうけど、初めての恋だしアダルトな感じと結びつかないような気がする。

 

…初恋かあ。

私の初恋は保育園に通っていたころで、同じ地区に住む大人しい女の子でした。あんまりしゃべらないけど、時々ボソッと面白いことを言う素敵な女の子でした。同じ小学校に上がってもずっと好きだったけど告白する勇気もなく、ずっと片思いのままでした。面白い人だったからただ一緒に帰ったりしながらおしゃべりしたいとかしか思っていなかったけど、5年生くらいから急に異性として見えだしてそれだけじゃなくなって、もう普通に話せなくなってしまった。そのあと中学も高校も同じだったけどほとんど接点はなくて、高校の卒業式の日に3年ぶりくらいに話したけど、保育園の頃からの時の流れとか成長とか色々考えてしまった。小さい頃と同じように好きではいられなくなってしまった初恋の淡い感じ。

…すごい。「初恋みたい」という言葉で想像力が掻き立てられてしまう。これはもしかたらすごくいいタイトルなのかもしれない。でもやっぱ「初恋みたいなSEX」はちょっとよく分からない。「初恋の人とSEX」ならまあ分かるけど。…俺は何を言ってるんだろう。

 

 

 

一通り妄想を終えたのち実際に見ましたが、そのAVがどんな作品だったのかはあえて書きません。はたして「初恋みたい」とは何だったのか。でも見る前に想像を繰り広げすぎてしまった気がする。

ちなみにその作品のレビューによると、

「愛情の中にこそ快感がある。彼女は教えてくれます。それはまるで初恋のような恥ずかしさとドキドキ。ほんのりピンクに上気し、その身を快感に委ねちゃう。いたいけな顔に表れる艶やかな微笑みが、とてつもなくエロい。」

…だそうです。気になる方探してみては。

大人計画/初恋/縦槍ごめんね

「私、子供っぽい人って好きになれないんだよね。」
小学校四年生の時、なけなしの勇気を振り絞って放たれた、渾身の告白はその一言によって玉砕した。
いま考えると、その時の女の子の一言はませた女の子の見栄的なものだったのだと(強くそう信じたい)割りきって考えることが出来るが、その当時の僕にはひどく残酷な言葉に聞こえた。
よく、女の子のほうが男の子より精神年齢の成長が早いと言われるが、それは本当のことだと強く思う。しかも女の子のほうが男の子より現実的でよりシビアな目で世の中を見ている。小学生の頃から幾分か成長しても未だに感じることだ。
小学生の頃の僕は、早くその差を埋めたくて、彼女に振り向いてもらいたくて、自分なりには精一杯努力したつもりだった。好きだったゲームの話も彼女の前では出来る限りしないようにしていたし、今までは母親に選んでもらっていた服も自分で選び、かっこよく着飾った。精一杯の背伸びだ。
それでも彼女にはその努力は認めてもらえなかった。おそらくその背伸びを彼女に、見透かされていたのではないかと今になっては思う。
それから彼女には、小学校を卒業するまでその告白をなかったことにされて、そのまま別々の中学校に入学し、疎遠になった。僕もとっくに失恋からは立ち直っていたので、彼女と離れてしまうことにはなにも感じなかった。
そして、月日が流れ、中学2年生の秋になった。僕は成績があまり振るわず、学内でも思った結果が残せなかったことで、母親に塾に通わされることとなった。別に勉強が嫌いということはなかったので、何も考えずに母親に着いていくと、その塾に彼女がいた。彼女は小学校の時に比べると少し大人びてはいたが、身長はもう僕のほうが大きく、何か小学校の時とは違って見えた。僕はその場にいることに耐えられなくなり、忘れ物をしたと母親に告げて、一度その塾を出てしまった。しかし入って一回目の授業をサボるわけにはいかずに出来るだけ息を殺して、静かに授業受けた。
彼女は塾に女の子の友達が数人いるようで、よくその友達と話しているのを見かけた。彼女の口調は昔よりチャラけた雰囲気をまとっており、それがひどく子供じみたものに見え、少しだけ嫌悪感を覚えた。すると突然その友達の一人が僕に話しかけてきた。
「◯◯ってどこ小だったの?」
「…Y小学校。」
「てことは、△△と同小じゃーん!! 知り合いなの?」
この会話は彼女も当然聞いていた。少しまずいかもしれないと私は感じてしまい、とっさに私はこう答えた。
「いや、そこまで仲は良くなかったというか、あんまし関わりなかったよ。」
「へー、そうなんだ。まぁいーや。」
そういって、その友達は去っていった。一体何をしに来たのだろうと思いながらも、僕はまた見栄を張り背伸びをしてしまったことにひどく嫌な気持ちになっていた。そして、1度でも改めて彼女と対峙し体も心も彼女より成長したと思ってしまったことを恥じた。
そして、結局1度も彼女と話すことはないまま、高校へ進み、その塾もやめてしまった。そこで僕の初恋は本当に終わった。
今ではもう僕は大学生だ。でも僕は小学校の頃の僕と比べて少しも賢くない。これが人間性なのだと言ってしまえばそこまでなのだろうが、諦めてしまいたくない。きっと本物になれるとまだ信じているから。

はつこう/初恋/染色体XY太郎

僕は好きな人が複数いるタイプである。
というより、嫌いな人がいないと言ったほうが正しいか、それとも、いないようにしているといったほうが正しいか。
まあ、要するに、人を嫌うことで無駄にエネルギーを使いたくないのである。
したがって、僕が人に抱く感情は「好き」か「普通」のみである。

そんなわけで、僕には好きな女の子もいるし、男の子もいる。女の子の方が性的な行為に及ぶことができるので、高めになりがちではあるが、「がち」という程度の話である。ちなみに僕は、嫌いとは言えないが、明らかに好きでもない人を普通という枠組みに入れるが、よっぽどのことがなければ、多くの人は好きから入るということを補足しておく。

さて、これまで間好きについて話してきたが、恋となると話は別だ。難しい。
実際、大学一年生の時分は恋とか愛っていう感情がいまいちわからなかったし、経験もなかった。まあ、経験がないからわからなかったのかもしれないけど。
でも、僕は頑張って勉強して、愛は難しすぎてわからなかったが、恋については少しわかった気がした。
というわけで、僕の中での恋の定義を、ここに書いておく。まず、恋の語源は諸説あるが「乞う」から来ているものとする。すると、乞うとは、相手に何かを求めるということである。ならば恋に、恋愛においては、相手に何を求めるのか。それはもちろん、相手からも好かれることである。もちろん、この時、最終的に求める好意の度合いは自分と同程度である。そして、その自分の好意は、一般的な、私があなたを好きという関係ではなく、あなたに私を好きになって欲しいという、相手本位の好意である。その、通常と反転した好意こそが恋という感情ではないか。
そうなると、付き合う、恋のABC、結婚等の恋愛に付随した同意は、相手からの好意を確認する行為であり、その点で必要不可欠な行為なのである。
また、好意関係の主語を相手に置いて、自分を見るため、それは自分のことであるから、相手からは見えない悪い所までありありと見えてしまい、自分が好意の対象になるような人間ではないと感じる。この感覚は自分が自分のことを好きになれれば終わる話ではあるが、それが満足に行われないまま、無理矢理恋を進行すると、自分から逃避して、恋の中にあなたしかいない状態、恋に恋した状態になるのだろう。
というようなところが僕の恋の定義である。そして、これは去年の夏頃に感じた、僕の初恋によって証明された。今、僕は初恋の人と付き合えて幸せである。
しかし、ああ、言い忘れていたことがもう一つ。なぜ人に恋をするのかということについては、大体が勘違いだと思う。だから僕の初恋もまた、これまでに積み上げてきた彼女との関係からくる勘違いである。でも、これは幸福な勘違いであるから良いのではないかなと納得しているのである。

溜飲/初恋/リョウコ

タナカでしょ、生物の。
ミホはきゃあっと声を挙げた。そうだよ、正解。やっぱり頭いいなあチヒロちゃんは。ミホは火照ったココアの缶を、伸ばしたカーディガンの袖越しに摩りながら、加糖気味の声で言った。
「見てたらわかるよ、そんなの。ミホ超わかりやすいじゃん」
「えー、そうなのかなあ。それってけっこーヤバいよね」
先生にバレちゃってたりして。また、きゃあっとミホが鳴く。
タナカね、と私は飲めもしない手の中の熱の塊を転がした。
高校、大学とアメフト部に所属していたタナカは、分厚い筋肉に包まれたデカい身体を丸めて、猫背でのそのそ歩くゴリラ顔を瞼の裏に投影する。
中高一貫の私立、自称名門の女子高。ぼんやりした顔のお爺ちゃんと、性格のキツさに比例するように吊り上がった眉毛のおばちゃん先生ばかりの教師陣の中、比較的歳の近いタナカは、四方を女に囲まれて過ごしてきた十代の女子に人気があった。
「来月さ、タナカの誕生日じゃんか」
そうなんだ。返事をしながら、意味もなく賞味期限の欄を指でなぞる。2018/1/15、2年後の来月、私は二十歳か。
「チヒロちゃんさ、三年授業持ってもらってるでしょ。なんか、好きな物とかさ、知らない?」
透明マスカラで保たれたカールの、頼りない睫毛を纏った茶色の目は、私の顔を見ない。
「知らない。タナカとはそんな話全然しないから」
そっかあ。やっぱブナンにハンカチとかかな。
毛先がくるんと内に巻かれたセミロングの猫毛。白く粉をふいた丸っこい小さな膝小僧。水気の無い分厚い皮の下にごうごうながれる赤い血、青い血管、白い太もも。
「ミホは、綺麗だね」
なあに、チヒロちゃん。
ぷるぷるした、不自然な赤色の唇から、鼓膜に貼りつく粘っこい女の子の声鳴くミホは、もう私の知らないミホだった。
去年まで、まっすぐだった睫毛、まっすぐだった髪、まっすぐだった声。まっすぐ私を見た、ミホ。バレない程度の校則違反ですら許さなかった、薄くでも化粧なんてしなかった。スカート丈も詰めてなかった、ミホ。
私のミホは、もうどこかで死んだのだと、私は知った。
掌の中の缶コーヒーはすっかり冷めてしまった。今飲んだら、きっと苦さで泣けてしまう。
私も来月、誕生日だよ。
お腹の中へ滑り落ちていったその言葉は、泣けてしまうくらい苦かった。

モノガタリの公式/初恋/エーオー

ふと、思う。この世には公式があるんじゃないだろうかと。

 

「エーオーさん、好きな人だれ」

休み時間、Wくんが尋ねてきた。

「絶対に誰にも言わないから」

別に言わなくていいものを、なぜか自分の意思に関係なく「質問されたことには正直に答えなければいけない」という刷り込みのようなものがあった。当時小学一年生、たいへん健気でいじらしい時代だった。

「Aくんだよ」

渋々ながら私は答えた。同じクラスの男の子だった。

理由。顔である。もう清々しいほどに顔である。喋ったことなどない。ただ色素の薄いガラス玉のような瞳と色の白いまろいほお、愛くるしいその顔立ちは、他の男の子たちとは違って見えた。

Wくんはふんふんと頷いて、再び口を開いた。

「じゃあ、二番目に好きな人は?」

二番目? はて、そもそも好きな人って1人なのがふつうじゃないか? 頭に疑問符が飛び交う中、またここでもなぜか「答えなければ」という謎の強迫観念が顔を出し、わたしは二番目に好きな人をでっち上げなければならなかった。

「Tくん」

「ふーん、じゃあ三番目は?」

ちょっと待ってくれ。頭の中ははてなで埋め尽くされた。三番目? 二人目も必死にでっち上げたばかりなのに。わたしはもうやけくそ気味に答える。

「Wくん」

それを聞いた、彼の妙に満足げな表情が記憶に残っている。

思い返せば、それは事実上わたしの人生初の告白だったと言える。すまんがWくん、全くその気はなかった。ただ席が近くて喋ったことのあるのが君くらいだったのだよ。まあそんなことはいざ知らず、彼は去って行った。

さて、小学生のプライバシー意識など、塵芥のように軽く濡れたトイレットペーパーのごとく脆い。なんとWくんはある組織の構成員だった。その後、クラス中の情報を収集した彼らは「ゼッタイニイワナイ」の誓いをいっそ潔いほど軽々しく破り、ある一つの情報を開示した。

曰く、「クラスの女子のほとんどがAくんが好きだ」と。

 

この時感じた羞恥、そして怒りの詳細は省く。数日後、クラスは小学校一大イベントの席替えで盛り上がっていた。

そう、席替えである。なんと、運のいいことにわたしはAくんの隣の席になったのだ。

大移動が始まった。わたしははやる気持ちを抑えAくんと机をくっつけた。そして授業が始まった。

「次なんだっけ」

「算数。先生言ってたでしょ」

わたしはクールな顔つきで言い放った。

そう、この時のわたしは自分に感動していた。好きな子から話しかけられたというのに割れながら完璧な冷静さを保っていた。ばれない、これならばれないぞ。わたしは好きな男の子の前でにやけたり照れたりせず、「全くあなたに興味はありません」という毅然とした態度を貫ける! しばし、心の中で自分を讃えていた。

さて、しかしながら気になる子であることに変わりはない。わたしは授業中もさりげなくAくんの様子をうかがっていた。

彼は机に途中式を落書きしていた。「だめだよ」と言うと、「いいんだよ」といった。ノートの余白は埋めない主義らしい。わたしは机に落書きをするというアナーキーな行為にちょっぴり憧れを抱いた。

そして、決定的瞬間が訪れる。

「あー、消しゴムめんどくさいな。こうやって消そう」

彼は人差し指をためらいなく口に突っ込んだ。

付着する透明な粘液、文字をこする濡れた指先。液体は黒煙の色に染まり、そして後には濃い灰色の泡が残った。

「こうするとめっちゃ消えるよ」

Aくんの消しゴムはわたしの恋心も一瞬で消していった。

 

曰く、「初恋は実らない」と。きれいなほどにオチのついた恋の終わりに、わたしはこの世には物語の公式みたいなものが仕組まれているんじゃないかと、六歳ながらに思ったのだ。

 

 

 

恋じゃなかったと信じたい/初恋/θn

「初恋は叶わない」
 割と当然のように言われているけれど、このジンクスを最初に考えた人はなかなか罪深いし性格が悪い。私はそのせいで初恋というものに対して結構な恐怖を抱いて幼少期を過ごした。自分も必ず叶わない恋とやらをどこかでするのだ、と。今か今かとまるでお化け屋敷の通路を歩くような気分だった。
 結局のところ私に初恋というものはやってこなかった。……そんな変な顔しないで欲しい。正確にいうと、「そうか、これが恋か!私は恋をしているのか!」と思うような経験をしなかったのである。だからどの恋が初だったのかなんてもう覚えていない。今回の課題に関しては、もうこれ以上書くことがないんじゃないかと思っている。
 ただそれだと全く文字数が足りないし、自分の恋のルーツは今後の人生のためにも、まあひいては話のネタのためにも知っておくべきだという気もするので、色々と記憶を掘り返してみることにする。
 とはいえろくに恋愛もせずに小中高と部活だとか勉強だとかと仲良く学生時代を送ってきたタイプの人間なので、掘り下げて楽しいような甘酸っぱい思い出もない。ただいうなれば、一つだけ、あれがもしかしたら初恋だったのだろうかというエピソードがある。どうせなのでその話をしようと思い立った。あまり楽しい物語ではないけれど、自分の中にいつまでも置いておくことで、熟成されるとか、深い味わいになるとか、そんな見込みもなさそうなので。

 登場人物は私と、のみやゆうきくんである。今以上に内気で口下手で、人との干渉を嫌がった私が、幼稚園に入園したのち上手くやっていけるのだろうかと両親は心配していたらしい。そこで私は入園前から児童館に通わせられていた。そこに、のみやくんがいたのである。児童館で仲良くなった私たちは、偶然幼稚園も同じで、幼少期のほとんどの時間を一緒に過ごしていたのだという。……ここまで曖昧な言い方になってしまうのは、私自身、全く彼のこと、あるいは児童館、幼稚園に通っていたときことを思い出せないからである。住んでいるところは思ったよりも遠かったため、小学校が違ってしまったことが何よりも大きい原因だろう。まあ、母親同士の仲が良かったことや、小学校三年生くらいになるまで形式だけの年賀状を出し続けていたことが、のみやくんの存在と私たちの関係の証拠になっていたわけだけど。

 私の区では毎年何校かの小学五年生が集まり、連合運動会というものが開かれていた。運動会というのは名ばかりで、実際のところは記録会のようなものだったのだけれど。体育が得意でも好きでもなかった私は、適当に自分の出ている競技の計測をすませ、そそくさと座席に戻ろうとしていた。正面から、割と交流のない学校のゼッケンを着た集団とすれ違った。男の子が6人ほどいて、みんな快活に動き回っている。疲れていたので無邪気な元気さに少しげんなりした、その瞬間だった。ベタな表現になってしまうが、電気が走るような、そんな衝撃。その集団の一番後方、じゃれ合う他の子達を見て呆れたように笑っている男の子がいた。白い肌、端正な顔、少しクセのある真っ黒な髪。

「のみやゆうきくんですか?」

一瞬、自分から出た声だとわからなかった。すれ違った集団に向けて発せられた、なんの考えもない一言。全く見た目も覚えていなくて、そういう子がかつて私の世界にいたのだと親から言われているだけだった。なのに何故か、その子がのみやくんだと、間違い無いと、確信していた。

「はい?」

彼が振り替える。私は私に走った電流が正しかったのだと思い知った。そう、彼は紛れもなく児童館で出会い、幼稚園の間ずっと一緒だったのみやゆうきくんだったのだ。けれど、

「……あの、どちらさまですか?」

そう。電流が走ったのは、私だけだったのである。それが意味する事実からは、気づかないふりをし続けてきたけれど。

「あ、いや、すいません、人違いでした!」

名前を言い当てておいて人違いも何もあるか、とつっこみたい。彼としてもきっと気味が悪かっただろう。いきなり見ず知らずの人間に呼び止められて、人違いでしたなんて。今更とはいえ直視してみればあの衝撃は、恋によるものだったのかもしれない。それなら間違い無くあれが私の初恋だ。……まあ、どちらかといえばくだらないジンクスに縛られることのない、もっと純粋な感情であって欲しい気もするのだけれど。

たくさんの中のひとつ/初恋/フチ子


「おまえが来るから、あいつ、来ないって」

そう告げる彼のことも、好きだった。わたしが劣等感でいっぱいになって、教室から飛び出てしまおうかと思っていたときに、「字、上手いよな」とつぶやいてくれた。全然、上手くないのに。この字だって、お友達の真似であるのに。のっそりした、おおらかな感じがとっても魅力的だった。何かとロッペンの真似をしたり、少し、本質を見抜けないズレた感覚の持ち主だったけれど。

 

魅力的な人はたくさんいた。小学校の6年2組にいた先輩は、単純に顔が素敵だったし、走るのも速かった。バスケをしてるところが格好よくて、とにかく仲良くなりたくて、先輩の家の前でなわとびしながら、先輩の自主練を眺めていた。クラスが一緒だったずっと寝ているネコみたいな人は、いつもぼーっとしているのに、体育の時間はキラキラしていた。たぶん、この人とは両思いだったと思う。

毎回毎回、こんな好きになったのははじめてだ!と恋に感動して、朝起きるモチベーションになった。ノリノリでアピールを繰り返し、告白なんてしなくても、わたしが誰を好きなのかを周りのみんなが知っていた。好きなものは好きだし、行動に好意が見え見えになってしまうのはどうしたって防げない。

塾では一番上のクラスだった。その中でわたしは一番出来が悪く、期待されていなかった。模試の度にクラス落ちの危機に晒されたが、先生のお気に入りだったこと、わたしがギリギリボーダーな成績をとることが得意だったことが重なって結局最後まで居座った。

8人くらいの少人数、そのうち女子はクラスで一番の秀才と劣等生の2人。秀才ちゃんは性格もとってもよくて、どんなにわたしがダメダメでも、助けてくれた。そんな秀才ちゃんが好きだったのが、わたしのことを今でも嫌う、あいつだった。

わたしはいくつか嘘をついていた。都合のいいことに、どんな嘘をついたかは忘れてしまったが、自分を誇示する汚い嘘だ。明らかに力の差がある人たちに囲まれて、自分が情けなくて、でもその人たちが大好きで、一緒の土俵にいたくて。勉強以外の特技を、最初は少しだけ、それがどんどん過剰に、話を大きくしてしまった。

たぶんみんな、頭が良かったから気づいていたと思う。わたしが嘘をついていることも、嘘がやめられないことも、嘘をつく理由も。それでもみんなはわたしを仲にいれてくれていて、嬉しくて、苦しかった。

「おまえ、もう嘘つくなよ」

だから、あいつにこう言われるまで、わたしは止められなかった。そのときわたしは、恥ずかしくて、爆発して粉々になりたい気分だったけれど、同時に重たいものも吹き飛ばされた。ずっと、あいつが懐疑的な目を向けていたのは気づいていた。怖くて、大嫌いで、冷酷で、苦手だった。秀才ちゃんが好きだというから、応援していたけれど、それでもなんだか嫌だった。

 

「まだわたしのことを嫌うんだね〜そろそろ許してくれてもいいのに」

ロッペンは7年間たった今も、のほほんとしている。際どく、図々しいことをサラッと言えるくらい、空気がゆっくりとしている。

「なんであんなに拒絶するんだよ〜」

わざわざわかってる理由を聞いてみる。ダサいなあ、自分、と思いながら。

「どうでもいいことを曲げないからって、言ってたよ」

やっぱり、あいつはなんだかんだ優しいのか、単に理由も上手く言えないほどの嫌悪感なのか。どうでもいい理由で、核心をついていないあたり、私の気持ちもふわふわと浮遊する。

唯一、本人にも周りにも明かすことのなかった、嫌いだけど好きで、消化できない感情を思い出して、そんなこともあったな、と懐かしくなった。 続きを読む たくさんの中のひとつ/初恋/フチ子